喪って、繋がって
「待て待て〜!」
「ぼくが鬼だぞー!」
夏も本格化し、日照りが山々を照りつける。子供はそれでも元気で、笑顔のまま走り抜ける様を見るだけで、イツキは少し嬉しくなった。
「おや、休憩ですかな、イツキ殿。」
「あぁいえ、少し、ぼうっとしていました。」
「なはは、休んでも構いませんとも。あなたに報いたいのは、ワシも同じなのでな。」
声をかけてきたのは、白髭の老人、村長だ。中々に頑固だった彼も、あの謝罪以降、息子としっかり向き合い、こうして軽口を言えるほどになった。
『息子に引っ叩かれましてな。生まれて初めて、あの子はワシを殴ったのですよ。』
本気でぶつからないと、言葉にしないと、伝わらないこともある。それを知ったヘリムスは、次期村長として名を馳せるほどの猛活躍だそうだ。
…龍が来てから、実に二ヶ月が経った。
魔獣を狩り、畑を直し、家を作る。やることは山積みで、人の命が懸かっていた。
「もう大方の家屋の修復は終わり、畑も野菜や芋はもう大丈夫。…本当に、感謝しますぞ。」
「良いんです。僕が、したいことなので。」
「それでも、ありがとう。」
…随分と、この人も変わったものだ。
ふっと笑みをこぼして、立ち上がる。稲穂はまだ以前のようにはいかないし、破壊の跡は残っている。
しかし、もう大丈夫だろう。
そろそろ、離れても問題はない。
「…いってきた方が、良いですぞ。」
村長が身体を向けたのは、山上。もう二ヶ月は帰っていない、八年を過ごした大切な家。
「…そう、ですね。」
イツキは歩き出す。
お墓くらいは、僕が作ってあげたいんだ。
◯
「ッハハ、相変わらず、小さな家だなぁ。」
山頂に構えられているのは、木造の小さな家、今見ても、二人で住んでいたとは思えないサイズ。しかし、小綺麗に整えられた家だ。
扉を開け、リビングとキッチンが見える。
エプロン姿のスノウが、指を斬りながら野菜を切っていたのを思い出す。イツキがやると言っても、自分でやりたがっていた。
ソファーの埃を払う。
羽毛の敷き詰められたコレに座り、寄り添うにして眠った夜を、今でも覚えている。
イツキの誕生日には、いつも手作りのハンカチやナップザックをくれた。手を針で何回も貫いて、不器用なのにがんばってくれた。
「楽しかったなぁ…」
心の底から、そう思う。
彼女と過ごした時間は、この家で暮らした記憶は、これからも自分を支えてくれる。そう、確信できる。
家裏の扉に手をかける。そこを出ると庭に出て、いつも訓練をしていた広場だ。
だが、いつもと違うモノが、一つだけ。
「剣…?」
ただ一振りの剣が、庭の中央に突き立っていた。
くすんだ鉛色で、どう見ても安物。斬れ味に心配が残るほど、薄汚い。
だが、その一振りから、目を離せなかった。
吸い込まれるように、その剣に陽光が差し込む。
「っ…!?」
反射的に、剣を抜いていた。
腰から抜き放った刃と、先程まで突き立っていたはずの鉄剣が衝突する。
ギャリギャリと音を立て、まるで強力な剣士のように押し込んでくる。
(剣が自分で動いてるんだが…!?)
誰にも握られず、振るわれず、なのに自分と打ち合ってくる。さすがに困惑を隠せない。
「ッチぃ…!!」
手首から力を抜き、受け流す。ステップで距離を取り、間合いをけん制。斬りかかってくるたびに後傾し、間合いをキープしつつ捌く。
速い。鋭い。見た目から想像もできないほど、すさまじい剣戟の数々。まるで、スノウのような…
「なっ…!?」
余計なことを考えたせいで、剣が大きく飛び上がり間合いを壊してくる。忍び込まれた瞬間、首を狙う容赦のない斬り上げ。
飛び退くが、肩を浅く切り裂かれる。
剣は止まらない。捌くたびに速くなり、イツキを試すように強くなる。
(不快だ…!!)
師匠の剣に似ている。運び方、剣筋、速度。しかし、やはり及ばない。何より、そんなもので自分を試すことが、許せない。
今までで、最速の一撃が振り下ろされる。
…視えている。
「何が起きてるかは、知らないが…」
皮一枚。半身を引いて回避し、さらに前へ。
踏み込んだと同時に、数億と繰り返した単純な振り下ろし。
「スノウの半端な真似事は、僕が許さない。」
ダンッ!!
自動で動く剣の柄に、振り下ろしが叩き込まれ、地へと叩きつけられる。通常なら、確実にへし折れる一撃だ。
ボロボロの剣は折れていない。
しかし、もう動くことはなく、代わりに…
大量の魔力が収束する。視界を埋め尽くすほどの発光と共に、イツキの手に勝手に収まる。
「これは、まさか…!!」
光が収まる。"塗装"が剥がれる。
そして現れた剣は、スノウの愛剣である純白の刀身を持つ剣だった。
前までは、ここまで汚くなかった。それに、リーチも少し変わっている。気づけないのも無理はない。
だが、自動で動くなど知らない。
困惑するイツキの頭に、一つの思念だけが、強く送られてきた。
『英雄の剣、デュランダル。』
己の名だけを、言葉ですらない思念で送ってきた。それは、この剣に意思があることを証明していた。
(師匠…こんなの、隠してたんですね。)
そして、ようやく理解した。
彼女が言っていた"餞別"とは、コレのことだったのだ。騎士の魂、剣を託してくれた。それがどれだけ、重い決断だったのか計り知れない。
柄をしかと、強く握る。まるで、最初から自分のものだったかのようにフィットした。
「僕だけじゃ、越えられない壁もある。遠慮なく使わせてもらうよ、師匠。」
今は亡きスノウに、精一杯の感謝を告げ、鞘へとデュランダルを収める。
空を見上げ、周りを見渡す。スノウの影はどこにもないし、死者が見守ってくれるなんて妄言は信じていない。
しかし、いつか、また会えた時に伝えたい。
あなたの弟子は、最高の騎士になりました、と。それを伝えられるような男に、成りたい。
「往こうか。」
それまで、決して止まらないことを、この家に誓おう。
…………(及第点だ、バカ弟子め。)




