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第4章 「狂犬とストイックの交差点」 第2話

 暴かれる深夜のトレンチコートの記憶――。

泥酔したフリの裏で、小悪魔のスキャナーはすべてを記録していた。

 完璧なトップマネージャーとして、湧き上がる激昂を冷徹な仮面で押し殺す祥子。

しかし、麻里が提示した「新しいデザイン画」に刻まれていたのは、あの屈辱と緊迫に満ちた金曜深夜の、祥子自身の秘められた姿そのものだった。

 上司のプライベートを貪欲なファッショニスタの感性でハッキングし、クリエイションの生贄いけにえへと昇華させる怪物の片鱗。

 オフィスの西日とエアコンの風がいたずらに翻すセージグリーンの裾、その奥で妖しく光を放つイタリア製の純白――ついに、言い逃れのできない「決定的な証拠」が白日の下に晒される!

 ビジネスの特大の勝利と、女としてのプライベートの完全なる敗北。

引き裂かれる理性の境界線上で、女たちの生々しくもファッショナブルな戦争が、今ふたたび加速する――。


次章へのカウントダウンが始まる、緊迫の第2話へ。


 昼下がり、熱気の冷めやらぬオフィス。

「祥子マネージャー、ちょっとお時間いいですか?」

 鈴の鳴るような甘い声とともに、麻里が咲良を伴って祥子のデスクへと歩み寄ってきた。麻里の纏うトワル・ド・ジュイ柄のワンピースが、歩くたびにふわりとドラマチックな残像を描く。その後ろを、魂を半分抜かれたような顔の咲良が、おずおずとついてきていた。


「咲良ちゃんとの修正案、さっそく叩き台を作ってみたんです!」


 麻里はそう言って、咲良が描いたばかりの新しいデザイン画をデスクに広げた。

そこには、当初の咲良のストイックな世界観を残しつつも、息を呑むほど妖艶なディテールが付け足されていた。


 「ジャケットのインナーなんですけどね、やっぱり先週の金曜の夜のトレンチコートみたいに、ボタンを大胆に外して『直に』穿いているように見せる、極上のシルクで作ったボディスーツを合わせるんです。ほら、祥子マネージャーが金曜の深夜にやってた、あの最高にセクシーな着こなしのオマージュです!」


「――っ!?」


 祥子は思わず背筋を凍らせた。「あの最高にセクシーな着こなし」。

それは、金曜の深夜、警察署から連絡を受けて泥酔した麻里を回収するため、シルクのルームウェアの上に「セリーヌ」のトレンチを直に羽織って駆けつけた、あの瞬間の祥子の姿そのものだった。

(この女……すべて、見てたのね……!)


 泥酔して意識がないフリをしながら、麻里は祥子の装いを、その貪欲なファッショニスタの目で冷徹にスキャンし、インスピレーションの源泉として掠め取っていたのだ。


「……ビジネスとして、筋が通っているなら私は止めないわ。売上がすべてよ」


 祥子は湧き上がる激昂を殺し、冷徹なトップマネージャーの仮面を完璧に被り直した。


「さすが祥子さん、話がわかる~!」

 咲良の目が光ったのを見て取ったのか、麻里は一瞬だけ甘えるように声を潜めたが、すぐに満面の笑顔を浮かべてくるりと背を向けた。


 その去り際、ワンピースの裾が、青山の乾いたエアコンの風に吹かれてふわりと翻る。

その刹那、祥子は決定的なものを目撃した。


 歩行の拍子に、ワンピースのサイドスリットから覗いた、インナーのわずかな隙間。

そこに見えたのは、彼女が普段好むようなパステルカラーのファンシーなガーリーショーツではなかった。

――西日を浴びて妖しく光沢を放つ、極上の、オフホワイトのイタリア製シルク。


 麻里は、今まさに、祥子から奪った「最高の一枚」をその滑らかな肌に纏い、表参道のオフィスを我が物顔で闊歩している。


「……待ってなさい、高橋麻里」


祥子はデスクの下で、「ジミーチュウ」の7センチヒールを硬い床に無音で打ち付けた。


「秋のプロモーション、あなたの思い通りに大成功させてあげるわ。だけどね……そのあと必ず、私のシルク、莫大な利子をつけて返してもらうから!」


 コンプライアンスの限界線上、女たちのファッショナブルで、あまりにも生々しい戦争は、まだ始まったばかりだった。


 翻るセージグリーンの裾、その奥で妖しく光を放つイタリア製の純白。確信犯的な挑発を残して去っていく麻里の背中を睨みつけ、祥子は限界まで奥歯を噛み締めていた。

 ビジネスでの勝利と、女としてのプライベートの完全なる敗北。この理不尽な等価交換を、プロフェッショナルとしての理性が辛うじて「大成功の予感」へと昇華させる。

――だが、戦争はまだ終わらない。

 支払わせる利子は、ブランドの売上だけでは足りない。女たちの執念が表参道の空気をヒリつかせるなか、舞台は6月の執拗な雨に濡れる、乃木坂の隠れ家「ロペ」へと引き継がれていく――。


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