63 神下ろしの鈴
とりあえず、セト神から下賜されたパピルス(神の力の片鱗)を有効利用し、知人たちとこの世界の住人の一部の安全にほんの少し貢献した、と、一先ず、肩の力を抜いたクレハは、今、自宅の蔵を漁っていた。
先日のエイプリールフールイベントで、不審な旅人から避難する為に、暫く籠っていた時に、ちゃんと中身の確認をしていない事に、今更ながら、気が付いたのだ。
元々、自分が蒐集した物、と設定されているが、実際、クレハが集めた物ではない。
これまでのEECシリーズで、入手可能なアイテムの数々が放り込まれているらしいが、それすら、確かめてはいなかった。
ひょっとして、すごいお宝があるかも、など、少し、ほんの少しだけ、期待して、クレハは、蔵の整理を始めた。
気がつくと、既に日は暮れ、そして、お約束の通り、全く片付けは進んでいなかった。それどころか、一応は棚に並べられていた品々が、床に散乱している始末。
あまりの懐かしさに、取り出しては、あの時は〜、などとやっていたのだから、さもありなん、である。
一緒に片付けていたはずのアンは食事の支度をする、と言って母屋に戻り、猫アレクは広がった本の上で眠っていた。
ふと、目の端に小さな金色の鈴が映った。
「あ、これ、アレクに良いかも」
”誰が猫の首に鈴をつけるか”そんな札が付いている。
どのシリーズで配布されたアイテムか定かではないが、アクセサリーとしては、可愛らしかった。
持ち上げると、チリンチリン、と柔らかな鈴の音に、アレクの耳がピクリ、と動いた。
「アレクー、鈴付けてみない?」
「え?嫌ですよ。移動する度に音がするじゃないですか」
「それが目的だからねえ」
チリンチリンチリン、音を楽しみながら、クレハはアレクを抱き上げ、その首に鈴をつけた。
ブルブルと体を振るとそれに合わせて、鈴が軽やかに鳴る。
「にゃあ、取ってくださいよぉ。何か、不穏」
と、その言葉が終わらないうちに、
「何や、えろう懐かしい音やなぁ。思わず、来てもうたわ。って、自分、この間ぶりやなぁ」
「は⁉」「ふみゃぁ!」
その場に、突如として現れたのは、彷徨えるシャーマン、創世神話の名も無き神様の亜神・ロロル、だった。
「何で、って言われてもなあ」
場所を変え、のんびり、縁側で緑茶を飲みながら、”呪い”をこの世界に与えたであろう名も無き神様の眷属、ロロルは、欠伸をした。
「呼ばれたから、来たんやけど」
「「「誰も呼んでません!」」」
奇しくも、クレハとアン、ロロルが来たと知らされて、領地から帰還陣を使って戻って来たバトラーの言葉が、重なった。
「呼んだってぇ。自分、神楽鈴、鳴らしたやろ?それ、1個だけになっとぉけど、本来は神降ろしの鈴やで」
と、大した事の無いように言い、ロロルは、パクリ、とイチゴ大福を齧った。
「うま」
そのセリフに呆然としたのは、クレハだけではない。
「神降ろしの鈴?」
「そや。神具なんやから、当たり前やろ。それは、うちの神さんがまだ、空の上におった時に、人に与えたモンや。そやけど、よう、起こしたなあ。それ、寝汚い奴やから、なかなか、起きひんのに」
チリチリ。
ロロルの悪口に答えるようにアレクの首から外され、布の上に置かれていた鈴が小さく鳴る。
「勝手に鳴ってる」
「ほんまの事やないか。あんまりにも久しぶりやから、つい、来てしもうたやないの」
リリリ。
会話が成り立っている。
呆気にとられるクレハに、緑茶を飲み干したロロルはあっさりと手を振った。
「まあ、珍しいモンも見れたし、ほな、帰るわ」
「いやいやいや。これ、どうするんですか?」
「自分が起こしたんやから、それ、自分のモンや。好きにしたらええ」
「ええーっ。そんなの困ります。神具なんだから、引き取って下さい」
チリチリチリーン。
「ほれ、これもここがええって言うとる」「勝手な事、言わないで下さいって!」
クレハとロロルの間で神楽鈴が行ったり来たりしている。
「大体なぁ、自分、ハイエルフの血ぃ継いどぅんやから、こういうんに好かれるっちゅう自覚無いんかい。何でもかんでも、迂闊に星力を使うなや」
咎められた。
いや、星力を使ったつもりは無かったのだが…。
『ううう、アレクぅ、どうなってるの?』
ロロルが現れてから、置物と化したガイド猫に助けを求めても、返事は無い。ロロルに関する事は、極秘情報に相当するのか、ドワーフ族のお宝・呪いの指輪アンドヴァラナウトの件で会った時も、竜宮でアンたちのウィルスを除去した時も、ガイド猫は役立たずだった。
「神楽鈴っちゅうんは、神さんと繋がる為のモンや。けど、今、この世界に神さんはおらん。そやから、これの役目は無いんも同然や。今日は、ごっつ久しぶりやったから、わしも来たけど、これからは、よっぽどガチャガチャ鳴らさへん限り、来ぃひんから、自分、持っといたらええ。厄除け・邪気払いにはなるやろ。これから、自分の周りも騒がしぃなるかも知れんからな」
最後に不穏な言葉を残すのが、もはや定番とでも言うかのように、そう言うと、クレハの右手を取って、その中指に唇を落とす真似をする。
「うちの神さんとわしらが作った世界で、悪さしようとする奴は許さへん」
クレハの耳にだけ、その言葉を残して、ロロルの姿は縁側から掻き消えた。
「あー、もう、あの人は、全く!アン、塩持ってきなさい」
バトラーが、ぷんぷん、と怒って、まだその辺に隠れているかもしれない、と庭にロロルの姿を求めて、探しに行く。
ロロルの言わんとする事が、具体的に何を指しているのか、クレハにはわからない。けれど、その時になって、慌てないように、心構えするように、との忠告と受け取っておこう。
「これ、どうするの?」
小さな紫のクッションの上にころんと乗せられた金色の鈴。クレハの問いかけに、誰も答えることは出来なかった。アレクは絶対首輪には付けさせない、と走って逃げていった。
ロロルはもう来ない、とは言ったものの、神降ろしの鈴など、怖くて鳴らせない。一難去ってまた一難。
結局、猫の首に鈴は付けられなかった。
鳴らさないように慎重に鈴の中の玉が動かないように、白銀の有翼獅子の鬣を詰め込む。クレハの星霊武具・大袖の補修用に預かっていた物だ。流石に神具にその辺の布は突っ込めない。何より本鈴が拒否して、鈴の切れ目から入れさせてくれなかったのだ。
取り敢えず、無闇矢鱈と、鳴らすわけにはいかないので、と説明して、納得してもらってからの処置となり、その後も鈴が主張するので、簪に加工して常に身につけておけ、と脅迫された。
鈴は、クレハの髪の一部をくるりとお団子にして、そこに収まった。
神楽鈴は思い出す。
自分がまだ3段15個の鈴の一つであった頃を。
名も無き神さまは、自分たちを愛してくれた。大切に慈しんでくれた。
そして、困っている人間を助ける役目を与えて、地上に降ろした。
神楽鈴には、名も無き神さまの力をほんの少し、引き出す事が出来た。それは神降ろしの力と呼ばれ、地上の人間たちは、涙して喜んだ。
名も無き神さまがこの地を去っても、神楽鈴の力は失われなかった。
それは、名も無き神さまの、この星に暮らす生命への愛情故。
だが、愚かな人間は、不安になった。
名も無き神さまがいなくなったのなら、神楽鈴の力もいつかは失われてしまうのでは無いだろうか?と。
神楽鈴を巡って争いが起こった。
結果、鈴はバラバラにされ、各地の権力者の元に散らばった。
一つになった鈴では、神さまの力は引き出せない。
蛇の亜神は嘘つきだ。
だけど、新しく鈴のご主人になった女の人は、鈴が鳴らないようにする変わり者だった。
このご主人様は、変なものばかり身につけている。
呪いの指輪だったり、歪な鱗だったり、変な匂いの袋だったり。
だから、鈴もここにいて良いのだ、と思うことにした。
この変わり者のご主人様なら、ひょっとして鈴の願いを叶えてくれるかもしれない。
その為なら、鈴はちょっぴり手助けしてあげてようかな、と思う。




