75 SALIGIAの行方
初代魔神王討伐後の世界史
エターナル・エデンは混乱の中から勇者と共に戦った4人の戦士が中心となって4つの国を興した。
北のオルドビス
東のシデリアン
南のエディアカラン
西のエクタシアン
国境線は幾たびも書き直された。四大王家の中でも王族の交代が起こり、辺境の騎馬民族が世界を一色に染める勢いで勢力を伸ばしたこともある。しかし、結局は、世界は星都の星王を中心とした、四大王国体制で落ち着いた。
四大王国の建国史の中には、初代魔神王討伐時の記録が失われずに残っているものもあった。
その中の一つが、シデリアン王家の禁書庫にある。
たかが名誉女男爵程度の身分では、クレハはそんな所に足を踏み入れることは出来ない。
なので、今、ここにクレハが招かれているのは、紛れもなく、運営の業務命令、だ。
それを言うなら、冒険者ギルドからの依頼自体が、今回のイベントを円滑に進めるための”お助けキャラ”として、クレハが指定された、と言う事だ。
シデリアン王国は建国から一貫して只人族の王族が治めている国だ。反乱らしい反乱も起こった事のない国で、建国史が失われる事なく、連綿と刻まれている。
その膨大な資料を前に、興奮しない筈がなく、端から端まで読破したい要求に駆られるが、自宅に保管されていた(これも運営の差し金・ありがたやー)羊皮紙一枚の解読にほぼ丸一日かかった身としては、流石に時間制限のある依頼(イベントの序盤に間に合わせる必要あり)中に、興味本位ではいられない。
幸い、アンとバトラーも入室を許可されたので、二人に協力してもらって、該当しそうな資料を集めてもらう。
クレハはそれを読んでいるのだが、初期のシデリアン国の建国史は、竹簡になっている。羊皮紙とはまた異なった注意が必要で、書かれている言葉も現在使われているアルファベットのような表音文字ではなく、表意文字の為、本来なら読み解くのに非常に時間がかかる。ところが、職業・考古学者のチート能力か、イベント進行上の都合か、クレハには、文字の意味が見ただけでわかってしまうのだ。
『面白いけど、面白くない』
色々な資料を見比べて、この表意文字はこの意味では、などと考察する楽しみをがっつり省かれたのは、正直残念だが、それは別として文献の内容は非常に興味深かった。
この国には、一つのSALIGIAの飛来が確認されている。
更に、エクタシアンのル・ルー経由で、砂漠の神・セトが持つ砂漠に飛んできたSALIGIAの情報も齎された。
海に落ちたと言うSALIGIAの詳細は、竜宮のオトヒメに問い合わせ中だ。
オルドビス国の霊峰に住むドラゴンが所持しているのは間違いないだろう。
何故なら、今世において、SALIGIAを直接見た事があるのは、セト神のみで、その混沌の神曰く、
「禍々しい魔力を垂れ流す汚物だが、その力は紛れもなく強大。まあ、全盛期の我には敵わないがな。あれが落ちたせいで、近くの生き物たちが皆、凶暴化し、広く大地が荒れた。砂漠化した土地と戦は、我の力となったが、あまり気分の良いものでは無かったのでな、地下深くに封じたのだ」
他のSALIGIAについては「知らぬ」の一言だったが、ただ「あれは、ドラゴンの好物であろうよ」とつまらなそうに付け足した。
SALIGIA
大人の拳大の透明な球体。その中に7つの罪源の獣が閉じ込められている。
傲慢(獅子)、強欲(狐)、色欲(蠍)、嫉妬(蛇)、暴食(豚)、憤怒(一角獣)、怠惰(熊)。
エディアラカン国の情報はあまり手に入らなかった。それでも、ここまでで、星都に1つ、シデリアンに1つ、海中に1つ、エクタシアンの砂漠に1つ、ドラゴンが1つ。
恐らく、根の国にも1つある。あの国で生まれ続ける魔物の素、が、SALIGIAの可能性が高い、と思っている。
まあ、あとはイベントとしてのバランスだ。それでいくと、残りの1つは、エディアカラン国となる。
ここまでの情報をまとめて、クレハはそれぞれが、何のSALIGIAか考えてみる。
エクタシアンの砂漠は、争いを生んだことから、憤怒。
選民意識の高い星都は傲慢。
四大王国の中で最も食文化の豊かなシデリアンは暴食。
ドラゴンが手にしたSALIGIAが怠惰でなければ、世界は今頃、滅びていただろうと思われる。
そうすると消去法で、エディアカランは色欲、になる。
強欲と嫉妬、そのいずれもが、隣国との争いの元になり得るからだ。
その点、隔絶した根の国と海底のいずれに強欲、嫉妬があってもその争いは、ある規模までは地域限定で収まるだろう。むしろ、海底に落ちたSALIGIAは一番無害、と言える。影響を及ぼすべき生き物がいないからだ。
そんな感じでまとめた調査資料をクレハは、冒険者ギルドに提出した。
冒険者ギルドは、クレハ以外にも何名かの有識者に協力をあおいでおり、それらの結果をまとめて公開した。
因みにこの場合の有識者は、クレハと同様現地人枠採用の運営スタッフだったりする。
久しぶりに、運営側としての仕事を果たした気分だった。
「これ、運営から、ヒント、として最初から出すのと何が違うの?」
一仕事終えて、まったりと濃いめの玄米茶を飲むクレハの膝の上、へそ天で寝転ぶ猫アレクのお腹を撫でつつ、クレハは尋ねた。
「えー、クレハ様も楽しかったでしょう?」
「それはそうだけど。時間もかかってるよ」
「最初から、ここが怪しいとか言われる宝探しとか楽しいですか?」
逆に聞かれた。
「これまでは、旅人の皆さんも、いろいろ、自分たちで調べながら、魔物の多発する地域や、いかにも怪しげな場所を探索してきました。その中で、ヒントを見つけた人も当然いますし、たまたま、当たりを引く強者もいましたよ。だけど、そんな一部の先行者の努力を無視して、我々がヒントを出すのは違うでしょ?待っていれば、運営がヒントをくれるから、それまでは何もしない、では、ね」
確かに、とクレハは納得した。それに、大体の場所が示唆されたからと言って、そこから先の絞り込みは各自に任されている。海の底とか、ドラゴンの巣、とか、一体何人が到達できるのだろうか?
その後、セト神の協力を得たリ・リーが憤怒の玉を見つけたと聞き、クレハは喜び、セイが傲慢の玉が星都にある事を発見し(出来レース!怒)、オトヒメに助けてもらって海底の嫉妬の玉が回収されたと知った。
ここ、シデリアンでは、暴食の玉が何と豊穣神の祠から発見され、豊穣神に捧げる国民の星力が、暴食の魔力を上手く変換し、この地に恵みを齎していた事実に、玉を祠から持ち出す事に反対意見が出た。
一国の豊穣と魔神王復活阻止、世界平和を天秤にかけ、結局は、暴食の玉は星都に奉納される事になったが、引き換えに、シデリアン国は、星王から政治的譲歩を引き出した。
それは、シデリアン国所属のNPC、Sランク冒険者となったオーランが、オルドビス国霊峰のドラゴンの巣から、怠惰の玉を入手して帰国した事に由来する。
ドラゴンの巣がオルドビス国内にある事から、入手した怠惰の玉は、本来は、オルドビス国からの献上となる筈だった。怠惰の影響から脱したドラゴンが暴れた場合に一番被害を受けるのはオルドビス国である、と主張し、その際の補填、をオルドビス国が献上の引き換えに求めていたからだ。
オーランは何も一人でドラゴンの巣に潜り込み、玉を得た訳ではない。彼は旅人たちのパーティと組んで、この偉業を成した。旅人たちが、所属する冒険者ギルドはシデリアンだったが、彼らも、最初は、オルドビス国のギルドに報告を入れている。ただ、一部の強欲な上位貴族がその手柄を横取りしようと強引な引き抜きを行ったことに腹を立てて、シデリアンに戻ってきたのだ。
旅人の行動は、咎められる事は無かった。だが、オーランは別だ。
オルドビス国の上位貴族は、オーランを不法入国の罪、オルドビス国の財産を強奪した罪で、星王庁に訴えた。
それを不問に付し、更に、訴えた上位貴族への牽制、と言うか、処分を引き換えに、暴食の玉を献上したのだ。
何故、国をあげてオーランを守ったのか、それはクレハにはわからない。オーランがエルフ族であることも関係しているのだろう。
クレハがわかるのは、今、目の前で起こっている惨劇を何とかしなければ、と言うことだけだ。
だらりとソファーに寝転んで、次々と食べ物を口に運んでいる、商人ギルド長のネト。同じように何人もの人が、商人ギルドの一階フロアーのあちこちで、死んだ魚の目をしながら、何かしらを口に入れている、そんな光景が、繰り広げられていた。




