60 謎の旅人
「あ、あのっ、道端で、こんな、困りますっ」
慌てて腕を引くクレハと、パンセを引き剥がすバトラーに、間に割り込むアン。
何事かと野次馬が集まり、周囲にざわめきが広がる。
「あー、なんか、こんなシーン覚えあるなあ」
「そうね、転移ゲートが開いて間もない頃も、バロネスは旅人に絡まれていたわね」
「リコさん、バーンさん、見てないで、助けて下さい」
商人ギルドの建物から出てきた二人組は、既視感に額を抑えた。
「えーっと、パンセ、さん、だったかしら?トラブルは起こさないようにって言いましたよね」
商人ギルド長のリコが、腰に手を当てて見下ろし、傭兵ギルド長のバーンがもう探し人は見つかったみてぇだな、と肩をすくめた。
「探し人?」
「そう、この旅人はね、銀杏商会を訪ねて来たのよ」
商人ギルドの応接室。時々、商用でお邪魔するその場所に、今、クレハたちはいる。
銀杏商会。
それは、クレハが現実世界からレシピを持ち込み、アンとともに開発した料理やお菓子、着物や小物のデザインなどを、販売する為に立ち上げた商会だ。
銀狐族のバトラーとアン(杏)を組み合わせて、クレハが名付けた。のんびり引きこもり生活に憧れるクレハが目立たない様に、商会の代表はバトラーになっている。
バトラーがギルド間協定で冒険者ギルドの代理ギルド長に任ぜられた根拠の一つでもある。
収支や取引内容の詳細は、二人に任せているので、クレハはアイデアを出すだけで銀杏商会の事業にはほとんど携わっていない。
「それなら、バトラーが」
と言いかけた所へ「いやあ、確かにネームド殿にも興味は尽きないが、今、吾輩が注目しているのはユニークである貴女なのだ」と割り込まれた。
ニコニコと人好きのする垂れ目の黒髪に白髪まじりの50代程の只人族イケおじメイクであるパンセは、一度、根の国でレイスに取り込まれ、アカウント消失した黄サーバーの炎と風の二属性魔法が使える高ランクの魔術師で、新しいアカウントで再びEEC16世界に戻ってきた。
一度失ったキャラを再構築可能か、を自らで検証し、見事、成し遂げた検証にかける狂人的な熱意は、人畜無害な見た目と反して、ギャップが激しく、周囲からはドン引かれていた。
その検証意欲にスイッチが入っていた。
テーブルを挟んで向かい合っていた筈が、いつの間にかクレハの隣に陣取って、手を取らんばかりに身を乗り出している。
辛うじて、接触を防いでいるのは、クレハの左肩に装備した大袖の結界のおかげだ。
正体不明の高ランク旅人が、徘徊するヴァルゴの街に出向くに当たって、アンとバトラーは、反対しない代わりに、完全武装を要求した。
先程は、敵意も無かったことから、不意を突かれて、手を取られてしまったが、心構えが出来ていれば、結界発動は
一瞬だ。
「ネームド?」
傭兵ギルド長のバーンが目を眇める。
尊敬するバトラーをそう呼ぶ旅人がいることを彼は知っている。そして、そう言う連中は、バトラーを仲間にしたがるか、倒したがるか、大体がそのどちらかだった。
「ユニーク?」
一方、そう呟いたのはアンで、冷ややかな殺気を醸し出しているのはバトラー。その言葉に侮蔑を感じ、自分たちの主人であるクレハがそう呼ばれた事に対しての反応だ。
「そう、あなた達は、我々、EEC16ユーザー、いわゆる、旅人、の間で、以前から、有名なNPCなのだよ」
「このEEC16には、ネームドNPCと呼ばれる特殊能力を有するNPCが何人かいるのだ。その内の一人が、そこの銀狐族のバトラー殿だ。彼とフレンドになれば、戦闘職の能力が爆上がりする。けれど、好感度を得るのが、非常に困難なキャラなのだ」
「そのバトラー殿が、どう言った訳か、この藍サーバーでは、一NPCの執事をしている。他のサーバーでは、王国騎士だったり、傭兵ギルド長だったり、引退した冒険者を装った暗殺者だったり、と様々なのだがね。
執事?人違いだろう?誰もが最初はそう思った。しかも、エンカウント率が極めて低いから、確かめようも無い。どこか、田舎に引き篭もって、本当に時々、主人のお供でしか現れないらしい、と言うのだ。更に、その主人といる時は完璧執事で存在感を消している。例え、すれ違っても、あのネームドNPCバトラーと多くの旅人は気が付かない」
「それが、だ。砂塵嵐イベントの後に行方不明になった、と言う噂が一時期、ネット上で話題になった」
その場の緊張が一瞬、高まる。バトラーやアン、バーンはすぐに取り繕ったが、クレハとリコはそうは行かない。
その二人に目をやって、パンセはニコリ、と笑った。
「どうやら、本当の事らしい」
「それを知って、あんたは何がしたいんだ?」
バーンが牙をギラリと見せて尋ねた。
「別に、何も」
パンセはそんなバーンの脅しを全く気にかけた様子は無い。
「最初に言った様に、吾輩が今、興味があるのは、ユニーク殿だ」
そう言って改めて、パンセはクレハに向き直った。
「貴女は何者かな?ただのNPCでは無い事は、明らかだ。けれど、ネームドNPCと呼ばれる程、我々旅人に有用な存在では無い」
その上から目線の言い方に、室内の殺気が更に高まる。
「吾輩はね、知りたいのだ。貴女は、実に興味深い。銀杏商会のアイテムのアイデアの出所は貴女だろう?それに、貴女の関係者は錚々たるNPCばかりだ。
ネームドNPCのバトラーを執事として使い、西のエクタシアン国のネームドNPCアル・ルシュディーは貴女を親友と言って憚らない。根の国の長イバラや竜宮の主オトヒメとも親交深い。
吾輩としては、北のオルドビス国のトーリン王や、星都の星王とも知己ではないか、と疑っているのだがね」
さあ、どうだ、とパンセは身を乗り出す。
「そんな存在が、ただのNPC、だと?ありえない。そうは思わないかね?」
長々と語られたパンセの独白の間に、クレハは頭を冷やした。
検証クランの拘りを甘く見ることは出来ない。興味を引いたものに対して、何処までも食らいついていく様子は、紅葉がネットで見ている。ならば、口先で誤魔化そうとしたところで、納得するまで解放はされないだろう。
後一日程とは言え、4月1日が終わるまで、この男に纏わり付かれるのは、大量の秘密を抱えるクレハとしては避けたいところである。
「ただのNPC、とは何ですか?
旅人の言葉は、私にはよくわからない単語も多いですが、そのNPCと言う単語はよく聞きます。
あまり良い意味で使われていないと感じています。
確かに、私はバトラーの雇い主で、ル・ルーさまとは、親しくお付き合いさせて頂いています。イバラ様もオトヒメ様とも時々、お会いしてお話しすることもあります。
けれど、それが、”ただのNPC”では無い証明にはならないでしょう。何故なら、人間関係は一方通行では無いのですから。ル・ルーさまも私と同じ様にイバラ様、オトヒメ様とお知り合いですし、何なら、彼女はトーリン王の幼馴染であり、前エクタシアン女王陛下、現エクタシアン国王陛下とは、勿論、よく知った間柄です。更に、蘇った砂漠の神セトさまの神殿復活の立役者です。私より、はるかに”ユニーク”足る資格があるのではありませんか?」
日本語では、”独特な”とか、”変わっている”、”面白い”、と言う使われ方の多い”ユニーク”を本来の英語”unique”の意味:唯一無二、他には全く存在しない、の意味で使ったクレハの切り返しに、パンセはパチクリと目を丸くし、次に破顔した。
「素晴らしい!素晴らしいよ。やはり、貴女はユニークだ。
先程は、このサーバーに偶然ルーレットで当たった、かのような言い方をしたがね、勿論、それは嘘だ。吾輩達の経験と観察眼を持ってすれば、ルーレットの回転数から、何処に止まるかなど、かなりの確率で当てることが出来るのだよ。
ふふふ、そう!吾輩は、計算してこの藍サーバーにルーレットを止めたのだ!その正しさが、今、証明された!」
「吾輩は、この運営が齎した、一日限りのカオスの世界に感謝を捧げよう!」




