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第4章 「狂犬とストイックの交差点」 第1話

 交わるはずのない二つの軌道。ストイックな静寂を切り裂く、奔放な閃光。

完璧なミニマリズムを追求する職人・秋村咲良の聖域に、他人のクローゼットさえ我が物顔でハッキングする狂犬・高橋麻里が解き放たれる。

 氷の女・和美が仕掛けた、ブランドの命運を賭けた極上の劇薬実験。表参道のオフィスに漂う、火薬の匂いと甘い罠――女たちのランウェイは、ここから制御不能な混沌へと加速していく。


 表参道駅の交差点から少し奥に入った、ガラスとコンクリートが織りなす「beauté discrèteボーテ・ディスクレット」の本社ビル。その3階にあるコンセプト・デザイン・ラボは、月曜日の朝から異様な熱気に包まれていた。

 チーフデザイナー・宮部和美の冷徹にして傲慢な一言――「咲良のデザインに牙を剥かせる」という宣言によって、秋の新作ジャケットの追加ラインに向けた特設チームが急遽編成されたのだ。

 その名も、「秋村咲良×高橋麻里」。

 社内一のストイックな求道者と、コンプラ破りの野生児という、爆薬と導火線を同じ部屋に放り込むような人事だった。

「え~! 咲良ちゃんのデザイン、すっごく格好良くて可愛いと思ってたんです! 麻里、もうインスピレーションが湧きまくりですぅ!」

 案の定、開発室のドアが開いた瞬間から、麻里の独壇場だった。彼女はパウダーピンクのミニサイズ「レディ ディオール」を無造作にデスクへ放り出すと、挨拶もそこそこに咲良のパーソナルスペースへと躊躇なく侵入していく。

  対する秋村咲良は、黒髪をタイトに切り揃えたボブに、ヨウジヤマモトの変形白シャツ、ボトムには深い黒のサルエルパンツという、モードの要塞のような佇まい。

 徹底的に内向的で職人気質な彼女は、突如目の前に現れた「フレンチガーリーの権化」のような麻里の放つ圧倒的な光量に、完全に気圧されていた。


「あ、あの……高橋さん、ちょっと近寄りすぎです……。それに、このデザイン画のコンセプトは、もっとストイックで、都市の静寂に溶け込むようなミニマリズムを……」


「ストイックなんて絶対ダメですよぉ! もっとこう、男の人が『あ、この子、今夜はもう帰らない気だな』ってドキッとするような、計算高い“すき”を作らないと!」



 麻里は咲良のデザイン画を勝手に手に取り、大粒のバロックパールを揺らしながら、無邪気な、しかし容赦のない侵略を進めていく。

 デスクのパーテーションの影からその様子を窺っていた祥子は、こめかみの青筋が限界突破するのを感じていた。

(計算高い隙って何よ! 人のクローゼットから最高級のイタリア製シルクを盗み出すのが、あんたの言う『隙』なわけ!?)


「祥子マネージャー……顔、もの凄く怖いですよ……」


 隣の席で、2年目の高木青年が怯えたように書類を抱えて縮こまっている。祥子は鋭い視線をゆっくりと彼へ転がした。


「高木君。あなた、先週の撮影のとき……麻里のあの、ジャケットのインナーについて、本当に何も気づかなかったの?」

「えっ!? い、いや! 麻里ちゃんが『私物の最強の勝負下着があるんで、これで世界観作ります!』ってプレスルームの奥で着替えてきて……。僕、男だし、そんな女性物の細かいブランドなんて分かるわけないじゃないですか……っ!」


 半泣きになる高木を見て、祥子はそれ以上の追及を諦め、短くため息をついた。鏡も見ずに塗り直した「トムフォード」のボルドーの唇をきゅっと噛み締める。


 麻里は確信犯だ。自分が祥子のシルクショーツを穿いていることを、祥子だけが気づいている。そのスリルと優越感を、あの小悪魔は極上のスパイスとして楽しんでいるのだ。


 掠め取られた金曜日の残像。小悪魔の牙は、女のプライドを最も深く抉る場所を知っている。昼下がりのオフィスに響く、甘く残酷な足音。完璧なトップマネージャーの仮面を被る祥子の前に、麻里が提示した「新しいデザイン画」――それは、あの屈辱と怒りに満ちた深夜のトレンチコートの記憶そのものだった。意識を失ったふりをしながら、上司のすべてをスキャンしていた怪物。

 暴かれるプライベート、そしてオフィスを吹き抜ける風が、ついに「決定的な証拠」を白日の下に晒す――。

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