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僕のこと、あなたのこと


「家屋の修復は最低限で構いません。まずは畑と、家畜の再生です。結界の役割は僕が果たしますから、一刻も早く食糧難を解決しましょう。」


 炎の古龍フレイヤの撃退、スノウの死。

 あれだけの事が起きてから、一ヶ月が経つ。

 家は崩れ、畑は焼け、もう復興は不可能だと思っていたが…


 (人数が居るのは助かった。食糧の減りも早いが、その分復興が進むのも早い。)


 村長宅や少し大きな家に人を詰め込み、畑を作り直すことを最優先にしている。村の周囲を囲っていた『魔獣避け』は龍に壊されたが、その役割はイツキが果たす。


 この一ヶ月で、最低限、生きていけるだけの環境は出来つつあった。


 「魔獣を食うなんて、最初は嫌だったが…」

 「今となっちゃ、案外いけるもんだね。」

 「はは!まぁ、俺たちじゃ絶対狩れないがな!」


 村人たちの表情も、少しずつ変わっていった。

 五百人が畑を失い、食糧が足りない中で尚、イツキの提案した魔獣を食らうことを嫌がっていたが、今では嬉々として焼いている。


 「イツキさん!牛の数、水準まで戻りました!」

 「おぉ!それは良かった、畑の方は?」

 「麦はまだ厳しそうですが、野菜の方は何とかなりそうです!これも、イツキさんの魔力のお陰ですね!」


 村の若者が、嬉しそうに駆け寄り報告してくる。イツキの少ない魔力でも、一般人とは比べものにならない。農作物の促進くらいなら、お安い御用だ。


 しかし、なんとも、まぁ。

 その態度の豹変に、思うところが無いわけでもない。


 (もっと、歩み寄るべきだったのかも、しれないな…)


 イツキは知らなかった。

 この青年が隣の家の娘さんが好きで、娶るため必死に畑を開拓していたことも。剣に憧れ、密かにイツキを探していたことも。


 全部、もう少し、もう少しだけ歩み寄れば、わかったことだ。


 スノウの言葉を、思い出す。

 なぜ彼女が、村人たちの態度に怒っていなかったのか、わかる気がした。


 「よし、大分安定してきたし、一旦昼飯にしよう。」

 「はい!みんな休憩だ!集まれ!」


 僅かな笑みを零し、自分も適当な木によりかかる。取り出したのは、本当に質素な芋と肉のハンバーガーだ。


 咀嚼しながら、村を見渡す。

 あの忌々しかった黄金の稲穂は、もう無い。

 自分を排斥するあの視線も、無い。


 ずっと隣にいた彼女も、いなくなってしまった。

 それを悲しむ暇も、悼む暇も無かったけれど、改めて思う。


 僕はこれから、どこで、何をしようか?


 …あの龍が、良いことも悪い事も、全てを奪い去ったような、そんな気がした。


 「あ、あの!イツキ…!!」


 そんな時、声が聞こえた。

 後ろを振り返る。そして、イツキは目を見開いて驚愕した。


 そこには、村長の息子を先頭に、村人全員が立っていた。


 「ど、どうしたんだ、いきなり。まだ作業は山積みだし、休まないとキツイぞ?」

 「一番キツイのは、お前だろ、イツキ…魔獣も倒して、一日中走り回って。」


 彼は、苦いものでも食べたように顔を歪める。イツキには、読み取ることも、想像もできない色々なものが渦巻いている。


 でも、言わなければ。やらなきゃければ。

 臆病で、流されっぱなしで、守られてばかりだった自分を、変えたいと願ったのなら。


 「…俺の名前、ヘリムスって言うんだ。きっと、初めて知ったと思う。」

 「…あぁ、そうだな。」

 「俺もだ。名前は知ってたけど、好きなもの、嫌いなもの、得意なこと、苦手なこと。お前のこと、何にも知らなかった。」


 はっと、息を呑む。

 イツキも、同じことを考えていたのだ。ヘリムスのことだって、村人のことだって、何も知らない。なぜ嫌われていたのか、知ろうともしなかった。


 「二十年くらい前に、魔人が村に来たんだ。そいつは飢えてて、俺たちの食料を掻っ攫った。…そのせいで、何人も子供が死んだ。それからだ。余所者を極端に嫌い始めたのは。」


 語るヘリムスは、苦痛の表情を浮かべる。だけど、無理な笑みを作って、こちらから目を離さない。


 「俺は臆病で、何も出来なくて、なのに村長の息子ってだけで生きてきちまった。だから、怖かったんだよ。村の空気ってやつに、逆らうのが。」


 ヘリムスの年は、見た目から恐らくイツキと同年代。村社会では若者、『アイツ等と関わるな』という空気に流されないなんて、無理だった。


 脳裏に蘇るのは、まだ幼かった日のこと。

 山上に住み始めた同年代の男の子に声をかけ、木登りに連れて行った。そこで、ヘリムスは落ち、怪我をした。


 自業自得だった。良い所を見せたくて、格好良いと思われたかっただけ。なのに、その怪我は男の子の――――イツキのせいになった。


 大人たちに殴られるイツキを見て、何もできなかった。払われた手を、取れなかったのだ。


 後悔。それを胸に、ヘリムスは覚悟を決める。


 だが、とヘリムスは続ける。

 そして、膝を折り、地に額を擦り付けた。


 「それでも、ごめん…!!何も知らないのに、知ろうともしなかったくせに、勝手な思い込みだけで、たくさん、嫌な思いをさせてしまった…!!」


 涙を流し、嗚咽を漏らし、ヘリムスは謝罪する。

それを皮切りに、村人たちは全員、頭を下げた。


 「今までごめんなぁ!アンタもあの女の人も、本当にいいヤツだったのに…!!」

 「謝ってどうにかなる事じゃねぇけど、すまなかったよ…!!」


 唾を吐いたフルーツ屋の店主も、戸を閉め出した狩猟番の女性も。誰も彼もが、口々に謝罪する。


 無論、未だ不満顔の老人や、二十年前に子を奪われた母親は納得していない。

 大切なのは、その空気の中で、ヘリムスや一部の人々は、頭を下げたことだった。


 イツキはただ、困惑して、驚愕していた。

 そして、僅かに、憤っていた。

 自分と、彼等に。


 (この一ヶ月で、村人全員に話をつけて、謝りにきたのか…!?)


 どうして、もっと早く気付いてくれなかったのか。

 

 どうして、今なんだ。

 その言葉を、気持ちを、彼女が笑っていた時に、してくれなかったのか。


 「っ…!!」


 拳を、今までで一番、強く握る。血すら流れそうなほど握り込む。収めたはずの怒りが顔を覗かせてくる。


 だが、それ以上に、ヘリムスに驚かされた。確かに、彼は威圧こそしてきたが、一度も暴力など振るわなかったし、追ってもこなかった。


 何より、一緒なのだ。

 無意識に作ってしまった壁のせいで、"僕たち"は互いを理解できない生き物だと決めつけていた。


 「…正直、許せない。俺だって人間だ、嫌なことは簡単には忘れられない。」


 一歩、また一歩。ヘリムスに歩み寄り、ゆっくりと、肩に手を置いた。 


 二人の瞳が、交差する。


 「でも、許すよ。受け入れて、歩み寄るからさ。もっと僕のことを、知ってくれないか?」

 「っ…!あぁ、あぁ!もちろんだ…!!本当に、ありがとう…!!」


 目指すべき騎士は、歩むべき道は、もう決めている。きっと、スノウならばこうする。


 "僕"も、そうしたいと思った。


 差し出した手をヘリムスが握り、立ち上がる。

 真の意味で和解できたイツキと村人たちに、雲間の陽光が差し込む。


 「さぁ、早くお昼を食べよう!」

 「よっしゃ!一緒に食べようぜ!イツキ!」

 「そーだそーだ!まだ、俺たちを守ってくれた礼ができてねぇ!」


 ワチャワチャと寄ってきた村人たちに、胴上げされるイツキ。これには流石にビックリしたが、上から見える彼らの笑顔に、思わず大きく笑ってしまった。


 


    ◯





 「どうして我がうちは、こう災害が多いんだ…」

 「嘆いても仕方ありませんよ、旦那様。炎の古龍、私も聞いたときは驚きましたがね。」


 白を基調とした、細やかな意匠が際立つ清潔な部屋。執務室にて、頭を抱える初老の男と、やけに姿勢の良いメイドが一人。


 机の上には、報告書があった。

 見出しは、『炎古龍襲来、領土北側エリオール山にて』だった。


 「大迷宮の方も騒がしいというのに、古龍だと?ふざけるのもいい加減にしてほしいぞ、全く。」

 「最近もスタンピード、起こりましたからね。運良く『蒼神』がいて助かりましたが。」

 「はぁ…リュネも最近口を利いてくれないし、我の人生、山しかないぞ…」


 なんだかんだ愚痴りつつも、手は休まずに書類を整理し続けている。問題だらけの領土だが、それを修めきるほどの能力が、この男にはある。


 やけに強い風が拭き、カーテンがめくれる。

 差し込んだ月光がメイドと男を照らした。


 「それで…如何いたしますか?」

 「決まっている。調査に向かうぞ、避難・復興、討伐は無理だろうが撃退はせよ。」

 「ならば、団長を出しましょうか。」

 「あぁ、そうしてくれ。」


 男は立ち上がり、夜闇の空を見上げる。相変わらずの曇天に、ため息を吐く。そして、強く目を見開いた。


 「カールマンの名にかけて、我が領での狼藉は許さない。」


 アンドリー・レイバック・カールマン。

 武力を持たず、文官としての能力のみで王家より伯爵と認められた傑物であった。

 




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