第15章 「シルエットのワイドスラックスの帰還」 第2話
青山の格式高い会議室で対峙する、新旧の因縁。仕立ての良いスーツで余裕を装うグラン・クリエの新堂数馬に対し、麻木祥子は和美、麻里、咲良という最強の布陣を引き連れ、冷徹な包囲網を敷いていく。
かつての「駒」は、いまやブランドの命運を握るトップダイレクター。素材の独占を目論む男の盤面を、若き才能たちの生々しいエゴイズムと圧倒的なデータで鮮やかに粉砕する、女たちの華麗なるランウェイが始まる――!
数日後。青山の格式高いホテルの会議室で、素材の権利を巡る三者会談が設けられた。テーブルの向こう側に座るのは、グラン・クリエの役員たち。そしてその中心に、仕立ての良いスリーピーススーツを businessmen ライクに着こなした、40代後半の新堂数馬がいた。白髪混じりの髪を隙なく整え、かつて祥子が憧れた「大人の余裕」をこれ見よがしに漂わせている。
「お久しぶりだね、祥子。いや、今は麻木ダイレクターだったかな。素晴らしい活躍は耳にしているよ」
新堂は懐かしむような、しかし明らかに格下を値踏みするような目で微笑んだ。
「だが、ビジネスは非情だ。今回のオーガニックコットンの供給元は、我が社が年間契約で一括買い上げすることになった。君たちのような新興ブランドには、少し荷が重い素材だったんじゃないかな?」
岩口が悔しさに顔を歪める。だが、祥子は微笑みを崩さなかった。
「ええ、お久しぶりです、新堂さん。相変わらず、他人の築いたルートを上から掠め取るのがお上手ね。でも、10年前と違って、今の私はあなたの『駒』じゃないの」
祥子が合図を送ると、会議室のドアが開き、和美と麻里、そして咲良が入ってきた。和美は「メゾン マルジェラ」の変形シャツの袖を捲り上げ、不敵な笑みを浮かべている。麻里は、今日の日のために祥子が仕込んだ、ストイックでありながら圧倒的に妖艶な「漆黒のタイトスーツ」に身を包んでいた。
「新堂先生、これをご覧いただけますか?」
咲良が震える手で、しかし誇りを持って、タブレットの画面を提示した。そこに映し出されたのは、グラン・クリエが独占しようとしていた素材の「致命的な弱点」と、それを補うbeauté discrète独自の立体裁断技術、そして、既にSNSで100万回以上再生されている麻里をモデルにしたティザー動画だった。
「あなたが囲い込んだその素材は、我が社のデザインと、高橋麻里という『時代の空気』がなければ、ただの硬い綿布に過ぎないわ」
祥子は冷淡に言い放った。
「さらに、主要取引先である百貨店の三浦マネージャーからは、既に我が社のこのデザインでの限定展開の確約をいただいています。グラン・クリエがその素材を独占して古臭いジャケットを作ったところで、三浦さんは1着も買いません。つまり、あなた方は数億円の不良在庫を抱えることになる」
「な……っ!?」
新堂の顔から、余裕の笑みが消え失せた。背後の役員たちが青ざめ、ざわつき始める。麻里が新堂に向かって、小悪魔的なウインクをしてみせた。
「おじさんたちの服、ちょっと生々しいエゴイズムが足りないんですよぉ」
完全にbeauté discrèteの、そして麻木祥子の完璧な采配の勝利だった。グラン・クリエの仕掛けた罠は、自らの首を絞めるギロチンへと変貌したのだ。
かつて自分を捨てた男を、自らの庇護の元に置くという、あまりにも優美で容赦のない復讐。それは、泥だらけだった過去の自分を完全に救済し、未来へと進むための最高の解放だった。
過去の呪縛を完全に断ち切った祥子の背中には、もはや何者も恐れるものはない。完璧な勝利の余韻を胸に、彼女が向かうのは、静かな夜の聖域と、新たな狂騒の予感に満ちた六本木の夜だった――!




