70 解呪
エイメ・サイアの解呪を依頼されたクレハだが、受けるかどうかは即決出来なかった。
まず、間違いなく、彼を呪ったのは呪いの神・ロロルである。
本家本元の呪いをクレハの呪具・運命の赤い糸、で解けるのか。これは、魔力に反応して伸びるシフの金髪の力を利用して、NPCの星力に紛れた魔力を絡めとるものだった。少なくとも、アンとバトラーの洗脳を解いた時の働き方はそうだった。
それは、今回は真逆になる。
魔力からなる旅人に絡みついた星力(呪い)にシフの金髪は反応するのか?
退職したとは言え、医療関係者だった現実の紅葉は、エイメの”中の人”の肉体の置かれた状態が、容易に想像できる。
いわゆる、植物人間状態だ。
産業スパイの様なことをやらされ、失敗したからと見捨てられ、病院で機械とチューブに繋がれて生かされている状態。何とも、後味の悪い結果になっている。
解呪できれば、彼は、現実に戻る事が出来る。
そこから先は、クレハの預かり知らぬ所ではあるが、現実世界の法律に従って裁かれることになるのだろう。
EEC16世界でのエイメ・サイアは、運営の方針次第だが、ゲーム内の死が、現実の彼に与える影響は殆どないだろうし、この世界においても、ゾンビ化パニックを引き起こした主犯として裁かれたエイメの生死は、一般に周知されるかは、星王の判断に委ねられる。つまりは、やはり、運営次第だ。
それに、パンセの真意も気に掛かる。
「やってはみますが、解呪出来るかは、分かりませんよ。そして、報酬は、私が何をしても、その事は、忘れてもらいます。今後、何があっても、暗示さえ、お断りします」
「これは、これは。ユニーク殿はたいそうな秘密をお持ちの様だ」
嬉しそうに笑うパンセを見るアンの視線が怖い。
『アレク、あの人、強制ログアウト出来ないの?』
『出来ない事も無いですけど、どうせ、またすぐにログインしてきますよ』
そう返されて、確かにな、と思う。
「仕方ない。一先ず、約束してくれるなら、やるだけやってみます」
そう覚悟を決めると、クレハは、バトラーにパンセの見張りを、アンにエイメの拘束を依頼した。アレクもクレハの腕の中から飛び出して、パンセとクレハの間に陣取った。
すーはー、と深い息を吸って吐く。
『やるよ、アンドヴァラナウト』
右手の中指、黄金の指輪に指を伸ばし、血の色のケルト模様に触れる。
するすると、そこから、変異したシフの金髪、クレハの呪具、運命の赤い糸が伸びる。
「さて、何処から始めたら良い?」
赤い糸片手にクレハはまじまじとエイメ・サイアを観察した。
「目、かな?」
クレハは、運命の赤い糸を、エイメの右の目の中に差し入れた。
「おおっ、それは何かね?そしてユニーク殿は一体何をしているのだ?」
大興奮のパンセがずりずりとバトラーを引き摺って近寄ってくる。それに恐怖を感じながらも、クレハは、糸を注意深く操った。
アンとバトラーの呪いを解く時は放置で良かった。シフの金髪が、勝手に彼女たちを汚染する魔力を追いかけたから。
だが、今回は、魔力で出来た身体を有する旅人への適用である。深く侵食するのではなく、広く、浅く、が求められる。
右の目から入れた運命の赤い糸は、エイメ・サイアの魔力を吸い取って成長する。薄皮一枚分の魔力だけを吸って、糸は彼の表皮の下を進む。
慎重に時間をかけて、クレハがエイメの全身をミイラのように運命の赤い糸で覆い尽くす頃には、周囲は闇に覆われていた。
流石のパンセも、途中からは、大人しく、食い入るようにクレハの手元を見守っていた。バトラーはアンと交代しエイメの拘束を、アンは解呪を続けるクレハの口元に栄養ドリンクを差し出し給餌を行いつつ、彼女の体調に目を光らせていた。
その様子を運営に中継しているのだろう、夜闇の中、アレクの緑の瞳は爛々と輝いている。
そして、バトラーの拘束していた腕が離れると同時に、ずるり、と服を脱ぐ様に、ゾンビ化したエイメ・サイアの全身が、剥がれ落ちた。
真紅の糸に包まれた身体が力なく、床に崩れ落ちる。
「えっと、これ、で?呪いは、解けた、んじゃ、ない、かな。でも、これ、どうしよう」
途方に暮れたクレハの見つめる先は、運命の赤い糸でミイラ状にされたエイメ・サイア、だった。
けれど、次の瞬間、エイメのミイラが、空気が抜けるようにペしゃりと潰れた。
「え?」
『ログアウトしました』アレクの声が、クレハの頭に響く。
ほっとして、全身から力が抜けた。
「ブラボー!ブラボー!」
パンセが大きく手を叩いて、座り込んだクレハに駆け寄った。
「見事、見事。まさか呪いを物理的に引き剥がすとは。流石の吾輩も想定外。まさしく、ユニーク殿のユニークたる所以!」
「褒められている気がしないのですけど?」
二人の間にはアンが立ち塞がり、アレクも毛を逆立てて、唸り声を上げている。バトラーは、クレハを支えつつ、懐に隠した暗器に手を伸ばしていた。
「奇跡の技を褒め称える事も許されないとは、嘆かわしい。
ところで、これは、この呪いの皮は、吾輩が貰って良いかね?」
舌なめずりしながら、ゾンビエイメ・サイアの皮を摘み上げるその姿に、一歩も二歩も引いて、クレハはブンブン、と首を縦に振った。
「差し上げますとも!さっさとしまって下さい!そんな事より、この事は、口外無用です。良いですね。絶対、ですよ」
クレハの許可が出た瞬間、ゾンビエイメ・サイアの皮を抱きしめて、パンセは「勿論だとも!」と、いかにもいい加減な返事を寄越した。
その隙に、床に残された大量の赤い糸を、アンが手早く回収する。
「帰るよ、バトラー、アンちゃん」
小声で囁いて、クレハはアレクを抱き寄せる。
さっと帰還陣を起動させると、三人と一匹はその場を脱出した。
無事にヴァルゴの自宅の中庭に帰り着く。
ほっとしたのも束の間、そこには、不機嫌な顔をした呪いの神・ロロルが、腕を組んで待ち構えていた。
「何てことしてくれんねん、自分。あれ、わしの最高傑作やってんぞ。弁償してや」
「大体なあ、わしがいつも食いもんで誤魔化される、思うたら、間違いやで」
そう言いながら、何杯目かの抹茶小豆のかき氷を目を細めて食べるロロル。
「かー、頭いたー。これや、かき氷は、この頭いたとセットでな、あかん」
そして、冷えた口中を、熱いほうじ茶で緩和し、クレハたちの目の前に並ぶ梅干しと大葉の冷やし茶漬けにも物欲しそうな目を向けた。
まともに食事も摂らずに解呪をしていたクレハたちだったが、怒りのオーラを放つ呪いの神様を放置して、食事を摂るわけにもいかず、まずはロロルの機嫌を直してもらおう、と甘味で懐柔し、そろそろ良いかな、と簡単に食べられる物、とアンが冷やし茶漬けを準備した所だ。
そっと、アンが、自分用の丼を差し出し、「天ぷらもお付けしましょうか?」と言うのに、呪いの神は、満面の笑顔で頷く。
流石にバトラーのこめかみがピクピクしているが、クレハが、「私は、オクラとミョウガ。あと舞茸」と言うので
グッと文句を飲み込んだ。
にも関わらず「何言うとぉ、この時期の天ぷら言うたら、鱧やろ。わし、鱧。鱧ある?」と前のめりになったロロルに思わず、バトラーがスッと、とロロルの前から冷やし茶漬けを遠ざけた。
「あー、バト坊、何すんねん」
「五月蝿いですよ、もう、夜中なのですから、静かにして下さい。近所迷惑です」
「えー、そやかて、ここ隔離されとぉやん。別に騒いだかて、誰も文句なんて言うてきぃひんて」
ブーブー言うロロルに、もうアレクは瀕死だ。
鱧は無いので、蛸天で納得してもらい、食べながら、ロロルの話を聞く。冷奴や軟骨の柚子胡椒焼きをアテに冷酒を出す頃には、すっかり、いつものさすらいのシャーマンに戻っていた。
やはり、バトラーから回収した洗脳ウィルス付きの運命の赤い糸を使って、ロロルがウィルス感染者を見つけては、呪っていた、と言うのだ。
「おかげで見つけやすかったやろ?」
堂々、と呪いを正当化するのはどうか、と思うものの、確かにそのおかげで、感染者の発見がスムースに進んだのは間違いない。
「まぁだしばらくは、かかる奴もおるやろうから、自分ら気張りや」
タバコに仕込まれたウィルスを使った空気感染の報告が、まだ、ちらほらと届いている。
発症しない限り、呪いも発動しないため、どうしても対症療法にならざるを得ないが、タバコの回収・廃棄は進んでおり、いずれ、この方法での感染も収束するだろう。
「一応の脅威は除かれた、んですよね」
「そやな。そやけどなあ、自分、あいつ、なんで解呪したん?」
酔っ払いの据えた目でクレハを睨むロロルだが、その頭の中まで酔っ払っているとは思えない。
「エイメ・サイアは、旅人です」
クレハは、自分の手の中の片口を見つめた。
「彼は、影、です。実行犯ではありましたが、主犯は別にいます。そして、この世界に囚われたままの彼の現実世界の体は、寝たきりで、生きているとは言い難い状態です。
彼にも、家族がいるでしょう。仕事として、この世界にウィルスを持ち込む事を命じられただけかもしれません。そんな人間を、あのゾンビの状態で生かし続けるのは、私は」
「甘いなぁ、自分」
クレハの言葉を途中でぶった斬ったロロルの声は、冷たい。「そんなん、あいつがどないな人間か、なんてわしらには関係あらへん。あいつがやった事で、わしらがごっつぅ迷惑を被った。それで、あいつが罰せられるんに何の問題があるん?自分かて、バト坊やそこの嬢ちゃんが、動かん様になった時、どない思た?やった奴、半殺しにしたろ、思うたんちゃうん?」
「そう、そうですね。私は、甘いんです。でも、目の前でゾンビになって苦しんでるのを見て、ざまあ、とは思えなかったんです。すみません」
「はあぁー、何で、そこで謝るんかなぁ。謝ればええっちゅうもんとちゃうやろ」
ん、と自分の手の中の木枡をクレハに突き出して、ロロルは、酌を要求する。
「自分がした事、後悔すなや。わし、自分に、あれはあんたの呪具になった、言うたやろ。好きに使こうてええ、って。ほな、自分がもらったもんや、好きに使こうて何が悪い、位、言うてもええねん。
わしも呪うた事、後悔しとらんしな。また、”名も無き神さん”の作ったこの世界を壊そうとする奴が来たら、わしは同じ事するで」
ぐい、と一気に注がれた冷酒を煽って、ロロルは立ち上がる。
「ま、理由も聞いたし、ほなな」
そのまま、転移しようとするロロルに、クレハは、慌ててエイメ・サイアから回収した運命の赤い糸の束を差し出した。
「あの、これ」
「いらんわ、そないな、気色悪いもん。そやな、オトヒメはんにでも渡したら、ええわ。海底監獄なら、ぎょうさん、使い道あるやろ」
そう言い残して、さすらいのシャーマンは消えた。
そう言われて、記憶を消される前のオトヒメが、運命の赤い糸を欲しがっていたことをクレハは思い出したのだった。




