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VRMMOで現地の人やってます  作者: ゆうき けい


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52 選択肢

「バトラーとアン、あの二人は”洗脳”に抵抗した。その結果、機能停止した」


AI搭載型NPCは自分で経験値を振り分ける。それは、自分の成長を促す方向に。剣士は剣士らしく、斥候は斥候らしく。

自律思考型も自分で経験値を振り分けるが、その時の基準は、自分と周囲の関係を計算に入れて、だ。

それは、剣士が魔剣師に転職する可能性もある、と言う事だ。


目の前に分かれ道があるとする。

モブNPCは最初に設定された道を進む。例え、その先に魔物が待っていても。

AI搭載型は、魔物を見つけた後、勝てそうな相手なら戦う、負けそうな相手なら逃げる、を選ぶ。

自律思考型は、分かれ道を進む必要性を考える。自分の実力は勿論、同行者の有無、その道を避けた場合のメリット・デメリット、道の先には何があるのか、進む目的。それらを総合的に考えて、どうするのが、一番自分らしいか選択する。


「それだけのキャパシティ、可能性を持たせて、自律思考型AI搭載NPCってのを設計したんだ。あいつらが、どんな環境でどんな行動をとるのか。

それらは、全て、この先の人工知能の開発に関わってくる。

毎日、膨大なデータが集まってくる。その中で、お前につけたこの二人は、特に異常な数値を叩き出していた。

だからこその、機能停止なんだろう。

中途半端な思考回路じゃ、ハッキング、乗っ取られるのがオチだ」

データの集まりでしかないNPCに意思、自我、が生まれた、とか、勘違いはするなよ。そんな大層なものがホイホイ出来る訳ないんだ。


冷え冷えとした声。

それは、NPCを現実の人間のように扱うクレハへの警告のようだ。


「自律思考型AI搭載NPCは一つ一つの行動が、様々な”自分で考える過程”の先にある。結論だけ上書きされたところで、そこに至るまでの過程が無傷なのだから、その結果は、当然、改変される前と同じ。それが洗脳に対する抵抗だ。だが、洗脳が1度ではなく、繰り返されたなら?毒が回るように、じわじわデータが侵食されたなら?思考過程が干渉されれば、最終的には、洗脳は成功してしまう。だから、自ら、シャットダウンした」


ゴクリ、とクレハの喉が鳴った。

「自らシャットダウン?それって自分から望んでこうなったって事?なら、自分の意思で目覚める事も出来る、んだよね」

セイの表情は厳しい。

「外部からの干渉を嫌って、シャットダウンしたんだ。それが取り除かれない限りは、復帰はないだろう。ウィルスを消せば、今以上の”侵食”は起こらず、”洗脳”は解除される。危険がなくなれば、自動再起動もあるだろう。

だが、ウィルスを消すと言っても、それが一番難しい。まず、そいつの正体を知らないと対処方法すら探せないからな。病気を知らないと薬が使えないのと一緒だ。

ウィルスと呼んではいるがその本体はハッキングのプログラムで、データの海の中に紛れてしまって、一見、宿主と、見分けが付かない。下手すると、こいつらの大切な基礎データごと、消してしまう可能性もある。そうなればデータは綺麗さっぱり消え失せて、二度と戻らない」

『消えてなくなる、つまり、死ぬって事?』


「現状のままで、強制再起動は可能だ。その場合、侵食しているウィルスも活動を再開する。洗脳が現在進行形で復活するから、止める手段がなければ、こいつらもあの冒険者ギルド長と同じく、エイメ・サイアって奴の言いなりになるんだろうなあ」

『二人は私の元からいなくなってしまう』


「手っ取り早く、ウィルスを消す一番簡単な方法は、初期化する事だ。全て白紙に戻す。まあ、その後、初期設定を再インストールすれば、あんたをサポートする役割を与えられている事、自分たちの背景や能力については、復活する。ただ、あんたと過ごしたEEC16での暮らしを全て忘れる。この二年間に起こった事、出会った人物・事件、それらはすっぽりと抜け落ちた、まあ、他の連中からしたら、記憶喪失、だな」

『記憶喪失?』


「俺様としては、どれでも良い。自律思考型AIの洗脳後の行動にも興味があるし、ウィルスの除去も新しい技術の開発に繋がる実験として、これまでできなかった挑戦だ。失敗した時のリスクが大きいが、それは、成功させればいいだけだからな。初期化は、まあ、つまらんが、それでも、同じ素体が環境の違いでどう変化するか、興味が無い訳じゃ無い。どうするかは、あんたが決めて良い」

そう言うとセイは、アンとバトラーのMRI検査結果の解析を始めた。

もうすでに、その視界にクレハは入っていない。


フラフラと足元が不確かなクレハを支えたのは、オトヒメだった。

「座りましょう、クレハ」

MRI室の中が見える場所に人をダメにするビーズクッションが現れた。

全身を包み込むフィット感、微かにラベンダーの香りがする。

「オトヒメさま・・・。ありがとう、ございます」

オトヒメは、幼い頃の紅葉を抱きしめた祖母と同じ表情を浮かべて、クレハの頭を撫でた。

「疲れたでしょ、少し、お休みなさいな」


クレハは素直に頷いて、その場でログアウトした。



現実で目を開けても、当然、問題の解決にはならない。

「どうしよう、どうしたら良い。」

相談相手は、いない。

いつもなら、EEC16で困ったら、ネットの掲示板を調べたり、息子の龍樹に相談すれば良かった。

ゲーム内で困った時には、それこそ、アンとバトラーがいた。ル・ルーや商人ギルド長のリコも助けてくれた。

だが、今回だけは、彼らに相談は出来ない。

出来るとすれば、それは、全てを知っているオトヒメと、クレハのサポートキャラ・ガイド猫アレクだけだ。

だが、二人とも、ゲームのキャラで、運営側の存在だ。


「辛」

何故、楽しむためのゲームで、こんな重大な人の一生に関わる判断をしなければならないのだろう。

そう考える頭とは別に、視線は、楽しげにEEC16世界を駆け回る旅人の動画を追いかけている。

この夏休みイベント”Operation Desert Storm”の投稿動画だ。

「そういえば、今回も、知らない内にイベント終わってたなあ」


Operation Desert Storm(砂塵嵐)は、エクタシアンに祀られていた調和の天秤の傾きを正すイベントだった。左の皿の魔力を削り、右の皿の星力を増やす。魔物を狩り、NPCの好感度を稼ぐ。

そこまでは知っていた。

動画でその後の展開を見る。

イベント終了後、旅人のシステム画面に調和の天秤が追加された。

最終的な天秤の傾きは、魔力7、星力3で、やはり、まだ、魔力が勝っていた。好感度を稼ぐ、など、はっきり言って、何をすれば良いのかわからない曖昧なことより、魔物を倒す方が、成果が目に見える。どうしてもそちらに比重がかかるのは仕方が無い。それでもよく持ち直した方だと、そのサイトでは評価していた。

そして、調和の天秤は、星力を魔力と交換可能にするアイテムだった。


EEC16配信二周年記念イベントで、製作解禁となった星霊武具。それに憑依させるための星霊を育てるには星力が必要だ。そして、製作した星霊武具の稼働や強化にも星力は必要となる。

星霊武具が解禁になり半年以上が経ち、それなりに武具の保有者も増えてきた。地上に湧く星力や、NPCの持つ星力を分けてもらうには限界があった。

調和の天秤があれば、狩った魔物の魔石の魔力を星力に変換可能になる。その交換レートは、イベント結果を反映して魔力:星力=7:3。かなり不公平だが、それでも、星力を自らが入手出来る手段が出来たのだ。

今後、更に星霊武具が強化され、保有者も増えるだろう。


「そう言えば、たっちゃんも星霊武具の強化をしたがってたっけ」

息子の龍樹の星霊武具・投げナイフのメフィは、星力を使って、分身を生み出す女王蜂と働き蜂の関係を武器に持ち込んだ星霊武具だ。

『星力が多ければ多いほど、生まれる分身の数を増やせたり、威力を増す事が出来る』

そんな事を楽しそうに話していた。


そうして、魔力が星力に変換され、結果、地上に星力が十分に満たされれば、満を持して、砂漠の神・セト神とその神殿(モデル:ハトシェプスト葬祭殿)が蘇るイベントに繋がる、筈だった。


クレハたちが、立入禁止区域に入って、セト・アニマルとの邂逅を果たし、クレハの星力でセト神が人型を取ることが可能になった。その結果、力を一部取り戻した彼により、藍サーバーの神殿は砂の中から地上に出現し、あやふやなまま、将来のイベントの一部が露になった。

緊急メンテナンス。

旅人の消失。

エターナル・エデンの混乱。

混乱に乗じた不穏分子の活動の活発化。


そして、アンとバトラーが、巻き込まれた。


夏休みイベントは終了した。

けれど、その背後で、エターナル・エデンの世界を揺るがしかねない何か、は、確実に動いている。

旅人であれば、イベント発表に合わせて、行動すればよかった。

けれど、クレハは、エターナル・エデンに住んでいる。


いつの間にか、動画は、GWイベント、天下一大武闘大会と同時開催されていた生産職のマーケットでの賑わいに変わっていた。

そこでは、旅人、NPC拘らず、誰もが買い物を楽しんでいた。たまにトラブルもあり、NPCの衛兵や旅人が仲裁に入り、一緒に屋台飯を食べ、酒を飲み、NPCの子供を旅人が抱き上げ迷子の親を探し、旅人のお店でNPCが今後の取引を持ちかけていた。


ああ、楽しそう。


「行けば良かった」

出店をリコに持ちかけられた時、断らなければ良かった。

今更ながらに、そう思った。


職場と家の往復。子供が大きくなってからは、特に、社会とのつながりは仕事だけだった。

定年退職して、ますます、引きこもりが進んでいる。

それなのに、ゲームの世界でも引きこもろうとしていた。

失敗しても良い。色々な事にチャレンジすれば良い。

そうは思っても、傷つく事は怖かった。

人間関係は面倒くさい。

本当の人間のような反応を示すNPCたち。

現実よりは遥かに穏やかだけれど、優しいだけの世界じゃない。

それでも、あの世界では、クレハは多くのものに守られていた。


アンとバトラーが、クレハを忘れてしまっても、二人はクレハと契約で繋がっている。

また、最初からやり直せば良いのかな?

二度と同じ経験は出来なくても、これから、新しい経験を積み重ねて行けば良いんじゃない?

大丈夫。

多分、大丈夫。


だけど。


でも。



2日後、EEC16にログインしたクレハは、アンとバトラーの初期化をセイに依頼した。

「ふーん」

酷くつまらなそうに、セイは頷いた。

オトヒメは、クレハを優しく抱き寄せて、頭を撫でる。クレハは、初めてその手を、冷たく機械的と感じた。





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