81 昔々ある所に
それは、名も無き神様たちが、このエターナル・エデンの世界を創って間もない頃に、生まれた一組の夫婦の物語。
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昔、昔。まだ名も無き神様が、この世界におわした頃。
南の国に、それはそれは仲の良い夫婦が住んでおりました。
美しい妻は腕の良い魚人族の海女で、毎日海に潜っては、貝や海藻など豊かな海の実りを採取し、生活の糧としておりました。
心優しい夫は、知識豊富な只人族の薬師で、国中の人からとても尊敬されておりました。
種族の違う二人の間に子供はなかなか授かりませんでしたが、とても仲良く、いつも笑って暮らしておりました。
ところが、そんなある日、突然、二人に恐ろしい災いが降りかかったのです。
ある日、薬草採取を終え帰宅した夫が見たものは、家の中で倒れている妻の姿でした。
高熱と酷い時には、食べた物すら吐き出してしまう程の激しい咳。
妻が何故?
混乱の中、薬師の夫は、懸命に治療を施しました。
原因がわからないままに、熱を下げる薬、咳を止める薬、体力のつく食事。そのどれもが、気休め程度にしかならなかったのです。
食事が摂れず、夜も眠れず、徐々に体力が奪われ、次第に痩せ衰えていく妻。
自分の無能さに打ちひしがれる夫に、一人の占い師が、妻の病は星力欠乏が原因、と告げました。
エターナル・エデンに生きる命は皆、星力を持って生まれ、死ぬ時には星力を星に還して死んでいきます。
ですから、星力とは生命、そのものなのです。星力が徐々に失われてしまう病は、不治の病と言えましょう。
星力欠乏に対抗する薬はありません。
けれど、夫は絶望しませんでした。
「無いのなら、作れば良い」
薬師であった夫は、必死で薬を求めました。
世界中の、薬草・薬石、曖昧な口伝にある動物の肝や爪・角に至るまで。寝食を惜しんで研究し、それでも、妻の容態は日に日に悪くなるばかりでした。
どんなに手を尽くしても次第に痩せ衰えていく妻に、夫は、ついに、禁忌に手を出してしまいました。
星霊を捕らえ、その星力を彼女に与えたのです。
「失われるならば、補えば良い」
そう言って、夫は次々と星霊を捕らえては、星力を抽出し、それを妻に食べさせました。
妻は元気を取り戻します。けれど、それは、あくまで一時の事。彼女の体からは星力は変わらず、抜け落ちていて、星霊の星力で補ったとしても、それは、その場かぎりでしか無かったのです。
数日後には、また、寝込んでしまう日々が続くと、妻の精神が先に壊れてしまいました。
「どうかもう死なせてほしい」
星霊を喰らって生き続ける生を厭い、そう言って泣く妻に、夫は毒薬と偽って眠り薬を与えました。
眠りつづける妻の横で、夫は星霊を殺し続けます。
「一匹で足りなければ、何百、何千、何万の星霊を使えば良い」
星霊から奪い取った星力をぎゅうぎゅうに濃縮した薬がようやく完成した時、夫の命は尽きようとしていました。
目を覚ました妻が見たのは、変わり果てた夫の姿と、名も無き神様の使いの亜神でした。
地上に暮らす命は全て、名も無き神様の愛し子とは言え、それは星霊も同じ事。
我欲の為に数多の星霊を殺した夫は、神様の愛を失い、呪われた魔物に姿を変えておりました。
使いの亜神は、妻に告げます。
「数多の星霊の命を狩ったこの地は穢れてしまった。このままにしておくことは出来ない」
その言葉と共に、南の国の大地は大きく揺れ、妻は空中に投げ出されました。
亜神の力で空に留め置かれた妻の目の前を、暮らしていた街そのままに、大地が空に昇っていきました。
下を見ると大きくえぐれた大地に周囲の海から水が流れ込んで轟々と音を立てながら渦を巻いております。
天と地に分たれた人々の悲鳴が風に乗り、世界中に響き渡りました。
呪われた魔の物になった夫は、妻の様に空中に留め置かれることはなく、眼下の海に真っ逆さまに落ちていき、巨大な津波を起こしました。
そのまま暴れ回る夫に、被害が拡大し、南の国は大混乱です。
青ざめる妻に亜神は事実を突きつけます。
「この惨劇の責任は其方には無い。だが、其方への夫の愛が、この惨劇を呼んだのは紛れもない事実。
愛は言祝ぎ、であるべきだ。
その愛の結実が其方の命だ。それは夫が奪った星霊の命の数だけある。大切にするが良い」
星霊を喰らって生き続ける生を厭い死を願った自分を、夫は許さなかった。そればかりか、自分を生かすために、さらに星霊を狩った夫の不器用な愛情が、眼下の悲劇。
ならば、その事実を忘れずに、この国の行末をその長き生で見守るのが、自分の贖罪だ。
「お願いがございます」
そう言って名も無き神様の亜神の前に跪き、妻は、たった一つを願ったのでした。
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これは、エディアカランに残された古い古い昔話の一つ。はっきり言って、悲劇だ。誰も救われない。妻の願いとその後は、語られてはいない。
ただ、海底の監獄に囚われた最初の魔物が星霊を殺し尽くした薬師の夫だったのだろう、と暗喩される物語だ。
この物語を語って聞かせたリュウ・シュウは
「多くの星霊を失ったその国が、今のエディアカランの前身です。穢れた大地を失ったとはいえ、この国は星霊に嫌われている。星霊が少ないのはその為なのです」
故に、星霊を増やそう、と言う、クレハの提案はこの国では難しいのだ、と言う。
本当にそう?
この物語は、まだ、名も無き神様がこの世界にいた時の話。それは、一体今から、どれぐらい前の話なのだろうか?流石に、そんな神代の過去の出来事を理由に、星霊が生まれない、なんて、言い訳に過ぎないのでは?
旅人が訪れる前のエターナル・エデンならいざ知らず、彼らとの関係を改善し、星霊を育てるのは、これからのこの国の住人の手にかかっているのではないか、とクレハは思う。最初から諦めて、努力をしていないのでは無いのか?
これも”色欲”の影響なのだろうか?
それに、どうしてだろう。
この物語はクレハの心に引っかかる。この国に星霊が少ない理由。呪われた魔物。魔物になった夫。天に昇った大地。星霊を喰らった妻。数多の星霊を濃縮した結晶。名も無き神様の亜神。
とても、この世界の根幹に関わるキーワードが散りばめられているような。
と、そこまで考えて、これは、簡単に結論が出る類の疑問ではない、と思い直す。
「まあ、あくまで提案、なので、無理強いはしません。ただ、星霊の育つ環境は魔物の嫌がるものなので、増える増えないは別として、試してみる価値はあると思いますよ」
砂塵嵐イベントの時の報酬、星力を魔力に、魔力を星力に変換するアイテム、調和の天秤。
今や、ほとんどの旅人が装備しているアイテムだ。
これを使えば、魔物を倒して得た魔力を星力に変換することが出来る。その変換レートは、砂塵嵐イベント終了後のミニイベントの結果を受けて、日々変化し、各個人バラバラになっている。だから、星力への変換レートの高い旅人に協力を仰ぐのも一つの方法だ。因みに、西のエクタシアン国にあるオリジナルの調和の天秤は、今、魔力6に対し星力4の変換レートで、エクタシアンまで行けば、エターナル・エデン人も魔石を星力に交換出来る。星力を集めることは、今や、それほど困難な事では無いのだ。
更に、
「聞いたところによると、国の転送陣から天空島へ移動するときに旅人が支払う星力は、実際より多い量を徴収しているのですよね。その余剰分を星霊の過ごしやすい環境の整備に回すことも出来る筈です」
「は?余剰分?星力を多めにもらっている?」
何だそれは、と初めて聞いたような顔をするリュウ・シュウに、クレハは、北のオルドビス国のトーリン王から聞いた転送陣の絡繰りを伝える。
”色欲”の悪女ヨウ貴妃に牛耳られていたエディアカランでは、その余剰分の星力もきちんと取り扱われてはいなかったのだろう。
青ざめたリュウ・シュウは、これまでと同じ事をしていては、この国の立て直しは、不可能、と決意を新たにする。
その為にも、聖女ラクシュ、エルフ族クレハの協力が欲しい。
「婚約者の話、是非とも前向きに考えてもらいたい」
再度、申し込んだリュウ・シュウに、
「お断りします」
とクレハは素気無く答えた。
「私、既婚者なので」




