表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/9

『騎士』


「「ッ…!!」」


 炎が立ち昇る村を見た瞬間、イツキとスノウの行動は重なった。後ろを見ることなく走り出し、地を蹴り抜く。


 そして、歩けば数分とかかる山道を、たった一回の跳躍で飛び抜けて、村へ到着する。


 「師匠、あれは…?」

 「龍だよ。炎の古龍、フレイヤだ。」

 「なんで龍が、こんな村を襲うんだ…!?」


 上空を旋回する巨龍を見つめ、スノウは言った。その声は珍しく硬く、事態の深刻さを伺わせる。イツキも龍の存在は知っているが、こんな辺境に来るような魔獣ではない。…否、龍とは、魔獣ではなく"精霊"に限りなく近い化け物だ。


 辺りを見渡す。夜も更け、本来なら何も見えないほどに暗くなるはず。しかし、炎の勢いは凄まじく、建物の半数以上を焼き尽くし、村を照らす。


 「疑問も恐怖も、今は捨てなさい。私が龍を見る。イツキは、村人の避難を。」

 「っ無茶だ。あんなの、1人じゃ…」

 「イツキがいても、同じだよ。」


 彼女にしては珍しい、突き放すような言い方。スノウに余裕がないことは、ありありとわかる。何より、彼女に足の震えを悟られたことが、恥ずかしい。


 その時、上空を旋回していた龍が止まる。大顎を開き、熱と光を口内へと収束させていく。


 「行きなさいッ!!」

 「っ…!!」


 走り出す。スノウに背を向けて村へ向かうと、建物から出てきた村人たちが右往左往していた。誰もが火傷か擦り傷を負っている。重軽傷は様々だが。


 人数は合計すると五百は超える。田舎だが、人口と畑だけは大きいのだ。とりあえず、村長の下へ駆け付ける。


 「村長、村人を集めて下さい。」

 「っお前は余所者の…!アレは、アレはいったい何なんだ…!?」

 「落ち着いて、僕の師匠が来ているので安心してください。」

 「あの魔人の女を信じろと…!?あぁ、ワシ等の村は終わりだ…」


 村長…白い髭を蓄えた、小柄な老人は今にも泣き出しそうだ。スノウを完全に『魔人の女』としか見ておらず、差別も侮蔑もありありと見られる。


 拳を強く握りしめる。今剣を抜けば、この男を切り捨てるのは簡単だ。


 その度に、スノウの言葉が過る。


 『余計なお世話でも、助けてあげなさい。どちらかが歩み寄らなきゃ、溝なんて埋まらないんだからね。』


 そう言って微笑むスノウは、本物の騎士だった。誰よりも格好良くて、僕は、僕は…


 『グオオオオオぉ…!!』


 龍の咆哮。山ごと揺らすようなソレと共に、一度広大な村を焼き尽くした炎の息吹が放たれる。


 しかし、今度は。


 

 「―――――――温い。」



 騎士が、いる。


 いつの間にか飛び上がっていたスノウの剣。イツキの目には安物にしか見えない鉄の剣が、魔力を帯びた瞬間、純白の長剣へ変身する。


 そして、一閃。

 最高の芸術とも言える剣撃が、村を呑み込むような巨大な息吹をきり裂き、霧散させた。


 (あぁ、くそ…本当に貴方は…!!)


 震えていた足を引っぱたき、怯えていた顔に笑みを貼り付ける。


 誰も、不安にならないように。

 誰も、怯えて泣き出さないように。


 「龍は強大、山にいる限り奴の射程範囲から逃れるのは不可能です。村人を一箇所に、此処に集めてください。」

 「あ、集めてどうするんだ。一網打尽にされるかもしれんのだぞ。」

 「僕が、守ります。」


 強く、強く言い切る。そこに好き嫌いも、恐怖も絶望も必要無い。ただ守る。


 それこそが、騎士。

 正直、今でも彼等には苛立っているし、命を懸ける意味はわからない。


 だけど、これが一番、格好良い。


 イツキの顔を、目を見た村長は、息を呑んだ。

 そして、号砲を上げる。


 「っ全員集合!!遠くの家にも伝えていけ!!全員で生き残るぞ!!」

 「「「はいっ!!」」」


 村長の言葉に逆らうものなど、村にはいない。

 男も女も村長の大きな家に集まり、村民たちが伝言していく。


 村社会のネットワークは、こういう時に役立つ。村長の言葉一つで、村人は纏まるのだ。


 (見ただけで分かる。龍は、アイツは、他の魔獣とは格が違う…僕じゃ、勝つどころか、戦うことすら…!!)


 龍とスノウ、相対する二人の最強。

 炎が放たれ、剣が断つ。

 巨腕が振るわれ、回避し、斬る。


 速さ、火力、技巧、覚悟。

 全てにおいて、次元が違う。


 「ぐぅっ…!!」


 しかし、イツキから見てもスノウは劣勢。

 当然だ。龍の動き一つで竜巻が現れ、雲の形が変わるような大災害。


 人の身で、剣一振りで、立ち向かっていい相手ではない。


 『グオオッッ!!』


 龍の口が開き、ブレスが放たれる。

 先程までの一点集中と違い、周囲に拡散し破壊をもたらすような攻撃。


 そのうちの二つが、村長宅の庭に落ちる。

 人々の悲鳴が上がる。きっと、誰もが目を閉じて、終わりを悟る。


 だが、スノウだけは、笑みを湛えて走り出す。


 「私の弟子を、あまり舐めないでもらいたい。」 


 イツキの右手は、すでに動いている。

 左腰に提げられた長剣を引き抜き、極めていつも通り、振り下ろす。


 炎の塊は、それだけで断たれ霧散する。

 手首を返し、一歩踏み込み、振り上げる。


 

 「――――――〈双天斬〉。」



 破壊の炎華が、霧散する。

 龍は驚愕した。自分の炎が、あのような矮小で小さな魔力の人間に断ち切られるなど、想像もしていなかったのだから。


 実際に、自分の魔力は多くない。人間の中では上澄みだろうが、龍と比べては赤子と大人の差だ。


 (一振りに、命を懸ける。これも、師匠の教えでしたね…ッ!!)


 速くもない。強くもない。

 ただ丁寧で、1ミリの誤差も許さない、魔力の合間を断ち切る絶技。凡人の身で抗う剣技だった。


 その代償は、決して安くない。


 「あ、アンタ、その腕…」

 「気にしないで。これは、あなたたちのためじゃなくて、僕がやりたいことなんだ。」


 剣を握る両腕、その肘から先が赤く焼け、皮が剥がれていた。血も流れ、夥しい見た目の腕を見て、今朝絡んできた村長の息子が息を呑む。


 (どうして、俺たちの、ために…)


 村長の息子は、唾を飲み込み、焼け上がる暑さの中で涙を湛える。


 受け入れたくなかった。認めたくなかった。自分は散々、彼と彼女を嫌って、仲間はずれにしてきたのに。下らないプライドが、この期に及んで残っている。


 だけど、自分は蔑んだ。心無い言葉を掛けた。暴力は振るわなかったが、心はきっと傷つけた。


 なのに、なのに…!!


 「ハァッ!!」


 白銀の騎士が、戦っている。

 純白の剣が巨龍の尾を弾き、爪を半身で躱しながら、深く突撃する。


 「どうして、ここまで…」

 「騎士だから、だ。そして僕も、騎士だ。」


 色々な感情がぐしゃぐしゃになる村長の息子は、一度イツキを見据えた後に、膝を折り、再び空を見上げた。


 (勝負を、つけにいった…!!)


 それは、同じく剣士であるイツキだけにわかる捨て身の突進。魔力を硬質化して足場にし飛び上がる、イツキでは不可能な高等技術だ。


 空中、それ即ち、龍の領域。

 臆することなく、命を秤に乗せたのだ。


 「が、頑張れ…!!」


 気付けば、そんな声が聞こえた。

 イツキは信じられないと言わんばかりに振り返る。そこには、拳を合わせて祈る、村長の息子がいた。


 その目に、『あの視線』は、もうなかった。

 精一杯の謝意、感謝。そして、勝利を願う声援だけが、在る。


 だが、現実はそれほど優しくはない。

 相手は古龍。幾人もの英雄を殺し、幾つもの国を滅ぼしてきた天災。


 「がはぁっ…!?」


 尾による叩き潰しを避けた先、炎のブレスが変化し槍へ。スノウの腹部に、大きな風穴を開ける形で突き刺さる。


 村人たちの悲鳴が上がる。やはり、自分たちは終わりなのだと、絶望が伝播する。龍の表情が、勝ちを確信したモノに変わる。


 「っ気が、速いぞ、化け物…!!」


 だが、この女は違う。

 自分の背中で、彼等が恐怖に震えないように。

 自分の姿が、かつての自分に恥じないように。


 命尽きるその時まで、決して止まらない。


 「〈凍土ヴィース〉―――――」


 自分の腹を貫いた炎槍を氷結させ、握り込む。

 そして、投擲。龍の角の根元に突き刺さり…


 「――――――〈解放ドライブ〉ッ!!」

 『ギュオアアア!?!?』


 咲き誇る。

 龍の額に生えた2本の角が、氷の華に絡め取られ、砕け散る。


 魔力の制御機関である角を失い、僅かに滞空も警戒も疎かになる。


 その隙を、見逃しはしない。

 スノウはすでに龍の目の前に迫り、純白の剣を両手で握り、振り抜いていた。


 

 「――――――――堕ちろッ!!」



 たった1メートルほどの刀身。

 しかし、大木の如き巨龍の胴体を深く切裂き、耳を劈く叫び声と共に、地面へ落とす。


 すさまじい轟音、巻き上がる土煙。

 しかし、消えぬ龍の生命を感じ取り、イツキは剣を構える。


 『グオオッッ………』


 龍は、飛び上がる。一切の攻撃をせず、ただ飛翔して、遥か遠くまで、見えなくなるまで逃げていった。


 村に、山に、沈黙が訪れる。

 龍がいなくなった、恐らく、勝った。

 なのに、歓声の一つも上がらない。


 その理由は、村長宅の庭の目の前にあった。


 「―――――師匠っ!!」


 地面に倒れ伏す、白銀の騎士の姿。

 先程まで龍と渡り合っていたとは、到底思えないほど弱々しい姿で、腹に穴を空けている。


 きっともう、視界も意識もあやふやだった。


 「ごめ、んなぁ…思った、より、早い、お別れに、なって、しまった…」

 「喋らないでくれ!今すぐ止血する!!街に行って治癒師を呼ぶから…!!」

 「ははっ、それは、間に合わん、だろうな…」

 

 げふっと血を吐き、それでも笑うスノウ。

 両手を焼かせながら、泣いている弟子。

 感動、申し訳なさ、後悔、全てを抱えて動けない村人たち。


 しかし、皆が、生きている。

 それだけで、スノウは嬉しかった。


 「イツキ…騎士に、なりたい、かい?」

 

 ふと、聞いてしまった。彼が自分で決めるまでは、急かさないつもりだったのに。だが、イツキは驚くほど強い表情で、スノウの手を握った。


 「うん、成りたいよ。貴方みたいな、明るい未来を示せる、最高の騎士に…!!」


 泣いて、叫んで、焦って。

 それでも、イツキは言った。見つけたし、決めたのだ。涙を拭い、手の震えを抑え、自分も『騎士』として、『弟子』としてスノウに向き合う。


 「ははっ…私には、勿体ない、くらい。最高の弟子だよ、君は…」


 スノウの身体を横抱きにし、今際の際でも本当に嬉しそうな彼女を強く抱き締める。そして、スノウは幸せだと言わんばかりに、イツキの頬に手を当てた。


 「………ありがとう。私を、騎士にしてくれて…」


 だらりと、腕が下がる。

 驚くほどに冷たく、重く、身体がただの肉へと変わる。


 だが、肉になろうが、やはり彼女は美しい。見目ではなく、その心が、在り方が、どこまでも"騎士"だったのだ。


 (…こちらこそ、ありがとう、スノウ。)


 目指すべき騎士は、成るべき姿は、歩むべき道は、今決めた。


 ゆっくりと立ち上がり、振り返る。

 五百人もの怖がる村人、その後ろで燃え盛る皆の故郷。


 

 「鎮火作業を行います!!小川から水を汲み、一刻も早く消火を!!」



 騎士ならば、やるべきことなど決まり切っているのだから。



 



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ