第五章「夜と父の言葉」(2/3)
父さんはまず、三柱について書いていた。
光、影、獣。世界が均衡を保つための三つの力。俺がヴォルン村で断片的に聞いていたことが、ここには体系として書かれていた。光は保存する。生命を継続させ、存在を肯定する。獣は循環させる。生と死を季節のように繰り返させる。
そして影は——
影は終わらせる。光が「あり続けさせる」力ならば、影は「終わらせる」力だ。これは破壊ではない。光が終われなくさせたものを、正しく終わらせることだ。世界は均衡によって成立している。終わるべきものが終われないとき、世界は歪む。影はその歪みを正す。
俺は読みながら、廟でのことを考えた。光の糸が来た。俺の体が退いた。光は「続けさせる」力で、俺の体の中にあるものは「終わらせる」力だった。二つが接触した瞬間、拒絶が起きた。それは自然なことだった。反対の性質を持つものが一つの体の中に同居できなかった。
ページを繰った。
次のセクションは、影の担い手について書かれていた。
影の力を持つ者は、才能によって生まれるのではない。選択によって生まれるのでもない。世界の均衡が必要とするとき、それを担える性質を持った人間に、力が宿る。それは祝福でも呪いでもない——ただの役割だ。誰かがやらなければならない役割。誰もやりたがらない役割。
誰もやりたがらない役割。
最初のページの一文が、ここで繋がった。誰も引き受けたがらないものを引き受けているだけだ。 七年間、意味が半分しか分からなかった文章の、残りの半分がここにあった。
父さんはこれを知っていた。知って、書いた。書いて、鍵のかかる引き出しにしまった。
中盤に差し掛かったとき、文体が変わった。
研究者の文体から、別の文体へ。体系的な記述から、声に変わった。父さんの声だった。薪を割りながら俺に何かを言うときの、低くて少し間を置く声が、文字の中にあった。
エルスタを離れた理由を書く。ここまで読んだなら、知る権利がある。 私はエルスタで影の研究をしていた。古代の記録を読み、影の担い手たちの歴史を追い、失われた王国ヴォルンの痕跡を探した。 ヴォルンは実在した。五百年前、大陸の北部に存在した影の王国だ。今の歴史書には載っていない。教会が消した。 私が調べていたことが、教会にとって都合の悪いことだったのだと分かったのは、ある夜、部屋に人が来てからだった。研究を止めろと言われた。止めなければどうなるかは言われなかった。言われなかった理由が分かる人間には、言う必要がない。
俺はろうそくを近づけた。文字が小さくなっていた。父さんの手が震えていたのか、あるいは急いで書いていたのか、文字の間隔が不均一だった。
私はエルスタを出た。王都は危険だった。辺境を選んだ。ヴォルン村を選んだのは、名前のためだ。消えた王国と同じ名前を持つ村。偶然ではない。かつてヴォルン王国があった土地に、その名前が残っていた。灰の信仰が残っていた。忘れられていない場所だった。 お前に「ヴォルン」という名前をつけたのも、そのためだ。消されたものが消されなかったことの、一つの証拠として。
俺は読む手を止めた。
父さんが俺の名前をつけた理由。ラーシュに「父親がつけた」と言ったあの日から、ずっと知らなかった理由。それがここにあった。消えた王国の名前。消されたことへの、静かな抵抗。
しばらく、その一節を見ていた。
ページを繰った。
次のページから、文字が乱れ始めた。
ところどころ、滲んでいた。湿気か、あるいは何かが紙に触れたか——文字が溶けたように広がっている箇所があった。読めるところと読めないところが交互に来た。
影の力を持って生まれた者は、必ず……
そこで滲んでいた。続きが読めなかった。
次の行。
……逃げる方法を教えたかった。ずっと探した。見つから——
また滲んでいた。
俺はろうそくを限界まで近づけた。紙が焦げないように気をつけながら、読もうとした。読めなかった。文字の輪郭が溶けていて、何が書かれているかを推測することしかできなかった。
逃げる方法を教えたかった。
その一文の断片だけが残っていた。
父さんは俺に逃げる方法を教えたかった。教えられなかった。なぜ教えられなかったのかが、滲んで読めない場所に書かれていた。
最後のページに進んだ。
ほとんどが読めなかった。文字全体が滲んでいた。判読できる言葉がいくつかあった。研究、封印、ゼフの塔——。
ゼフの塔。
図書室で読んだエルスタの資料に、その名前があった。学術国家エルスタの深層図書館。封印された資料が保管されている場所。
父さんの研究の続きが、ゼフの塔にある。
読めない部分の答えが、そこにある。
最後の行だけが、かろうじて読めた。
これを知った時、お前はもう元の世界には戻れない。それでも知ってくれ。知らないまま死ぬより、知って生きる方がいい。
本が終わっていた。
最後のページの後は、白紙だった。父さんが書ける分だけ書いて、残りは白紙のまま残した。あるいは残りを書く時間がなかった。あるいは残りはゼフの塔にある。




