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第6章「神宮のランウエイ」 第1話

交わるはずのない二つの軌道。ストイックな静寂を切り裂く、奔放な閃光。


完璧なミニマリズムを追求する職人・秋村咲良の聖域に、他人のクローゼットさえ我が物顔でハッキングする狂犬・高橋麻里が解き放たれた。

氷の女・和美が仕掛けた、ブランドの命運を賭けた極上の劇薬実験。


表参道のオフィスに漂う火薬の匂いと、甘い罠。

職人としてのプライドと、夜のとばりのなかで狂わせるもう一つの「牙」――ドルフィンズへの狂熱的な渇望。

少女の皮を被った怪物の出現が、ボーテ・ディスクレットの秩序を静かに、確実に狂わせていく。


舞台は、6月の執拗な雨に濡れる乃木坂の隠れ家「ロペ」へ。

束の間のオアシスを引き裂くように現れたのは、球界の若きスターをも巻き込んだ「最悪で最高の狂騒劇」の幕開けだった――!


 6月の東京は、まるで世界全体が濡れたアスファルトの底に沈んでしまったかのように、執拗な雨が続いていた。六本木の交差点から少し外れた路地裏。祥子は「セリーヌ」の漆黒のジャガード織りの傘をすぼめ、深くため息をついた。

 今夜の彼女は、憂鬱な梅雨の湿気を跳ね返すような「ヘルムート ラング」の撥水加工が施されたミッドナイトブルーのトレンチコートを纏っている。インナーには「ボッテガ・ヴェネタ」の構築的な白のシルクブラウス、ボトムスは雨の跳ね返りを計算したクロップド丈のシガレットパンツ。足元はさすがに7センチヒールを諦め、「マノロ ブラニク」のハンギシ・フラットシューズを素足に滑り込ませていた。


 隣を歩く和美は、「ヨウジヤマモト」の巨大なビニールコーティングのフードコートをモサモサと揺らしながら、まるでカラスのように歩いている。


「最悪の天気ね。こんな日は、大澤の淹れる渋いコーヒーにスコッチを落として飲むに限るわ」


「同感よ。今週のタスクで私の脳は完全に飽和状態。和美、今夜は仕事の話は一切禁止だからね」


 重厚なナラ材のドアを押し開け、二人はいつもの隠れ家「ろぺ」の暖簾をくぐった。昭和の面影を残す、静謐な漆塗りのカウンター。しかし、一歩足を踏み入れた瞬間、祥子は奇妙な違和感を覚えた。

いつもならジャズが静かに流れる大人の空間に、どこか異質な、熱を帯びた若い笑い声が混じっている。


 カウンターの奥で、マスターの大澤康太が、いつもより明らかに困惑した、しかしどこか楽しげな苦笑いを浮かべて二人に目配せをした。その視線の先を追った瞬間――。

 

 祥子は驚愕のあまり、「マノロ」のフラットシューズが足から脱げそうになった。店の最奥にある、普段は滅多に使われない半個室のようなボックス席。そこにいたのは、二人の女と、一人の異様に体格の大きな青年だった。


「あ~! 祥子さ~ん! 和美チーフ~! こっちこっち~!」麻里もさすがに人前では祥子と呼び捨てない。


 鈴の鳴るような、そして世界で一番聞きたくなかった声が店内に響き渡る。高橋麻里だ。 今日の麻里は、雨の日だというのに「ミュウミュウ」のパウダーピンクのレインブルゾンを羽織り、インナーには白のキャミソールワンピース。その無防備な鎖骨のあたりで、相変わらず大粒のバロックパールが揺れている。

 そしてその隣には、ヨウジヤマモトの変形シャツのボタンを上までキチッと留め、黒縁眼鏡の奥の目を泳がせている秋村咲良の姿があった。

 さらに、二人の間に挟まれるようにして座っているのは、仕立ての良さそうな、しかし明らかにサイズが規格外の大きなTシャツを着た、ガッチリとした体格の青年だ。短髪で爽やかな顔立ちは、テレビのスポーツニュースで何度も見たことがあった。


(奥村……! ドルフィンズの、あの奥村陸……!?)


 神宮を本拠地とするプロ野球球団ドルフィンズ・・・唇を戦慄かせながら、カウンター越しにマスターを睨みつけた。

「いやあ、祥子さん。麻里ちゃんがね、『祥子さんの特別な場所を教えてもらったから、お祝いに来ました!』って、奥村選手と秋村さんを連れて突撃してきたんですよ」

 祥子は和美を睨みつけた。和美は首をくすねる。あの悪魔、社内一の「氷の女」も篭絡している。秘密の隠れ家をよりによってあの小悪魔に教えた?

 大澤は困ったように肩をすくめたが、その背中のボトルの棚には、すでに奥村選手が持ち込んだと思われる球団公式のサインボールがちゃっかり置かれていた。この渋いマスターまで、すでに麻里の人たらしトラップに引っかかっている。

 「祥子さん、和美さん、一緒に飲みましょうよぉ! 陸くんが今日、ヒット打ったお祝いなんです!」

麻里は立ち上がり、我が物顔で祥子たちの腕を引っ張ろうとする。

「ちょっと麻里ちゃん、陸くんって何よ、陸くんって……。」

 麻里に向かって鬼の形相をしたとき、咲良が割り込んだ。

「あ、あの、祥子マネージャー、すみません……」

「ひと月前、ナイターが終わりかかる7回くらいに麻里ちゃん誘った時・・・」

咲良がナイターの終わるころ神宮に行くのは社内では有名だったが。

「私、見るだけでよかたんだけど・・・そしたら麻里ちゃんが「今度食事にさそうわ」ってつぶやいたの。その時は

何言ってるんだかわからなくて」

・・・あとがき・・・

聖域「ロペ」を襲う、パウダーピンクの超弩級台風(カテゴリー・小悪魔)。


憂鬱な雨夜の隠れ家に響くのは、場違いな歓声と、球界の若きスターが放つ圧倒的なリアル。

あの偏屈な「氷の女」和美の防壁すらもハッキングし、推しを目の前にして心拍数限界突破の咲良を置き去りにして、高橋麻里の「人たらしトラップ」が深夜のバーで炸裂する。


 致死量の毒を脳内に流し込まれ、理性の決壊寸前となった祥子の前に、今、驚愕の「生け捕り作戦」の全貌が明かされようとしていた――。


聖域「ロペ」を襲う、パウダーピンクの超弩級台風(カテゴリー・小悪魔)。


憂鬱な雨夜の隠れ家に響くのは、場違いな歓声と、球界の若きスターが放つ圧倒的なリアル。

あの偏屈な「氷の女」和美の防壁すらもハッキングし、推しを目の前にして心拍数限界突破の咲良を置き去りにして、高橋麻里の「人たらしトラップ」が深夜のバーで炸裂する。


致死量の毒を脳内に流し込まれ、理性の決壊寸前となった祥子の前に、今、驚愕の「生け捕り作戦」の全貌が明かされようとしていた――。


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