79 王太孫 リュウ・シュウ
最終的に、冒険者ギルド長ウーカンの依頼をクレハは受けた。
ラクシュは、キーキーうるさかったが、要は魔道具の製作依頼だ。実際に、製作するのは根の国の職人集団・アマツマラなのだから、クレハはその仲介をするだけ、と言うことで、ウーカンも了承した。
実際、どんな魔道具が必要となるのかは、現地の状況を知る者と、後日、詳しい話をして欲しい、と話を詰めて、解散となった。
”オーランとの愛を賭けての聖女との勝負”は、どうなったのか?
「今日も、疲れた」
ログアウトした紅葉は、最近、疲れやすくなったなあ、と己の体力の限界を感じた。
別に、じっと横になっているだけのVRMMOゲームで、体力が失われるわけでは無いので、体力と言うより、精神力の限界が来ているのか。
まあ、歳をとると体力・気力とも衰えるのは、間違いない。
「そりゃあ、若い子と同じようには遊べないよね」
エディアカラン。
ペルム大陸四大王国の一つ、南の大国だ。
海運業が盛んで、多島海も支配下に置き、海底の竜宮との関係も深い。
旅人を招いたゲートの解放と時期を同じくして娶った側室ヨウ貴妃の色香に国王が惑い、政が疎かになるのを王太子リュウ・ホウが必死で支えていた。
ヨウ貴妃が、7つの罪源の一つ”色欲”に取り込まれていたことは、先のイベントで明らかになったが、そのような罪源に操られ国を危うくした責任をとって現国王は譲位の準備に入っている。国内の治安回復は元より、他国との関係改善にもそれが、最善なのは誰の目から見ても明らかだ。次の国王は、これまで、実質的に政治を支えていた王太子リュウ・ホウなのだが、当の本人が、固辞している。
一度、地に落ちた評判の回復には、まっさらなものが良い、と言うのである。
「そうは言っても、全く政治経験のない人に国王は、無理があるでしょ」
結局、周囲が支える事になるなら、頭だけ傀儡にする、って事?
「うわーこれもイベントの前振りかな」
運営の公式サイトやパンセのクランの掲示板、龍樹お勧めのサイトなどをざっと見て、今回のウーカンの依頼の裏を考える。
そろそろ4周年イベントの時期に来ていた。
「王太子殿下には”色欲”の罪源は効果が無かったのですか?」
そう尋ねたクレハに、シュウは彼女の少し尖った耳に目をやり、自分の耳をトントンと軽く叩いて答えた。
「私の祖母は、エルフ族の血を引いていたらしくてね、父はわずかばかり、邪悪な魔力に耐性があるんだ」
それに、とリュウ・シュウが服の下から、取り出したのは、美しい錦の小袋。その中から、ひしゃげた鈍色の金属塊をころりと手の平にあけて、「身代わりとなってくれた祖母の形見だ」と大切そうに撫でた時、クレハの簪がチリンと悲しそうに鳴いた。
「ひょっとして、神楽鈴?」
「レディはご存知か。やはり、エルフ族に関連した品なのだろうか」
クレハは、その銀髪を留めていた玉簪を抜いて、テーブルの、ひしゃげてしまった鈍色の金属塊の隣に並べた。
鈴、と言われても、色も形も全く異なる叩き潰されたような、見る者によっては、唯の不恰好な塊にしか見えないそれは、けれど、元は確かに神具であったのだ、と役目を果たした誇りと満足を持って堂々とそこにあった。
チリン、鳴る筈のないクレハの簪が再び、鳴った。今度は、その音にはかすかな羨望が篭っていた。
冒険者ギルド長ウーカンからの依頼を受けて、後日、クレハは再度、冒険者ギルドを訪れていた。
必要な魔道具の仕様を話し合う為に、根の国から職人集団の代表アマツマラも来ている。
その席に現れたのは、冒険者のシュウで、改めて、彼が、ウーカンがシデリアン国の冒険者ギルド長として赴任してきた時に、一緒に亡命してきたエディアカランの王太子リュウ・ホウの息子、リュウ・シュウである、と紹介された。
「ヨウ貴妃は、あの悪女は、祖父の側室でありながら、父王太子にも色目を使っていた。間接的にあの悪女の攻撃を受けていた母の王太子妃はストレスから体調を崩した。療養の為に母が王宮を去ると、まだ子供だった私たちにもあの女の悪意ある手が伸ばされた。婚約者候補や側近候補は全て彼女の息がかかった貴族家に限られ、偏った教育が施された。
幸いなことにあの頃の私は、それがおかしい、と思える程には、教育が進んでいたのでね、意のままにならない子供として排除される前に、カン将軍に頼んで、国を出た、と言う訳だ」
とリュウ・シュウは皮肉たっぷりに話をまとめた。
「カン将軍?」
クレハは冒険者ギルド長ウーカンを見た。
「元エディアカラン近衛0番隊副隊長ウー・カン・モウだ。将軍職は、陛下があの悪女を側室に迎えた時に返上している。今は、ただの、シデリアン国東部の冒険者ギルドの雇われギルド長だ」
ウーカンは肩をすくめてみせる。それでも、やはり、長年鍛え続けた肉体は、裏切らない。
筋肉が綺麗についた体に備わった威厳、が、ウーカンを年齢より遥かに若く見せていた。
小さな事故から大きな事件まで、リュウ・シュウを襲ったいくつもの襲撃から、彼の身を守っていたのが、遺言で常に身につけていた故王妃の形見とわかった時には、既に、その美しい錦の袋の中身は、原型が分からないほど、ひしゃげ、色失せていた。流石にこのまま国にいては、次こそ命が危うい。
そう感じた、父王太子は信頼のおけるカン将軍に依頼し、リュウ・シュウを国外に逃す事にした。
近衛0番隊は、情報収集や諜報などを主な活動としている。武術に優れている事は勿論だが、如何に、手にした情報を素早く、正確に持ち帰るか、にその任務の主眼を置いていた。
リュウ・シュウを預けられたウーカンは、自らの影の身分、エディアカランの冒険者、の身分をうまく使って、合法的に、周囲に疑問を抱かせずに、国を出ることに成功する。
荷物持ちに、その辺の駆け出し冒険者・シュウを伴って新しい任地に向かった。
♾️傭兵団が拠点を構え、活動を活発化していた。魔滅部隊を名乗る獣人至上主義者達も、エディアカランに移動してきた。
ヨウ貴妃側も、そう言った味方に成りうる勢力への接触で忙しく、死にかけの子供など、もう何も出来はしない、と見逃されたとも考えられた。
が、何はともあれ、リュウ・シュウとウーハンは、無事にシデリアン国に入国したのち、リュウ・シュウは星王の庇護下に入り、ウーカンは旧都ヴァルゴの冒険者ギルドに赴任した。
数年後、リュウ・シュウが冒険者になった事は、ウーカンの予想外ではあったものの、ウーカンたちは国の外から、王太子派は国の内から、ヨウ貴妃の排除とエディアカランの再興の糸を細々と繋いで来たのだ。
「まあ、そんな訳で、これが身代わりとなってくれたお陰で、今の私があるのだが、先日、ヨウ貴妃とその甘い汁を吸っていた連中が一掃され、これからはエディアカランに戻り、国内の立て直しに力を尽くそうと思っている」
グッと拳を握って、決意を語るリュウ・シュウにウーカンは感動している。クレハも神具の献身に感動して、『大変だけど、頑張ってね』と内心エールを送った。
二度と邪悪なモノに為政者が操られることの無いように。
「我が身を守ったこの鈴の様な護身具を作ってもらえないだろうか?罪源を完封した器を作成した聖女と貴女なら、それは可能ではないか?」
そう、リュウ・シュウは続けた。
「神楽鈴の代わり?」
それは流石にアマツマラでも無理でしょ、とクレハが理由と共に、断ろうと口を開きかけた時、爆弾が投下された。
「護身具とは別に、聖女と貴女には、リュウ・シュウ様の婚約者候補として、エディアカランにおいで頂けないだろうか?」
「は?婚約者?」
クレハが反応するより、アンとバトラーの過激な行動が炸裂するのが早かった。
一瞬にして、クレハは自宅に転送され(帰還陣が仕様された)、暫くのち、恐ろしく良い笑顔のバトラーが、神楽鈴の簪を手に帰宅した。
「忘れ物です」
その後ろにはぐったりと疲労困憊のアマツマラが同行していた。




