84 招待状の秘密
約束の日、クレハはきちんと正装して、ヴァルゴの領主館を訪れた。
玄関ホールには受付を待つ大勢の人間が、飾り付けられたホールで挨拶を交わしていた。
記念すべきEEC16配信開始日は現実ではクリスマス、ヴァルゴでは収穫祭当日だった。今日もこの世界は収穫祭で賑わっており、けれど、現実は大晦日で、日付としては6日のずれがある。何度かイベントで現実と時の流れを揃えた影響もあり、今年の大晦日は、EEC16でもゲート解放当日、収穫祭最終日に当たっていた。
思えば、EEC16歴で12年前、ゲート解放反対派のテロ攻撃に晒されたのも、この場所だ。アンとバトラーに助けられ、命からがらヴァルゴの自宅に逃げ込んだのだ。
「あの時のアンちゃん、カッコ良かったよ」
カーテンでロープを作って、私を抱えてベランダから飛び降りて、屋上を走って、襲撃者から守り抜いてくれた、あの時の姿を思い出して、クレハは感謝を込めて、アンをじっと見た。
そして、気が付く。
「あれ?」
あれから、このエターナル・エデンの世界で12年が経っている。
2年前には、エクタシアンの元女王ヒュッレムが鬼籍に入った。元ヴァルゴの商人ギルド長・リコには孫が生まれ、私ももうおばあちゃんよ、と目の端の皺を深くしながら、慈愛に満ちた微笑みを向ける姿は、ピンヒールを履き、ビジネススーツのような衣装でバリバリ仕事をしていた頃を想像出来ないほどだ。
ところが、只人族であるはずのクレハ専属メイドのアンは、初めて会った時、12年前とその容姿が変わっていない。
赤茶色の髪を三つ編みおさげにした瓶底眼鏡のゴスロリメイド服を着た10代後半に見える少女。
そのままだ、
「あ、あれ?」
常に共にいるのが、ハーフハイエルフで寿命が数百年レベルの自分と、既に老齢の域に入っており加齢の影響がわかりにくい銀孤族のバトラーだからか。それとも、旅人達が歳を取らないせいなのか。
アンの容姿に変化がないことを、今の今まで、クレハは不思議に思わなかった。
「アンちゃんって、只人族?だよね」
一応、念のために、確認しておこう。
恐る恐る、口元は微妙に引き攣って尋ねたクレハに対し、アンは瓶底眼鏡を何故かクイっと上げて、
「いえ、違います」
と、さらりと答えた。
「・・・そう。違うんだ。えっと、今更でごめんね」
じゃあ、種族は何?と聞いてはいけない気がして黙り込む。
「いえ、謝罪などご不要でございます。種族にこだわりを持たないご主人様の美徳の一つでございましょう」
私は、ご主人様にお仕えできて幸せでございます、と頭を下げた。
「実の所、私も、自分が何者であるのかは、知らないのです。気がつけば、戦闘メイドとして教育を受けておりました」
「そうなんだ」
そう言えば、アンもバトラーも運営が用意してくれたクレハのお助けキャラ、から始まった関係だ。彼らはクレハに従い、守り、助けるのが役目で、彼らに”過去”があるなんて、当初は考えてもいなかった。多分、あの頃、今みたいにアンの”設定”としての”過去”を聞いても、それはあくまで”設定”であって、攻略本の情報程度の重みしか持たなかっただろう。今のクレハが感じるような気まずさは、彼らとクレハの関係が、ただのお助けキャラから変化している確実な証拠だ。
今日はガイドしてくれる運営の人が現実のゲームショウにかかりきりになる為、ただの星霊猫のアレクは、自宅でお留守番だが、そんなアレクも12歳。本当なら、もういいお爺ちゃん猫だが、星霊設定の為、時の流れには影響を受けず、いつまでも艶やかな毛並みの若猫だ。変わらずにずっと一緒にいられる。
それが紅葉がこのゲームでクレハになる一番の理由だ。
「今後とも、よろしくね。アンちゃん、バトラー」
少し照れて、それでも微笑みかければ、二人は、スッと背筋を伸ばし、そんな主人に丁寧に礼を返すのだった。
社交を重んじるのなら、他の参加者たちと交流を深めるべきなのだろうが、当然、クレハにその気は無い。玄関ホールの調度品などを観察しながら、適当に人が捌けるのを待っていると、Sランク冒険者オーランと傭兵ギルド長バーンが連れ立って歩いてくるのに出会した。
7つの罪源イベントの余波で冒険者ギルド長のウーカンは、元自国エディアカランに戻ったままだ。悪女ヨウ貴妃から、王太孫リュウ・シュウを逃すために、ここシデリアン国の冒険者ギルド長の役職を受けたウーカンである。リュウ・シュウが、自国エディアカランの再建に尽くすのならば、その力になるのが、本分、とばかりに、王太孫にくっついているらしい。
必然、シデリアン国の冒険者ギルドをまとめる仕事は、唯一のSランク冒険者オーランに任される事が多くなる。
以前、ギルド間協定で臨時の冒険者ギルド長代理を務めた事のあるバトラーは、気の毒そうな視線を向けた。
「バロネス、先日は、知り合いがご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」
街中で、バッタリ出会した時に、聖女ちゃん・ラクシュが、「オーランとの愛をかけて」と絡んできた一件だ。
「こんにちは、オーランさん、バーンさん。謝罪は不要ですよ。勝手に彼女が暴走しただけで、事実無根ですから。私より、オーランさんの方こそ、大変なのでは無いですか?」
自称が取れた聖女ラクシュは、エディアカラン国できちんと浄化の仕事をこなしている、とは聞いている。
クレハにしても、あの時、オーランたちと出会った事で、エディアカランのリュウ・シュウと知り合えた。神楽鈴の再生を頼まれたり、創世期の神話(星霊や天空島関連?)を知れたのだから、全く無用なトラブル、でもなかった。
そう言うクレハにオーランは、乾いた笑いで答えた。
「まあ、あれ以来、色々、バタついてはいます」
「お二人も収穫祭のパーティに?」
「いんや、オーランは招待されているが、俺は仕事」
その割にかっちりしているなぁ、とクレハは傭兵ギルド長バーンを上から下までサッと目を走らせる。
いつもはならず者と間違えそうな服装のバーンは、その大きな体を窮屈な正装に身を包み、如何にも座りが悪そうだ。
「こっちにも、色々あんだよ。で、だ。バロネス。今回のパーティについて何を知ってる?」
少し赤面し、周囲を見回すと、後半声を潜めてバーンが尋ねた。
「?何の事です?私は星王様からこちらの領主館に来るよう招待状を頂いたのですけれど?」
きょとんとしたクレハの様子に、バーンとオーランは表情を引き締めた。
「あー、なんかな、タレコミがあったんだよ。この収穫祭のパーティにかこつけて、誘拐計画があるってな」
「誘拐⁉︎一体、誰の?」
「ターゲットはわかりません。ですが、星王陛下の招待状の持ち主の誰か、であるのは、確かです」
え?とクレハは、自分に送られた招待状を思い出す。今も受付待ちで、バトラーが懐に持ち歩いている。
「えっと。それなら確かに私も誘拐のターゲットに含まれるかもしれませんけど」
だけど違うだろうなあ、とクレハに緊張感は無い。
大体、取れる身代金の無い女男爵などに誘拐する価値は無い。それにそう易々と誘拐されるつもりも無い。クレハにはアンとバトラーが付いている。
「何人と言えど、ご主人様に指一本触れさせる事はありません」
きっぱり、アンが断言した。
「私とアンがいれば、誘拐などありえません」
バトラーが続ける。
「と、言う事なので、私の事はご心配なく」
二人に絶対の信頼を寄せるクレハに、バーンはバトラーの護衛なんて羨ましい、と悔しがり、オーランはそれでも心配だと、自分の近くにいるよう伝えた。
そんな二人にありがとう、と頷いて、連れ立ってクレハたちは、受付に向かう。
係員はバトラーが取り出した招待状を広げると、端に書かれたナンバーを確認し、手元の紙束の中から一枚を取り出し、招待状に重ねた。描かれていた模様が重なり、転送陣が浮かび上がる。
「はい、確かに。クレハ・デ・ノースヴィラ女男爵様。この招待状の転送陣で、2名まで転送可能です。転送陣に星力を注ぎ、会場に移動して下さい」
「え?何、転送陣?って、どこに移動するの?2名って何?」
「?星王陛下主催のパーティですので、会場は星都です」
星王主催のパーティは、安全面から、招待状も近衛騎士が直接手渡しする事になっている。その際に、招待状の転送陣は不完全で、当日の受付で補完されて、実際に起動可能な転送陣が完成する事の説明がされているはずだ、と受付に教えられ、クレハはグッと拳を握り締めた。
『わざと黙ってたな』
招待者から直接受け取った招待状である。自宅に引きこもっていないで、ヴァルゴの街の様子を見守れ、が依頼内容だと思っていた。
『何故に、星都?』
これは他にもまだ内緒にされている事があるに違いない、やはり、セイと関わると碌な事がない、と思うクレハだった。
「だけど、2人って」
アンかバトラーのどちらか片方としか一緒に行けない、と言われたクレハは、途端に行く気が無くなってしまった。
騙し打ちのようなやり方に腹も立っている。行かない方向でほぼ気持ちが固まった時、オーランが真剣な表情でこちらを向いた。
「自分には同伴者がいないので、その枠を使いませんか?」
オーランの手にも星王の招待状がある。つまり、彼も誘拐のターゲットの一人、だ。
バーンとオーランは誘拐のタレコミ自体が怪しい、と疑っていた。星王の招待状のセキュリティの高さから、招待状が完成してからが真の目的、この完成した招待状を持っていれば、真っ直ぐに星王の元に辿り着くことが出来る。招待客、そして、同伴者が最も怪しい。
だから、オーランは早々に受付を済ませ、同伴者枠をギリギリまで開けておいた。誰かが、彼に同伴を願い出て来るかもしれない、それを待っていたのだ。誰からも声かけがなければ、そのままバーンが同伴する予定だった。
そうして、受付は済ませ、ギリギリの時間まで玄関ホールを見回っていたものの、不審人物からの接触は無い。
既に、別の人物と会場入りした可能性も考える。ならば、バトラーとアン、二人共に来てもらえれば、戦力として申し分無い。更に、バーンをここに残しておけるメリットもある。
危険性を説明した上で、同行を決めた3人に、ヴァルゴの治安は任せておけ、とバーンは胸を叩いた。そして早速、首元を緩めた。
「生き返るぜ」
一瞬だが、緊張が緩む。
クレハの招待状でアンとバトラーが先に転移し、少し遅れて状況を把握しただろう頃に、オーランの招待状でクレハとオーランが転移する。
がらんとした領主邸の玄関ホール。
対照的に領主邸前に広がる噴水広場には夜の帷が降り、大人向けのアルコールが供出される屋台が出て、昼間とは違った喧騒に溢れていた。
「俺もさっさと引退して、のんびり酒でも飲みたいぜ」
そんな文句を言いながらも、バーンはキリリと気を引き締める。
外気は冷たく、熊の獣人の口から漏れる息は白かった。




