72 魔力汚染
セイの真意がどうあれ、クレハは依頼の天空島の魔力汚染を調べながら、”名も無き神様”の像の足元のレリーフや、教会内の壁画、中庭の植生、礼拝堂の床に描かれたゲートなど、興味の向くままに調べる日々を送っていた。
魔力汚染に関しては、やはり、旅人達が最初に降り立つ、各国の転送陣の置かれた出張所が一番汚染度が高い。今はまだ、目に見えて何かが起こっているわけでは無いが、注意は必要だろう。
そうなると、他サーバーのことながら、気になってくるのが、黄サーバーの検証クラン”考える足”の連中が、大量に死に戻った海だ。魔力で出来ている旅人の体が、死によって崩壊すると、その時点で体を構成していた魔力が霧散する。その魔力が海水に溶けて、汚染が進む。
「考えなしに死に戻るな、馬鹿たれ」
と言うような事を、オブラートに何重にも包んで、リ・リー経由で、クランリーダー・パンセに送り付けた。
魔力を取り除く方法は、ある。
クレハが根の国のヴェストリ迷宮で見つけたドワーフの幻の秘宝・シフの金髪があれば、魔力は吸い取る事が可能だ。
少なくとも、この藍サーバーでは、オルドビス国の宝物庫に保管されており、トーリン王なら、提供してくれるだろう。
他のサーバーでシフの金髪が見つかっているのかどうか、一度、現実世界で調べてみる必要がある。
個人で所持している可能性もあるが、魔力を完全に遮断しなければ、増殖を続ける危険なお宝だ。もし、隠し部屋の宝箱から持ち出されていれば、噂になることは間違いない。
仕方がないので、更に、パンセに、シフの金髪の情報も伝える事にした。
「検証と称して、天空島の海を汚した罪を償う気があるのなら、とっておきの情報を一つ、お教えしましょう」
何度も伝書鳩をさせて申し訳ない、とリ・リーには、手作りの金平糖を御礼につけて、伝言を依頼した。
ずっと、接触不可だったクレハからの連絡である。
「文字通り、飛び上がって踊って、大変でした」
と、リ・リーがぼやいた。
とは言え、直接会うのはごめん被りたいクレハである。
国やギルドが所有するテレビ電話の様な機能の転送陣は、今や旅人のチャット機能を参考に改良され、持ち運び可能な初期の携帯電話レベルにまで進化していた。ホログラム付きなので、ショルダーフォンよりは遥かに高度な技術なのは間違いない。お陰で対面する事なく、クレハはパンセと再会した。
「やあやあ、やあやあやあ。会いたかったよ、ユニーク殿」
16インチのノートパソコンサイズの魔道具に、エルフ美女パンセが大写しに、ホログラムで浮かび上がった。
「それでっ、とっておきの情報とは何かね?この検証クランの代表たる吾輩が知らないなど、そうそう無いはずだ。一体、どんな情報なのかと、昨日の晩から、眠れずにいたのだよ」
相変わらずである。
「お久しぶりです、パンセさん。実は、私、今、天空島の魔力汚染を調べているのですが」
と、クレハは自分の現状とその調査から、天空島の魔力汚染が深刻な状況になる前に何とかしなくてはならない、と訴えた。
「だが、旅人は魔力で出来ているのだ。環境に影響を与えるのは、仕方がないであろう?」
「程度が問題だと言うのです!」
いかにも、つまらない事を言われたと言う反応を見せるパンセに、クレハのイライラが募る。
「天空島は、この世界で唯一、魔物の存在しない土地です。それが、この勢いで、魔力汚染が進めば、いつ、魔物が発生してもおかしくない、そんな環境になってしまうんですよ」
「何と!魔物発生の謎を解くチャンスが巡ってくるのか、それは、それはっ、素晴しい!」
「ちがーう。そうじゃ無〜い』
斜め上の発想に、流石のクレハも素で怒鳴った。
「わかりました、この話は無かった、と言う事で」
プツン、と映像を切る。あんな奴に相談したのが間違いだった。やっぱり、検証クランは頭のおかしな連中の集まりだ。サーバー会議でちょっと見直した、と期待した自分が馬鹿だった。
しみじみと反省をした所に、再度、通信の魔道具が着信を告げる。
クレハは、起動に必要な魔石を抜いた。魔道具はただの箱になった。
黄サーバーの検証クランとその長パンセの、現実世界における影響力は大したもので、サーバー会議の成功も、彼らの宣伝によるものが大きいのは、クレハも知っている。
だが、他にも現実世界に伝手はあるのだ。
例えば、リ・リーと彼女のパーティ。
エープリールフールイベントやサーバー会議を通して、彼女らの交流の輪も広がっている。かつての、VRMMO世界に逃げ込もうとしていた子供達ではない。
そして、龍樹。
クレハの現実世界での息子は、EEC16世界では赤サーバーでそこそこ名の知れた旅人だ。
最後の手段、セイ。
この世界の星王であり、現実世界では、このゲームのパトロン兼運営。いざとなれば、クエストを発生させてでも、解決に導く力技が可能だ。
まあ、基本、頼み事の為に会うのは遠慮したいレベルの人間ではある。
彼らを通じて、現実世界の掲示板で、ちょっとした噂を流してもらう。
「根の国のヴェストリ迷宮の隠し部屋で、未知のドワーフのお宝が発見された」と。
そうすれば、いずれ、他のサーバーでもシフの金髪が発見されるだろう。
時間がかかるようなら、クレハが作成した迷宮地図を一部開示しても良い。勿論、地図作成を依頼したイバラには、事前に相談が必要だが。
クレハは冒険者ギルドを通じて、正式な指名依頼として、リ・リーたちのパーティに協力要請を出した。
冒険者ギルドで依頼書を交わすにあたり、何故、この依頼がこれまでの様に、個人的な依頼ではないのか、をクレハは説明する。
「シフの金髪は、非常に扱いの難しいアイテムです。実際、私は自分たちの手に負えないと、それを根の国のイバラ様にお任せし、イバラ様はオルドビス国のトーリン王にその管理を押し付けた、そんなアイテムです。
それでも今回、シフの金髪が必要なのは、天空島の魔力汚染が、思いの外、深刻な状態だったからです」
自分は天空島で魔力汚染の現場調査をしていた、とクレハは明かす。
調査結果、解決方法、共に、依頼主、つまり、運営には報告済みだが、まだ、運営は、その対策を取らない。
これは、エターナル・エデンの住人として見過ごせない、とクレハは告げた。
「天空島の魔力汚染、ですか」
リ・リーも考え込んだ。
「でも、そんな大変な事、私達なんかで大丈夫でしょうか」
自信なさげなリ・リーの背を、ビックMがドン、と叩く。
「まっかせなさーい。このビックMちゃんを甘く見てはいけませーん。私の発信力を持ってすれば、あっという間に現実経由で全サーバーに広げますよー」
「ありがとうございます」
丁寧にクレハは頭を下げた。
「でも、バロネス、この依頼、パンセさんに頼んだんじゃ無かったんですね」
いい雰囲気で終わろうとした仕事の打ち合わせを、空気を読まないロメオがぶち壊した。
「あー、パンセさんね。う、うーん、あの人は凄く、凄く、忙しい人だからねえ」
誤魔化そうとするリ・リーの努力も虚しく、
「パンセ?どなたですか?」
と思いっきり貼り付けた笑顔のクレハに微笑まれたロメオは、スンマセン、と謝罪を口にするしかなくなった。
「私が、頼りにするのは、この世界の事をきちんと考えてくださっているリ・リーの様な人、ですよ」
それは、混じり気のないクレハの気持ちだった。
その信頼はとても嬉しいものだった。だが、同時に、パンセが何をして、クレハを怒らせたのか、とリ・リーたちは、顔を見合わせるのだった。




