65 情報提供者
「ゾンビ化対策も旅人たちに任されたのですね」
自分の考えに沈んでいたクレハに静かにアンが問う。
「私たちでは、ゾンビ化してしまうから」
クレハは頷いた。
「この世界はもう、旅人なしでは成り立たない世界になってしまったのでしょうか?」
その声に滲む悔しさにクレハは、はっとして顔を上げた。
「ですが、ご主人様、私とバトラーさんなら、何か出来る事があるのではないでしょうか」
覚悟を決めたようなアンの表情。
「私とバトラーさんなら、ゾンビ化する事は無い、のではありませんか?」
「どうしてそう思うの?アンちゃん」
「はっきりとは覚えておりません。ですが、ご主人様とおそらくロロル、さんが、私とバトラーさんを目覚めさせて下さった、そう、朧げに記憶しております。そして、私たちが意識を失った原因と今回のゾンビ化が、無関係ではないのだろうとは、ご主人の様子を見ていれば、わかります」
アンが蟻地獄に噛まれて昏睡したのは、強力な洗脳に逆らったため、とオトヒメから説明を受けている。それを解いたのが、シャーマンのロロル、と気付いているなら、洗脳=呪いと彼女が考えてもおかしくはない。
真実は、ゲームプログラムとしてのキャラクターの改変を齎すコンピューターウイルスのハッキングを拒否して、自身を完全にシャットダウンした、だ。記憶がある事自体が驚きで、流石は、自律思考型NPCとでも言うのだろうか?外部記憶回路があるとしか思えない。
毒と同じように、呪いにも耐性がある。つまり、同じ呪いにはかかりにくい。
ならば、アンが自分はゾンビ化しない可能性がある、と考える理由はわかる。そして、アンは、クレハの為なら、再度、呪われる事を躊躇わない。クレハをサポートする役目が、アンとバトラーの存在意義だから、だ。
アンは、クレハが、このゾンビ化に対し、思い入れがある事を感じ取っている。だからこその、申し出だ。
だが、クレハがゾンビ化にいきなり興味を抱いたのは、ゾンビにあったミミズ腫れがアンたちにもあったからで、自分の辛かった思い出を、イベントに転用された、と言う、単純な嫌がらせに対する憤りからだ。
それが、嫌がらせではなく、本当に運営が困って打つ手無しからの起死回生策ならば、頑張ってね、と見守るのにやぶさかでは無い。
それに、いざとなれば、クレハには、解決方法がある。
クレハは右手の中指を見た。
黄金の指輪に赤いケルト調鎖模様が刻まれている。
呪いの指輪アンドヴァラナウトと赤い運命の糸。
呪いならこの指輪と糸で、絡め取り、引き剥がす事が出来る。
身近な誰かがゾンビ化しても、クレハなら、対応可能だ。
だが、それは、今回のイベント対策とはなり得ない。
クレハの方法では、一人一人に対処せねばならず、時間がかかりすぎる。
今現在、ゾンビ化した人間が何人いるのか、正確なところはわからないが、一つの村が全滅したとしても、百人以上はいるだろう。それを全員クレハが対応する?
無理。
「ただいま戻りました」
バトラーが情報収集から帰宅した。が、何故か、目隠しをして縛られたエルフ女性を一人連れている。
「誰?」
「やあやあ、吾輩だよ、ユニーク殿」
「は?」
クレハを示すその特殊な呼称は、エイプリールフールイベントで、この藍サーバーを訪れた黄サーバーの検証クランの長、パンセしかいない。
と、言うことは、バトラーが連れてきたこのエルフ女性が、パンセのこのサーバーでのアバターなのか?
「バトラーさん?」
思わず、クレハはバトラーをさん付けで呼んでしまった。「何故、彼?彼女?がここにいるのかな?(しかも拘束されて)」
それに対して、バトラーは頭を下げた。
「申し訳ございません。ですが、この方が、一番状況に詳しく、しかも、客観的な評価をされると思われました。危険性を鑑み、拘束することを条件に同行していただいています」
「そうそう、吾輩は役に立つよ、ユニーク殿」
「自分で言う?」
エルフ女性アバターのパンセは、クレハに寄せたアバターだったが、クレハより、大人でグラマーに作られている。
「なんかちょっと腹立たしい」
ボソリとクレハは呟いて、それでも、パンセの話を聞くことにした。
ゾンビ化したNPCの数は、各サーバーでそれぞれ異なり、ここ藍サーバーが一番少ない、と言う。
それでも1000人単位でゾンビ化しており、彼らは、ゾンビ化現象の起こった最初の村に集められている。
ゾンビ化は老若男女を問わず、また、種族を選ばなかった。感染経路はゾンビに噛まれる、引っかかれるなどしての傷口からの感染で、発症までわずか数分、と言うものもあれば、数日掛かる場合もあった。NPCでは発症率100%と言う脅威的な伝染力で、行き着く先は、皆同じ。自我の無い、攻撃本能だけで動く人形。人形と呼ばれるのは、その行動が無秩序なものではなく、何らかの目的が感じられるからだが、その目的や操り手の特定には至っていない。
解除法へのアプローチは、操り手を突き止めて根本を断ちに行くグループと、実際にゾンビ化したNPCの治療を試みるグループの二つに主に分かれている。
「だが、どちらも、手詰まりなのだよ」
そう、パンセはため息をついた。
「吾輩のクランで検証した所、あれはこの世界の物ではないね。現実世界からの侵略、と言うのが一番適切な表現だ。それ故、解決が我々旅人に委ねられているのだろう」
「私達が出来る事は、無い、と?」
「うむうむ。むしろ、ユニーク殿は関わらない方が良い。ここだけの話、この”現実世界からの侵略”は、今に始まったものではない。去年の砂塵嵐のイベントの時から、既に、その兆候はあったのだ」
「去年?」
「ああ、こちらでは三年前になるのかな?時間の流れが違うと言うのは、話を混乱させるものであるな」
一人で納得して、パンセは頷く。
この人は、前に会った時にもそうだったが、こちらが話を理解しているかどうかをまるっと無視する傾向にある。配信開始から2年、EEC16では8年近く経っている為、最初の頃より、現実の単語がこの世界にも溢れてきており、ゲームとかイベントとかNPCとか言う言葉が、何を指すのか、現地人にも理解されてきた。けれど、前回のエイプリールフールイベントで、サーバーが幾つもあって、と普通に話すのには、正直困った。この世界と似た世界が幾つもある、と言うのは理解の外にあると思っていたからだ。
けれど、ゲートで繋がった現実世界を受け入れたエターナル・エデンの人々をクレハは侮っていた。
彼らには、多重世界という世界観があり、今は不在のこの世界の創造主”名も無き神様”は、重なり合う数多の世界のどこかにいる、それらの世界は、今いるこの世界ととてもよく似ていて、名も無き神様は、重なった世界を通して、今もこの世界を見守っている、と言う思想だ。
この思想があるから、アンたちエターナル・エデンの住人は、エープリールフールイベントの時に、別サーバーから飛ばされてきたと言う旅人を、無理なく受け入れたのだった。
閑話休題。
さて、NPCのゾンビ化は、現実世界からの侵略。
そう言い切るパンセの言葉に、クレハは自分の予想が当たっていた、と知る。アンとバトラーを襲った洗脳のコンピューターウィルス。それが、まだ、解決していなかった。
「やっぱり、あのミミズ腫れ…。でも、洗脳が進むとゾンビに?」
しっかり洗脳されていた元冒険者ギルド長のロットや、♾️傭兵団のNPCの団員達は、ゾンビ化してはいなかった。それを知っているからこそ、同じ様なミミズ腫れがあっても、クレハは、洗脳ウィルスとゾンビ化を結びつけるのに二の足を踏んでいたのだ。
突然、パン!とパンセが両手を叩いた。
「何と、流石はユニーク殿。既に正体をご存知か?」
考え込む中で、ふと溢れた独り言を聞かれたクレハは、慌てて誤魔化そうとして、見事に失敗した。
「え⁉︎正体?何の事ですか?私はエイメ・サイアの蟻地獄の事しか知りません」




