71 天空島解放
この年の3周年イベントは、予告された通り、天空島の解放だった。
とは言え、天空島の大きさから、全ての旅人が一斉に訪れれば、ぎゅうぎゅう詰めになる事は確実で、一日の天空島への入島人数の制限・滞在期間の制限は設けられている。更に、天空島へは転送陣を使ってしか行けないが、その起動のための星力は使用者が支払う、という条件がつけられた。
勿論、その星力量は、新人の旅人が支払うには困難な量で、選ばれた者しかいけない場所を”解放”と呼ぶのか、と、毎度の事ながら、物議を醸した。
それに対し、運営は、天空島につながる転送陣を各国の王都に設置し、更に、星都にしか無かった天空島へのゲートの他に、幾つか隠しゲートが存在する事を公開して、批判を緩和した。
何せ、これまでは、高位NPCの紹介状が必要など、立入条件の厳しい星都に入ることが、第一関門だったのだ。それを考えれば、星力を払えば良いだけ、更に、隠しゲートなら星力も不要、滞在無制限とあれば、文句を言うより、行動する方が賢い。
勿論、星都直通のゲートは特別で、”名も無き神様”の像の足元に出るのはこれだけだ。その像を中心に建てられた”名も無き神様”の教会は、立ち入り制限区域で、そこに至る跳ね橋は閉ざされている。
各国に設置された転送陣は、天空島の街に繋がり、出張所が置かれて、旅人の出入りを管理する。
隠しゲートのつながる先は、当然、不明。
天空島解放イベントでは、星力を集めるNPCお手伝いミニゲームがいくつも開催され、イベントの終わりには既に何人もの旅人が天空島を訪れていた。そこからの絶景に感動し、そのスクショを現実の掲示板にあげると、天空島に行こう、と星力集めに邁進する旅人も多い。
因みに現実での紅葉の息子である龍樹も、その中の一人で、自身の星霊武具である女王蜂のメフィ(人型進化後・バービー人形サイズ)とのツーショットを掲示板にアップしていた。ちょっと引いた。
そして、黄サーバーの検証クラン”考える足”のサイトでは、「天空島の海の底はどうなっているのか?」を調べる為、何名もが、海に潜り、その底を目指して、死に戻る様子が、動画で上げられていた。
それを見た時の紅葉の反応は、押して知るべし、である。
ゾンビ化イベントでは、協力もしたし、迷惑も掛けられたが、その後、クレハとパンセとの関わりは無い。エルフ美女は時々、ヴァルゴ周辺に出没しているようだが、彼(彼女?)に限らず、対旅人用に認識阻害を強化したクレハの自宅にいる限り、会う事もなかった。回収したエイメ・サイアの抜け殻が、クレハたちが帰った後、影も形も無くなってしまった、と、リ・リーを介して、泣きつくパンセからのメッセージが届いたが、勿論、黙殺した。
今、クレハは、そんな旅人たちが闊歩する天空島の麓の町の様子を、教会の窓から眺めていた。
天空島に魔物はいない。そのせいか、街を歩く旅人達の顔も、ゆったりとしていて、確かにここは、EEC内でも特殊な場所だと実感できる。
この地に足を踏み入れる時は、旅人のみならず、クレハたちエターナル・エデン人も、セト神殿を訪れるときのように、魔力を帯びた物の帯同は、極力避けるように言われている。武器の類の持ち込みは原則禁止だが、星霊武具は例外だ。星霊武具の要たる星霊たちの故郷が、この天空島だからだ。ここで癒やされた星霊は、更に力を得て、進化するものもいて、ここが、単なる風光明媚な観光地では無いと証明している。
むしろ、星霊を強化する為には最適な場所なのだ。
天下一大武闘大会の優勝者が優勝特典として、この地を訪れることを許されるまで、天空島は星王の代替わりにのみ、そのゲートが開かれる聖地だった。
異世界の人間・旅人をこの世界に招き入れる事が決まった時、星王は、この聖地も彼ら異世界人に解放する事を決めた。その為の調査に派遣された調査団にクレハは加わることを許されたが、そのときのレポートで、彼女は、旅人たちに天空島を解放することに反対したのだ。
天空島は、魔力汚染とは無縁の土地だ。魔力の塊である旅人が、彼の地に与える影響を懸念したのである。
その結果、クレハは”天空島の魔力汚染の侵攻度調査”を依頼されて、今、ここにいる。自身が、10年前に提出したレポート、その整合性を確認する為だ。
勿論、10年前と今とでは、旅人の心構え自体が違うのだから、あの時の結論が間違いだったとは、クレハは欠片も思ってはいない。けれど、ゲーム開始後まもなくで、色々、盛り上がっていた時のレポートである。そんなものを今更、持ち出されては、罰ゲームかと思う程、恥ずかしい。
報酬として、星都から島の中央の”名も無き神様”の教会直通ゲート使い放題、天空島での行動無制限、の権利が与えらなければ、断る一択だった。
が、いつかまた来たい、と思っていたクレハにとって、またと無い機会なのは、間違いなかった。
破格の条件に跳ねるような足取りでやってきたクレハは、ゲートから一歩足を踏み出し、そのまま、硬直して立ち止まった。
何事かと、アンが慌てて前に出て構える。
目の前に、星都騎士団の制服を着たセイが待ち構えていた。
そして、その隣に、豪奢な衣装を身に纏った10歳程歳をとったセイ?が、立っていた。
「セイくんが二人?」
クレハにとって、この世界で、出来れば会いたくない人物の一人、それが、セイだ。
現実世界でのこのゲーム、EEC16の最大のスポンサーにして、開発の最先端技術者。
そして、EEC16での、最高権力者・星王であり、このゲームのユーザーである旅人セイ。
クレハの正体を知る、ある意味、彼女の雇い主に相当する。
直接、この世界で顔を見たのは、セト神から彼の力を分け与えられたパピルスの分析に、エクタシアンの砂漠で遭遇した時以来である。
「久しぶり。相変わらず、ちょろいな、おばさん。報酬に目が眩んだんだろ」
トントン、と剣の鞘で床を叩くと、少年のセイは、呆れた様にクレハに声をかけ、その流れで、自分によく似た隣の青年に向かって尊大な態度で顎をしゃくった。
「これが、このサーバーの星王、俺様のコピー」
「は?」
「いやー、参った。ここと現実の時間差を甘く見てたわ。アバターは年取らないけど、NPCは年取るからさ。配信4年目ともなれば、16歳の俺様も25歳になる訳で。せめて、只人族でなけりゃあ、もうちょっと誤魔化しがきいたんだけどな、あんた達みたいに」
そう言って、少年セイはハーフハイエルフのクレハと獣人・銀狐族のバトラーを剣で示した。
「一応、この天空島にいる時は、会うこともあるかもしれないから、あんたには知らせとこうと思ってな。本体は、こっちだから」
少年セイは自分を指差す。
「それじゃあ、時計、動かすけど、騒ぐなよ」
ニヤリ、と笑い、少年セイは再び、手にしていた剣で床を叩く。
途端に、周囲の音が戻ってきた。
「星王様だ」「星王様?」「今日はどうしてこちらに?」
「鎮まれ。名も無き神様の御前であるぞ」
尖塔の麓、名も無き神様の足元で、文化財研究に勤しんでいた人々のざわめきを、その一言で鎮めたのは、青年のセイ。決して、声を荒げた訳でも、声を届けるのに一般に使われる風の星力を利用した訳でもない。目の前で驚きのあまり落ち着きを失った子供に語りかけるように、青年セイは、話を続ける。
「今の吾はこの地を訪れた巡礼者だ。”名もなき神様”の前では、吾も其方達もただ一つの命に過ぎない。ならば、諸君らの崇高な使命に敬意を払うのは吾の方だ。邪魔をするのは忍びない。吾はすぐに立ち去ろう」
そう言い残すと、青年セイは、クレハたちの横を通り、ゲートに乗ると、注目する視線ににこりと営業用の笑顔を見せて、消えた。
「クレハ・デ・ノースヴィラ女男爵は、こちらへ」
青年セイの姿が、ゲートの向こうへ消えてすぐ、少年セイは、呆然とたちすくんでいたクレハに声をかけると、教会の中庭に連れ出した。
「しっかりしろよ。実はあんたに頼みがあって、ここで待っていたんだ」
そう言ったセイの表情は真剣だった。
「いつか、あいつ。星王を倒してくれないか?」
思わず叫びそうになったクレハは、アンとバトラー、両脇から伸びた手が、彼女の口を物理的に塞いで、事なきを得た。
「一体、どういう事でしょう?」
そのまま尖塔の外階段を使って、クレハたちはゆっくり、階下に降りている。
かつて、初めて天空島に降り立った時と同じく、360度のパノラマを見ながら、である。
「ご存知とは思いますが、私は、全く、これっぽちも、戦う才能がありません。星王様を倒す?一体、何の冗談、いや、いじめ?いじめですか、これ!」
初めて気がついた、と言うように、足を止めるクレハ。
先導していたセイとの距離がどんどん開く。
話の邪魔にならないよう、少し離れてついて来ていたバトラーがすぐに追いついて、様子を伺っている。
「相変わらず、発想がおかしいな、あんた」
振り返り、クレハを見ながら、後ろ向きに階段を降りていくセイ。
星都の遥か上空に浮かぶ島。その中心の小高い山に建てられた教会の、更にその中央に聳え立つ、”名もなき神様”の像。その台座をぐるりと巡る外階段についているのは腰までの高さしかない何とも頼りない柵のみ。
少し強い風が吹けば、バランスを崩して落ちてしまいそうな、そんな高さであるのに、全く、気にする事なく、セイは後ろ向きに降りていく。
クレハとの距離は開いていくばかりなのに、その声は、遠くなるどころか、すぐ側で話されるようにはっきり聞こえる。
「あんたに武力を期待するなんて、世も末だ。
俺様が言ってるのは、星王の退位、だよ」
訪問初日にそんな話を聞かされたクレハの天空島滞在が、楽しいだけの筈は無く。
「一体、何をさせられるのやら」
やはり、破格の報酬には裏があった、と、今、ため息をつきながら、教会の窓から街並みを眺めるクレハだった。




