62 真夏の夜の夢、裏事情
黄サバの検証クラン代表者パンセの予言通り、翌日以降に、EEC16を訪れる旅人に、変化が見られた。
これまでの様に、全てがピカピカな初期装備を身につけているが、妙に場慣れした新人旅人達。彼らはサクサクと魔物を狩っては、効率よくアイテムや武具を手に入れ、情報収集も滑らかに、各種ギルドでクエストを受注して、目的地を目指した。
勿論、全員が全員、そんな訳ではない。今日が初ログインで右往左往する旅人たちにも、エターナル・エデンの人々はもう慣れたもので、希望のギルドに連れて行ったり、これからの冒険に役立つアイテムを勧めたり、と、色々と世話をやいている。
そして、同じく運営の協力NPC、すなわち、クレハは、少し先で円陣を組んで座り込んでいるNPCの若者達の様子をじっと観察しながら、声をかけるかどうか悩んでいた。
基本、クレハは積極的に他人に接触することはしない。
ところが、円陣を組む彼らは、無視してはいけない感がひしひしとする。
その源はクレハの右手の中指に嵌るドワーフのお宝アンドヴァラナウト 、更に言うなら、その中央に組み込まれた深紅の運命の糸だ。
『うーん、これは、彼らの中に、アンちゃん達と同じく、コンピューターウイルスに感染している人がいる?』
道の真ん中で円陣を組んでしゃがみ込み、タバコを吸い、通行の邪魔になっている若者達は、少年と呼んで良さそうな年頃だ。
都会に憧れて田舎から出てきたが、定職にも就けず、途方に暮れている、そんな感じか?
とりあえずは、冒険者ギルドに登録すれば、日銭は稼げるのだが、その場合の仕事は、街の清掃や他のギルドからの日雇いの下働きなど、恐らく、彼らの望んでいた仕事とは、全く異なるだろう。
それでも、旅人がこの世界に現れる前なら、彼らも、そうやって地道に自分の将来を作り上げていった筈だ。だが、突然現れ、世界中を巡り、魔物を狩り、派手に活躍する彼ら旅人は、エターナル・エデンの若者たちに、地道な努力を無駄なもの、と過小評価させてしまっていた。
自分たちと同年齢の旅人が出来るなら、自分にも出来る、筈だ。
羨望と嫉妬、驕り、劣等感。
そんな肥大した自尊心で、魔物に相対し、怪我を負った者の数は、数えきれない。
これは、ギルド所属の傭兵や冒険者にも当て嵌まり、競争心を煽られて、無謀な依頼に手をだす輩が、ゲート解放後、後をたたない。
「なあ、行こうぜ。どうせなら、一か八か賭けてみようぜ」
そう、リーダー格の少年が言って立ち上がると、タバコをポイと、足元に捨てた。行き場のないやり切れなさを押し付けるように、吸い殻をぐりぐりと何度も踏み躙る。他の子供達もノロノロと立ち上がり、動き出した。
そうして、彼らは門に向かって歩き出す。
「アンちゃん、バトラー。あの子達、多分、洗脳されてる」
その後ろ姿を見送って、クレハは二人に助けを求めた。
アンとバトラーは、昏睡状態となった理由を、強力な洗脳に逆らったため、とオトヒメから説明されている。
コンピューターウィルスの感染によるゲームプログラムとしてのキャラクターの改変、とは、説明出来ないからだ。
自分たちに起きたことと同じ事が、子供達にも起こっている可能性がある、と聞かされ、二人の表情が強張った。
「彼らは何処に向かうのでしょうか?」
「♾️傭兵団の本拠地が、まだ多島海のあの島だとしても、流石に、あんな子供達をあそこには連れて行かないでしょう?大陸のどこかに、支部みたいなのがあるのかも」
クレハの護衛をアンに任せて、バトラーは気配を消すと、少年たちの後を追った。その背にくれぐれも無理はしないように念を押す。
無造作に投げ捨てられたタバコの吸い殻を回収して、クレハは『この世界にもタバコってあったんだ。マナーの悪さまで一緒にしなくても良いのに』と溜息をついた。不安な表情そのままに、早々に用事を済ませ、クレハは自宅に帰ることにする。
少年たちのことは、運営に知らせておくべきだろう。
ガイド猫アレク経由で、ヴァルゴの街での出来事を伝えると、折り返し連絡が入った。
「ウィルスを撒き散らしている♾️傭兵団とか言う連中の拠点は把握済みだ。こっちはタイミングを見ている所だから、余計な事はするなよ」
セイのメッセージに、腹がたつ。
「エイプリールフールイベント・真夏の夜の夢、の時に、全社総出で、EEC16にログインして、世界中の疑わしい場所を捜索したんですよ」
アレクがフォローする。
「あのイベントでは、旅人がシャッフルされたでしょう?だから、見ず知らずの旅人が何人いても、不審がられずに、あちこちに行けたんです。土地勘なくても違和感はないですし」
なんと、イベント”真夏の夜の夢”は、EEC16のユーザー向けイベントを隠れ蓑にした、運営のメンテナンスだったらしい。
そう言えば、前にセイに、次のイベントを楽しみにしておけ、と言われたのを思い出す。
「次のイベント、ってこの事だったんだ」
確かに、混沌の力の制御・鎮圧の力をセト神から割譲されたパピルスを調べて、セイはそう言った。
転移ゲートの出口を操作し、混沌を齎し、それに乗じて、世界の乱れを正す。
「これで、もう、ウィルス汚染は心配ない?」
「鋭意努力中です。
でも、クレハさまは、今みたいに怪しい奴を見つけたら、教えて欲しいです。僕たちが見落としていたり、新しく感染したりすることもありますからね。一つ見つけたら、百は覚悟しておけ、って言いますから」
それは黒いGの事では、と内心で突っ込みながら、でも、知らない内に感染が広がっているのは、怖い、と思う。
クレハは旅人と同じように外の世界からログインしてくるため、ログイン時にウィルスチェックが必ず入る。けれど、どうやってか、エイメ・サイアはそれを掻い潜って、この世界にウィルスを持ち込んだ。それが、エイメ・サイアその人なのか、彼が信奉する”お方”なのかはわからないが、アンやバトラーと違い、抵抗力の弱い普通のAI搭載型NPCでは、噛まれた自覚もなく、感染させられているのだろう。
いつの間にか、戻ってきていたバトラーから、少年たちが南のエディアカラン国行きの馬車に乗ったことが報告された。
エディアカラン国は海に面し、竜宮や多島海の数多の島々と交易の盛んな国だ。実際、クレハもあの国の港から、バトラーを探しに船出していた。
豆粒隊(魔滅部隊)の移動先もエディアカラン国だった。そして、♾️傭兵団に加わった元ヴァルゴ国冒険者ギルド長ロットの代わりに赴任した新しい冒険者ギルド長は、エディアカラン国の元冒険者ギルド副ギルド長だ。
コンピューターウィルスに関する人物・事件がエディアカラン国に集約している?
クレハの気のせいだろうか?
それとも、これも、何かの伏線?
何となく、落ち着かない気持ちを抱えながら、クレハのEEC16生活は、表面上は穏やかに過ぎていった。
今年のゴールデンウィークイベントはエイプリールフールにイベントを開催した事もあってか、割と地味な仕様、となった。とは言え、第二回天下一大武闘大会の開催であり、初回の賑わいを受けて、武闘大会の参加者数は激増し、生産職の出店数も増えた為、規模は拡大している。
今回は、クレハも銀杏商会として、小さなブースを開いた。売り子を雇ったので、商会代表としてのバトラーも影の経営者のクレハも顔を出さずに済ませている。
セトからもらったパピルスの小花を他のドライフラワーと共に詰めて、匂い袋とサシェを作った。小花一つが持つ、”混沌の力の制御・鎮圧の力”は微々たるものだが、こっそり”運命の赤い糸”で五芒星と九字切り、魔除けの印を他の刺繍柄に紛れて刺してある。
NPCのコンピューターウイルス感染予防のアイテムだ。外部からの意図しない魔力干渉に対し、抵抗性を高めるのを期待している。魔物よけのお守り、として販売し、可愛い、とそれなりに好評だった。
売りに出す前に試作品をアンやバトラーは勿論、ル・ルーやオトヒメ、イバラやトーリン王、アマツマラとその工房の職人たちなど、クレハの交友関係者には配ってある。おかげで、セト神から下賜された神の力の片鱗は全て、綺麗さっぱり、クレハの手元からは無くなった。肩の荷を下ろした気分になっていると、ル・ルーに、「どこがちょっとしたお守りよ」と呆れられた。さすがは、エンチャンター、中身はバレバレだったようだ。
購入した旅人の一人が、どうやら、パンセの新しいアカウントだった事を、後日、紅葉は、本人から知らされ、驚く事になる。銀杏商会のブースで、どうしても無視したくないアイテムがあったので購入した、と言う。検証狂とは厄介な人種である。
武闘会の方は、前回を上回る大層な盛り上がりを見せ、個人優勝は旅人、団体部門の優勝はNPCのクラン、と言う結果となった。今回も、優勝の副賞は、天空島への招待だ。
職人たちの出店ブースも大成功を収め、商人ギルドは、暫くの間、新作の登録やパテントの売却などでてんやわんやだった。
武闘会とマーケットを巡ったクレハは、今年のGWイベントを満喫したのだった。




