74 7つの罪源
遥か昔、最初の魔神王が勇者に倒された時、その体から、7つの罪源が世界に飛び散った。
傲慢、強欲、色欲、嫉妬、暴食、憤怒、怠惰
「SALIGIA」と呼ばれるそれらは、今もこの世界のどこかに潜んで、罪源を吸収し、悪き力を溜めている。いずれ復活するであろう魔神王の力の源となる為に。
旅人達よ、7つの罪源を集め、滅せよ。二度とこの世界に強大な魔神王を目覚めさせない為に。
「ね、今回のイベントって本格的アドベンチャーRPG仕立てだと思わない?」
紅葉は、LIMEで息子の龍樹とワクワクしながら、4回目を迎える夏休みイベントについて、盛り上がっていた。
ここしばらく、謎解きや探索系のイベントが続き、単純に、戦うぜー!と言うタイプのイベントは、竜宮の海底牢獄イベント以来では無いだろうか。最も、戦闘向きではない紅葉は、謎解きや探索系イベントが嫌な訳ではない。
どの道、EEC16において現地人であるクレハ、紅葉のアバターは、考古学者という非戦闘員で、イベントでは裏方ですらない。
それでも、やはり、戦いメインとなると、ドキドキが止まらない。
それは、参戦するであろう、リ・リーたち旅人の興奮とは種類が違い、およそ巻き込まれて戦闘に加わるであろう所謂、NPCたちへの心配である。
NPCは、死ねば復活は出来ない。
少なくとも、同じサーバーでは。
以前、このゲームのスポンサーであり運営、開発担当のセイが言ったように、他サーバーでの使い回しはあるらしいが、それはあくまで、初期化されたキャラクターで、それまで生きてきた記録は消されている。
決して、同じ人物、ではない、のだ。
だから、今回のイベントで魔神王復活の鍵となる、7つの罪源・SALIGIAを探す過程で、クレハの知り合いのエターナル・エデン人が死んでしまう事も起こりうる。冒険者のオーランや傭兵ギルド長のバーンなどは、その危険度が高い。だからと言って、単純に彼らが可哀想だとか、哀れだと言うつもりはない。
結局は、ゲーム、と何処か、覚めた自分がいる事も、紅葉は理解していた。
だから、ワクワクしてしまう。
7つの罪源。今は、大罪、の方が有名だろうそれは、キリスト教のおもにカトリック教会において、人間を罪に導く可能性があると見做されてきた欲望や感情のことを指す。
今回のイベントでは、それら罪源は、南総里見八犬伝の伏姫の体から飛び出した8つの玉の様に、初代魔神王が勇者に滅ぼされた時に、体から飛び出し、この世界の各地に散らばった。それらを滅するのが、イベントの目的だ。
その過程で、魔物や魔人との戦いは必須となるだろう。
「先ずは、その7つの罪源を見つけ無いと」と龍樹。
「それに、”滅する”って言う言葉使いも気になるよね」と紅葉も答える。
「”破壊する”じゃ無いところがね、なんか、実は壊したら罪源が解放されそうなイメージ、無い?」
「あー、確かに。誰かが、何の考えもなしに壊して、大事に!なんてあり得そう」
ゾッとした龍樹が、早速、それ掲示板に流すわ、と言って通話を切る。
うん、あの運営の意地の悪さなら、ありうる。
解放されるのが”暴食”ぐらいならまだしも、”強欲”とか”色欲”とかだと、ちょっと想像したくないな、と紅葉は思った。
多分、解放されてしまった場合の救済処置も考えられてはいるのだろうけれど、無事に終わって欲しい、そう願った。
イベント開始当初、7つの罪源の玉探しは、なかなか進まなかった。
EEC16世界は広い。どこに玉が飛んでいったのか皆目検討がつかない。闇雲に探したところで、そう簡単に見つかるはずはないのだ。
それでも、ボツボツ情報は入ってくる。
オルドビス国の霊山ドラゴンの巣にある、とか、深海の底、とか。幻のエルフの里、とか。
そんな中、クレハに冒険者ギルドから依頼が入る。
初代魔神王が倒された後の時代についての資料が無いかどうか、あるなら、7つの罪源の行方についてのヒントが無いかどうか、調べて欲しい、と言うものだ。
「初代魔神王討伐後の資料ねぇ」
そんなものあったけ?
先日、蔵の片付けをした時に(まだ途中だけど)、ざっとした目録だけは、アンが作ってくれた。
それらにきちんと目を通していなかった、と反省する。
依頼を受けて、改めて蔵の資料を調べ直す。アンがきちんと時代別に並び替えてくれたおかげで、非常に探しやすくなっていた。
「ありがとね、アンちゃん」
にこりと微笑んでホットチョコレートを用意してくれるメイドに感謝を示し、クレハは、資料に目を通した。
『突然、空が暗くなり、遠くで雷鳴が聞こえた』
朽ち果てそうな羊皮紙は、時の星王の侍従長の日記だ。
『魔神王の城の方角だ、と我々は息を潜めた。勇者とその仲間たちが旅立って、既に一年が過ぎようとしていた。各地での魔物の被害は減少し、勇者一行の、魔神王討伐の旅が順調である事を我々は確信している。だが、魔物を討伐しながら、魔神城を目指す勇者たちとて、人の子。いつまでも、戦い続ける事など出来はしない。全員が無事なのだろうか、過酷な運命に心折れてはいないだろうか、そんな事を我らは、平和になった地で、彼らの成功と無事の帰還を待つしか無い。なんと身勝手なのだろう。
星王陛下の嘆きは如何許りか。それを側で見ているしかない我が身が情けない。』
『しかし、そんな日々もついに終わりを告げた。
魔神城の方向で轟いた雷鳴に続いて、空が割れた。天を割いて、7つの光、禍々しいそれらが、7つの方向に飛び去ったのだ。その内の一つは、我が星都に向かってきていたが、星王陛下のご威光に恐れをなし、星都に近づく事なく〇〇〇〇』
ここから下の部分は破損が激しく、所々が欠けている。
『星○陛下の命で、○の行方を調べ○○く、○○が各地に派遣さ○○。〇〇霊峰、南の海中に沈んだのを見た〇〇〇〇。○国の王からも〇〇○果が上がってきた。地割れに〇〇〇〇たのを見たとの〇〇もあった。星○の近〇〇落ちたもの〇〇○衛が回収し〇〇○その途中〇〇く人もが正気を失○た』
「うーん、流石にこれ以上は厳しいなあ」
裏紙で補強されているとは言え、ここから先は半分以上は欠けていた。
コキコキと首を鳴らし、ただでさえ、読みにくい古代文字が虫食いになっていることもあり、解読にはかなりの時間を要した。目も心なしか、しょぼしょぼする。
現実の体では無いから、それ程、疲労が蓄積はしないのだが、気持ち的にはそんな感じだ。
「お疲れ様でございます」
そう言って、横に置かれたのが、ミニ雑炊で、そう言えば、食事も摂らずに、没入していたのだ、と気がついた。そろそろ、ログアウトしなければ、旦那の夕食の支度に間に合わないことに気が付く。
「ありがとう、アンちゃん、少し、眠るわ」
そう言って、ありがたく雑炊を平らげて、クレハはログアウトした。
その前に、同じ時代の各国の資料があれば、揃えておいてもらうよう頼んでおく。戻ったら、すぐまた解読に入れるように下準備をお願いした。
「ごめーん、夕食すぐ作るねー」
慌ててログアウトした紅葉は、バタバタと夕食の支度を始めた。
「んー、ご飯は炊いておいたよー」
お互いに退職した夫婦だが、基本、家事は紅葉の仕事だ。ゲームに夢中になって、ほとんど放置だが、それでも、こうやって、文句も言わず、ご飯を炊いていてくれる夫に「ありがと〜」と感謝するのを忘れないのが、平穏な家庭生活の鍵だ。
冷凍庫から鶏肉を出して解凍しながら、昆布だしをとる。トマトとズッキーニ、ナスを切って炒めていく。
その間も、頭の中はEEC16の事を考えているのだから、紅葉も大概だ。
今年の夏も暑いね、など、雑談しながら、夕食を摂り、さっと入浴すると、紅葉は再び、クレハになるのだった。




