58 セイ来訪
セト神殿の周囲には、巡礼者の為のテントが建てられている。テントとは言え、しっかりとした作りで、扉やガラス張りの窓があり、トイレ・シャワー室も完備されている。日干しれんがで作られた中庭のある伝統的なオアシス都市の家屋と比べると、こちらの方が、現実の紅葉の生活に近い。
そんな中でも、ル・ルーの口利きもあり、瀟洒な一棟を借りているクレハは、一仕事終えて、のんびりお茶でも飲もうかとアンに頼んだ所だった。
「何だか、面白いアイテムをゲットしたらしいじゃないか?」
素晴らしい砂漠の景色の中、両腕を胸の前で組んで、偉そうに(まあ、星王なので実際に偉いのだろうが)、セイが、こちらを睨んでいた。
「うわ、最悪」
すみません、すみません、と腕の中でガイド猫アレクが謝っている。
『報告義務があるんですぅ』
異常事態発生時には、ガイドキャラは運営本部に報告義務があり、今回も、クレハが入手したパピルスは、システムに影響を与える可能性を持っている、として報告された。それにしても、来るのが早すぎでは無いだろうか。
「あ?何だって?」「何でもありませーん」
聞こえているのであろうに、わざわざ、聞き返すな、と、こちらも大きなため息をわざとらしく聞かせる。
「あのですね、一々、絡んで来ないといけないようなシナリオを作る方が問題なんじゃ無いんですかね」
「それな。いくら放置しているとは言え、あいつら、好き勝手しすぎだろう。俺様も制御仕切れないぜ」
そう言われれば、自律思考型AI搭載NPCは開発者しか制御出来ないとか何とか、聞いたような気がする。
ならば、今回もセト神の暴走は、運営は無罪で、責任はセイにある。きちんと管理できないものを放置して、トラブルが起きた時だけ、文句を言うのは、間違っている。
「放置するって決めたなら、最後まで放っておいて下さいませ」
「まあ、基本はそうなんだけどな」
と、セイの言葉は切れが悪い。
「今回は、ウィルス感染が絡んでいるから、こっちとしては、余計な仕事は増やされると困る。早々に方をつけなきゃならないんだ」
コンピュータ関連に致命的に弱いクレハでも、ウィルス感染が非常によろしく無い状況なのはわかる。しかも、自律思考型AI搭載NPCを機能停止させる程の強力なウィルスとあっては、その情報が漏れるだけでも、世界に衝撃が走るだろう。
確かに、全世界に開放しているVRMMOの中で、色々なトラブルが生じることはある程度は想定内なのだろう。けれど、この世界の成り立ちを根底から揺るがすような事態は流石に避けたい。
今回の、コンピュータウィルス感染は、バトラーの行方不明事件をきっかけに明らかになったが、調べれば調べる程、エターナル・エデンの世界に密かに浸透していた事が、分かってきたと言う。
「俺様や開発部が、周年記念イベントをそっちのけにして取り組んでいるのもその為だ」
「すみません、運営の内部事情はいらないんで」
じとり、と睨まれても、ゲーム運営上の諸事情は、クレハの契約外だ。
「ウィルス解析するにも、サンプルが足りないんだ。まず、感染者の特定が難しい。ここだけじゃなく、他サーバーでも感染者を探して、何とかそれらを組み合わせて対抗しているが…。獣人の分の試料があれば、と思う」
クレハがシフの金髪で絡み取ったバトラーのミミズ腫れは、その場で処分した記憶がないから、恐らくロロルが持ち去っている。あの呪いの神が、それを何の為に使おうとしているのかは、想像も出来ないが、この世界に災いをもたらすものでは無い、とは思う。
呪いの神とは言うものの、名もなき神様と一緒に、この世界を創造したのは、他ならぬロロル自身、なのだから。
今になって、セイも第三者の存在に思い至ったようだが、どうやら、呪いの神は、この世界に対する影響力が星王より強い様で、流石のセイも、ロロルに関しては後手後手に回っている。
そして、
今回のセト神についてもそうだ。
どうやら、神、と名の付く存在は、自律思考型AI搭載NPCと言うだけでなく、開発者セイの意図から離れて行動しているようだ。ゲームのプログラム制御から外れている存在。そんな有り得ない存在、それこそ、まさに、神、としか言いようが無い。
「俺様の作った世界で、俺様の思うようにならない奴らが、何人もいる。有り得ないと言いたいが、実際に居るんだから、しょうがない。認めるさ。だがな、だからって、良いようにやられっぱなしってのは、性に合わない。俺様の世界を壊そうとする奴等がいる以上、そいつらに対抗するなら、それこそ、神の手だって借りてやるよ」
思うように捗らないウィルス除去作業に、セイの苛立ちがマックスな様だ。
『僕たちも残業続きなんですよぉ』
こっそり、ガイド猫の呟きがクレハの耳に入る。
「はぁ、別に、欲しいなら、さしあげますけど。神様の力の片鱗が宿る花なんて、恐れ多くて私じゃ使えませんし、何に使えるのかもよく分かりませんし」
クレハはセト神から貰ったばかりのパピルスを差し出す。
「別に、寄越せって言ってるんじゃねぇよ。少し、調べさせて欲しいだけだ。役に立たない可能性もあるしな」
「むっかー」
なんたる言い草。そりゃあ、混沌の力を制御・鎮圧する力なんて、抽象的すぎてどんな場面で使うべきなのか想像もつかないけれど、それでも、セト神が、わざわざ、褒美、として与えてくれた力なのだから、ありがたく受け取れ、と、ついさっきまで自分も持て余していたはずなのに、クレハは腹がたった。
セイは断りもなく、ソファーの上に座り込むと、受け取ったパピルスをじっくりと眺めた。
どこからともなく現れたモブメイクのアバター達が、テーブルの上に何かの装置をどかどかと並べ、組み立て行く。
「え、ちょっと、ここで調べるの?」
「時間が勿体無いからな」
「いやいや、あなたどこでも好きな所にいつでも移動できるでしょ」
その時になって、クレハはテント内の異常に気がついた。
着替えを終え、セイにでくわしてからの一連の会話は、普通のエターナル・エデンの住人と旅人の少年の会話では無い。仮に、セイの正体を星王と知っている者達の前やゲームユーザーの前であっても、シナリオとか運営とか、ウィルス感染とか、NGワードのオンパレードで会話をしていた。
ゾッとして周囲を見回すクレハに、セイは口元を歪めて、パチンと指を鳴らした。
「失礼致します」
トレーに乗せたお茶とお菓子のセットを持って、アンが現れる。
「悪いわねぇ、アタシまで着替えさせてもらっちゃって」
と、いつもの服に着替えたル・ルーがそれに続く。
「流石に外を武装せずに歩くには、まだまだ、世界は危険ですもの」
全ての魔力を排除して入る神殿からは、帰る時が最も緊張する、とル・ルーが肩を回した。
バトラーが大量のクッションを抱えて現れ、我が物顔でソファーを占拠するセイに居場所を奪われたクレハ用に、クッションを積み上げ、香炉を焚いて、あっという間にくつろぎの空間を作り出した。
呆然とするクレハを無視して、セイは、パピルスをモブアバターに渡すと、アンの持つトレーの上から、ひょいとお菓子を摘んで、自分の口に放り込んだ。
「俺様を誰だと思ってるんだ」
誰にも知られない様に、何かしらの細工が行われていたらしい。
横からそっと差し出されたお茶は、よく冷えたミントティーで贅沢に氷が入っていた。それを一息に飲み干すと、次に温かいハイビスカスティーが珍しい玻璃のティーポットに入って供された。華やかな赤い色と程よい酸味が、クレハのお気に入りのお茶の一つだ。
「ありがと、アンちゃん」
じろりとセイを見て、やっぱりこいつとは、合わない、と内心で溜息を盛大について、クレハは大量のクッションに埋もれた。
「そいつらは、もう、大丈夫そうだな」
目はパピルスを収めた機械から離さず、アンとバトラーを指し、セイは自分用に淹れさせたコーヒーを優雅に飲む。
「お陰様で」
そう言えば、ちゃんとお礼を言ってなかったっけ?
オトヒメ経由で、無事、記憶も身体的にも問題無い事は伝えたが、面と向かっての感謝は伝えていなかった事に今更気がつく。いくら苦手な相手とは言え、これは、あまりにも失礼だ。
クレハはその場に正座すると深々とセイに頭を下げた。
「その節は大変、お世話になりました。二人とも、この通り、元気になりました。ありがとうございます」
アンとバトラーもそれぞれの立ち位置で頭を下げている。
それを面白そうに見下ろして、セイは口元を緩めた。
「今更だな。まあ、お互い様だ。初動の遅れは否めないが、それでも、被害が拡大する前に気が付くことが出来たのは僥倖だった。後は」
そこまで言いかけた時、装置から解析終了のブザーが鳴った。
モブアバターが差し出す解析結果を読んだセイが、「外れか」と小さく呟いた。
「あー、混沌の力を制御・鎮圧する力、なんて言うから期待したけど、この量じゃちょっとした厄除け効果しかないみたいだ。だが、巻き込まれ体質のあんたには、効果ある、か、も?」
言いながら、いかにも悪いことを思いつきました、とセイの顔がニヤリ、と歪む。
「ふふん、ひょっとして。・・・面白い。おい、次のイベントを楽しみにしておけよ」
そう言い残して、セイは装置をそのままにテントを出ていく。
モブアバターたちスタッフが、装置を回収して続き、「それじゃあ、アタシも」と、ル・ルーも帰って行った。
『何だったんだろうね、あれ。次のイベント、って、ゴールデンウィーク?』
心の中でアレクに話しかけながら、何が起こるのかと、今から心配になったクレハだった。




