66 深まるゾンビ化の謎
砂漠嵐のイベント、配信2年目の夏休みイベント、正式名”Operation Desert Storm”は、クレハにとって、ちょっと黒歴史なイベントだった。
エクタシアンのエンチャンタール・ルーに誘われて、多発する砂漠嵐の解明に参加したクレハが、偶然、力を失って隠れていた古の神の聖域に迷い込み、頼まれて星力を与えたら、神様と神様の神殿が復活してしまった。あまりにもイレギュラーな出来事に、運営が緊急メンテナンスを施行したために、旅人が一時期、EECにログイン出来なくなり、世界が混乱に陥った。その混乱に乗じて、NPCと旅人の共闘を主張する♾️傭兵団が暗躍し、何人ものNPCが行方不明になる事件が起き、その中にバトラーも含まれていた為に、クレハは、傭兵ギルド長のバーンと共に、竜宮のオトヒメの力を借りて、バトラー捜索に向かい、♾️傭兵団とエイメ・サイアと直接対決し、最終的にバトラーを取り戻す事に成功したものの、バトラーだけでなくアンまで昏睡状態となったのだ。シャーマンのロロルとセイ、オトヒメの協力の元、二人は回復する事が出来たが、回復手段もちょっと普通では無かったこの一連の出来事は、思い返してみれば、これだけで一冊本が書けそうな濃い内容だ。
その♾️傭兵団、エイメ・サイアが、今回のゾンビ化にも絡んでいる。
ゾンビ化した人達の首元のミミズ腫れを見た時に、嫌な予感はしていたのだ。
つい口を滑らせてしまったクレハは、見事にパンセによって、バトラーの行方不明事件の詳細を説明させられた。
「なるほど、なるほど。そう言う状況だったのだね、納得、納得。先程も言ったがね、この世界への現実からの攻撃、EEC16世界の根底を揺るがしうるコンピューターウィルス感染は、砂漠嵐イベントの後から一部では確認されていたのだよ。吾輩のクランは、シークレットクエストとして、コンピューターウィルスを撒き散らし、NPCを洗脳する人物・団体の特定と捕縛を請け負っていたのだ」
その中で、容疑者として上がったのが、♾️傭兵団であり、エイメ・サイア、らしい。
「まあ、詳しい話はさて置いて、先日のエイプリルフールイベントで旅人がシャッフルされたであろう?あの時に、運営と協力して、扇動者を含む♾️傭兵団の主だったメンバーが一箇所に集まるよう情報を流した。エディアカラン国のとある村だ。元々、♾️傭兵団の本拠地がある多島海もエディアカランに属している。あの国は、国王が若い側室に入れ上げて、国政が乱れているから、そこを扇動者に付け入られたのだろうね」
うっそりとパンセは笑った。妖艶エルフ美女であるだけに、背筋が寒くなる迫力があった。
「その村で、一網打尽にしたわけだが、プレーヤーのアカウントは運営が凍結して、NPCと共に拘束した。
ところがところが、そこで初めてゾンビ化が観測されたのだよ。それは、♾️傭兵団の連中の間で瞬く間に広がった。プレーヤーは感染しないとは言え、逃げることも叶わずにゾンビ化したNPCの中に放り込まれていたのだ、流石に精神的にまずい、となってね、今は、別々に隔離されている」
「これで、シークレットクエスト完了と安堵したのだが、まあ、結局は失敗だったのだ」
はあ、とため息をついてパンセは続けた。
「奴らを捉えたところで、ウィルス感染は収束しなかったのだよ。それどころか、更にゾンビ化などと変異してしまった。これまでのウィルス感染者は、少なくとも見た目では区別がつかなかったものが、ゾンビ化によって、万人の目に触れることになってしまった。
これでは、水面下で密かに対処することが不可能だ」
それならもう、イベントにしてしまおう、となった訳だよ、とパンセは苦く笑った。
「つまり、このイベントは、我々がクエストを失敗したせいで起きているのだ」
砂漠嵐のイベント前後に密かにばら撒かれたコンピューターウィルスの解析は、セイを中心とした運営が取り組んでいたはずだった。
更に、EEC16内でも検証クランと言う、物事を突き詰めて考える人間の集団にも協力を仰いでいたらしい。
扇動者と目されるエイメ・サイアとその協力者たちが作った♾️傭兵団を追い詰めた所までは、うまく行っていたが、途中で予期せぬウィルスの変異?ゾンビ化が起きてしまい、手に負えなくなった、と。
パンセの話をまとめるとこう言う事だろうか。
運営の関与を濁しつつ、そう言ったクレハに、検証クランの長は、胸を掴んで項垂れた。「容赦がないね、その通りだよ」
「ネームド殿もそちらのメイド嬢も、洗脳ウィルスに感染したが回復した、と。ふむ。それは、それは」
パンセはこめかみをぐりぐりと揉みながら、考え込んだ。ゾンビの首筋にあるミミズ腫れの様な症状が、アンたちも噛まれた部位に出たとの情報に
「これは、面白い情報だ。ふむ、ちょっと噛まれたと言う傷口を見せてもらっても?」
そう言うと、パンセはアンの左足に手を伸ばし、そのまま、蹴られた。
驚いた表情のエルフ女性に『自由だな、おい』と、思わず遠い目になる。
ぬっとパンセの目の前に、バトラーの剥き出しの右腕が突き出された。
「私のでよろしければ、どうぞ」
にこやかな笑顔の中で目の奥が、冷ややかに怒気を湛えていた。
そんな事にはまるでお構いなしに、嬉々としてバトラーの右腕を、触り、匂いを嗅ぎ、舐めようとして、流石に腕を払われたパンセだったが、「では」とアンに向き直ったところで、強制的に、家から追い出された。
クレハの自宅は、実は、星王宮並にセキュリティが高く設定されている。主人であるクレハに危害を与える危険性のあるものは、強制的に排出されるのだ。
屋内に入るには登録が必要だし、敷地内に立ち入るにも、登録者の同伴が必要だ。
たとえ、パンセがこの座標をセーブしていたとしても、ここに直接ログインすることは出来ない。ここの一つ前のセーブポイントに彼は次に現れるはずだ。これまでで、例外は、ロロルのみ。
パンセとは、フレンド登録もしておらず、お互い連絡する手段は無い。次に会うのはいつになるのやら。
だが、色々、有用な情報を得る事は出来た。
しかし、そんなに切羽詰まっているなら、アンとバトラーを回復させた実績を持つクレハに何か相談があっても良いのでは無いだろうか。
「そこんとこ、どうなの、アレク?」
パンセとの話し合いが唐突に終了し、アンとバトラーは各々の仕事と後片付けに散った。
子猫を膝に乗せて撫でながら、クレハはぼんやりと考えをまとめる。
「エープリールフールイベントである程度、目処がついた、と思っていたんですよ。扇動者と主だった連中の同定にも成功していましたし、ウィルスの正体もある程度把握できたので、後は時間の問題、だったはずなんです」
ゴロゴロと喉を鳴らしながら、猫は答えた。
「ところがですね、捕まえた♾️傭兵団の連中が、なぜか余裕でして。これは大きな後ろ盾があるんじゃないかと、背景を当たっているうちに、そいつらがゾンビ化しまして。そうすると、今度は慌てだしたのです。
こんなはずじゃ無かった、って」
「え?それって、ゾンビ化はエイメ・サイアたちの仕業じゃ無かったの?」
「それがわからないから、イベントになったんですよ」
エイメ・サイアは、”あの方”と呼ぶ本当の救世主の影だ。
本当の救世主を名乗る人物の、本来の目的を知らされず、いいように使われていた可能性もある。
その辺を含め、今、色々と探っているらしい。
「私も何かした方が良い?」
穏やかなEEC16生活のために、クレハも行動を起こすべきなのだろうか。
変異してしまったウィルスに、クレハの運命の赤い糸が対抗出来るのか?
少なくともかつてのウィルスは除去できたのだ。今のゾンビ化ウィルスに効果があるのかどうか、試すぐらいはしても良いだろう。
問題は、ゾンビ化したNPCに接触する方法だ。
エディアカラン国の隔離された村に行く方法など、クレハは持っていなかった。
「いやぁ、クレハ様は、大人しくしてもらっていた方が、良いような気がするのは、何故でしょうねぇ」
アレクは前足で顔を撫でて言った。
失礼な、とは思ったものの、確かにセト・アニマル神絡みでやらかしてはいるので、大人しくして、と頼まれれば、それもそうか、と納得するしかないクレハだった。
けれど、もう関わることはないだろう、と思っていた人物は、思いがけない方法で連絡をとってきた。
パンセと会った翌日、クレハに、ル・ルー経由でリ・リーから連絡が入る。
「黄サーバーの検証クランのパンセって人が、バロネスを探してるって、掲示板で大騒ぎしてるんですけど、大丈夫ですか?」




