80 エディアカランの再生
アンが帰還陣を発動し、クレハを強制帰宅させた後、冒険者ギルドの応接室は、極寒の地と化した。
思い出した鬼人族のアマツマラがその巨躯を丸めて腕を擦り、そう語る。
「あん時の執事さんはおっそろしかったぞ」
まだ明るい昼下がり、アマツマラに焼酎のお湯割りを勧めるアンの目も氷点下だ。
けれど、それは昼間から酒を飲むアマツマラに向けられたものでは無い。鬼人族にとって、酒は只人族にとっての水の様なもので、別に朝から飲もうと、咎められるようなものでは無い。むしろ、飲みたいのは自分たちの方だ、と淡々と契約書を作成しているバトラー(口元に浮かんだ薄い笑みが怖い)をクレハは盗み見た。
”怠惰”と”暴食”の罪源を星都に届ける任務を受けたSランク冒険者オーランに遅れること数日、セイに呼び出されたクレハは、リュウ・シュウの目の前で、ヨウ貴妃の体から、”色欲”の罪源を引き出した。その姿に、リュウ・シュウは一目で魅了された、と語る。
あの力があれば、ヨウ貴妃以外にも罪源に染まった人物を矯正出来るのではないか?と。
「婚約者候補、ってのは、あくまで、国政の立て直しの為の人材って意味で、色恋がらみじゃねぇって、よ」
と、間を受け持つ形になったアマツマラが、頭をガシガシと掻いた。
罪源を封じた器の素晴らしい性能と、彼の目の前でヨウ貴妃から”色欲”を引き剥がしたクレハは、リュウ・シュウにとって、救国の英雄に思えたらしい。
聖女の身辺調査は直ぐに詳細が判明したが、どうしてもクレハの正体がわからない。知り合いらしきオーランに尋ねても、言葉を濁すばかりで、はっきりしない。
オーランはクレハがエルフ族より上位種であり貴重なハイエルフと信じている為、クレハに信仰、とまでは行かないが、崇拝に近い思いを抱いている。何百歳と言う寿命のハイエルフと高々百歳ほどの寿命しかない只人族では元より、エルフである自分とでさえ釣り合わない、と思っているので、誰彼構わず、クレハの事を吹聴する事はなかった。
結局、伝手なく、途方に暮れていた所に、偶々、オーランに絡んだラクシュがクレハに特攻して、彼女との接触に成功したのだ。後日改めて場を持つ提案はしたが、詳細を切り出す前に、いきなり、目の前から掻き消えてしまった場面に、ウーカンとリュウ・シュウは呆然としていた、とアマツマラ。
エディアカラン国で近衛0番隊の副隊長を務めたウーカンが普通に調べて、正体がわからなかった相手だ。何かある、と考えるのが当たり前で、そんな相手にいきなり婚約を申し込むなど、下準備が足りん、とアマツマラは言うのだが、ウーカンらにすれば、すんなり、依頼を受けてもらった段階で、半分希望は叶っている。婚約者云々、は、まあ、関心を持ってもらえれば御の字、程度で、まさか、依頼自体がぶち壊しになるとは思ってもみなかったのだろう。
「えっと、結局、魔道具作りの話はどうなったのですか?」
「あー、それは、また、今度、って事で。取り敢えず、一旦、クールダウンしようぜ、ってこった。
でもって、これを修復出来ないか、って方の依頼を受けてきた」
アマツマラは、ひしゃげた金属塊を懐から取り出し、テーブルに置いた。
「嬢ちゃんは、これが何か知ってるって事らしいが、わしにも教えてもらっていいか?」
それは、リュウ・シュウが亡き祖母の形見、彼を襲う厄災からその身を守っていた神楽鈴だった。
「これは、神楽鈴、と呼ばれ、古の神具の一部と言われています」
別にエルフ族所縁の品では無い、とクレハは説明する。自分の手元にあったのは、かつて遺跡から発掘した物で、先日、蔵の片付けをした際に出てきた、その時、シャーマンのロロルが鑑定してわかったが、単体ではその神具としての働きは失われている、と続けた。
「それでも、身につけていれば、厄除けになる、と言われたので、音が鳴らないようにして、簪にしていたのです」
リュウ・シュウの護身具として、その役割を十二分に果たした姿がこの残骸だ、と痛ましそうにクレハはテーブルに置かれたかつての神楽鈴に触れた。
ギラリ、とアマツマラの職人魂に火がついたのをクレハは目の当たりにする。
「元は3段15個の鈴からなる神降ろしの鈴、として、”名も無き神さま”の力をほんの少し引き出す事が出来る、と言われ、地上に遣わされた神具でした。”名も無き神さま”がこの地を立ち去って後、争いによって、バラバラにされ、各地の権力者の元に分散、その後、多くが失われた、と思われます。ですので、鈴一つでは、神の力は引き出せない。せいぜいが、厄除け、とロロルさんが言っていました」
クレハは、自分の簪の軸から鈴を外し、音が鳴らないように抑えていた黄金獅子の鬣を抜いた。
神楽鈴は感謝するように、リリリ、と小さく鳴いた。
「ほう、神具とな」
アマツマラの目がギロリと光った。
「よく見せてもらっても良いかの?」
クレハの許可を得、アマツマラは腰に下げたポーチから、アイルーペを取り出し右目に装着し、黒皮張りの作業トレーの上に、サイズ・先端の形の異なるピンセット、ノギス等、クレハが見た事も聞いた事もないような専門の道具を並べた。
口元を分厚い布で覆い、手汗を拭いた後、神に誓いを立てて、ピンセットを手に取ると、鈴を摘んだ。
「わしの言うとおりに記録してくれ」
視線は神楽鈴から離さず、アマツマラが言う。その言葉に、バトラーが素早く、懐から手帳を取り出して、呪文のようにしか聞こえない、言葉と数値を書き取っていく。
「嬢ちゃん、量りとビーカー、水差しいっぱいの水と、こぼれた水を受ける為の受け皿、あと何だ、炎が出るもの、蝋燭、あーバーナーがいいな。あー、くそっ。なあ、嬢ちゃん、これ、工房に持っていっちゃダメか?」
流石に、本格的に調べようとすれば、手持ちの道具だけでは限界がある。しかも、場所はクレハの自宅、客間のテーブルの上である。
「えっと、うん、わかった」
その場で、根の国のアマツマラの工房への移動が決まった。
形だけは神楽鈴と同じ物が出来上がるのはあっという間だった。だが、当然、それで依頼完了では無い。限りなく本物に近い物を。そう情熱を燃やし、アマツマラ達は研究を続けた。
最も時間を費やしたのは、鈴の組成、構成金属の解明と再現で、試行錯誤を繰り返し、これまでに無い新しい発見などもあったが、最終的に、オリハルコンと何かの合剤に星霊が干渉して出来た金属ではないか?との予想に留まる。それは神楽鈴と100%同じ鈴の再現は不可能、と言う結論。
だが、職人集団アマツマラのプライドが、白旗を上げる事を良しとはせず、ひしゃげた神楽鈴の再生に全力を注いだ結果、
「こ、れ。
あ、ありがとう、ありがとうございます!」
最初の会合から数週間後、多少の歪さは残ったものの、元の音を取り戻した祖母の形見の鈴を胸に抱いて、アマツマラに深く頭を下げ、感謝の涙を流すリュウ・シュウが、いた。
場所は、エディアカランの王都シアンの冒険者ギルド。ウーカンの古巣だ。
結局、リュウ・シュウが望む魔道具、7つの罪源に侵された人物を特定するアイテム、の開発には、失敗した。
とは言え、それは、ある程度予想されていた事で、罪源自体が、元々、人の魂に刻まれている欲望の行き過ぎた先、なのだ。ある程度の欲望は、その人物の成長を促す糧で、7つの罪源は、誰もが持っている欲望、なのだから、それらに反応しない人がいたら、それこそ、その人物は生きている、と言えるのか?と言う問題になるだろう。故に、クレハは、リュウ・シュウに代わりの提案した。
「星霊を増やす、ですか?」
「そうです。実は、私はゾンビ化した人々が集められていた村に行った事があるのです」
と、クレハは、浄化も叶わず、醜いゾンビの姿のままで、一人、尊敬した”あの方”の助けを待っていた、エイメ・サイアを思い出す。
「その時は、何とも思いませんでした。ゾンビ化を解く為に、魔法が沢山使われていたし、多くの民が避難して街は閑散としていたから。
でも、今日来て、はっきりとわかりました。
この国は、エディアカラン国は他国に比べ、星霊が極端に少ないんです」
それが、10年近くに渡る”色欲”の罪源によるものなのかは、わからない。けれど、星霊武具の作成が、可能になって以降、いろいろなイベントで星力を集めたり、星霊を育てる事、が旅人を中心に”当たり前”になっていた。
その影響は、エターナル・エデン人にも及び、クレハは別としても、有名な冒険者や傭兵の中にも星霊武具を持つ者は何人もいる。けれど、ヨウ貴妃の実効支配下にあったエディアカランの国内には、その動きが無かった。
魔神王の体から飛び出し消滅を免れた7つの罪源SALIGIAは、魔神王復活の糧となる。
罪源が、邪悪なるもの、とされるのは、行き過ぎた欲が自らも他者をも害するようになるからだが、星霊の力は、そんな欲を中和し、人間の行動力に転化する、薬のようなもので、罪悪と相反する存在だ。
「でも、罪源は、もう滅されたのですから、これからは、この国も星霊が増えるでしょう?折角なので、気に入って貰えるように、環境を整えるのはどうでしょう」
そう提案したクレハに、リュウ・シュウとウーカンは気まずそうに顔を見合わせた。
「ありがたい申し出なのだが、多分、無駄だ」
「⁉︎何故、断言できるのですか?」
「それは、この国が、星霊に見放された国、だからだ」
噛み締めた唇から押し出された言葉に、やるせない口惜しさが込められていた。




