53 解決方法
「一応、もう一回、聞くけど、本当に、初期化・再インストールで良いんだな」
セイの問いかけに、クレハは頷いた。
「あんたの事だから、なんとか元通りにしてくれ、って泣きついてくると思ってた」
「二人が消えてしまうリスクがある、って言われて、それを選択するなんて、私には無理」
「そぉかぁ?ま、俺様の個人的興味から言えば、ウィルス除去をしてみたいけどな。上手く行けば今まで通りなんだ。一か八かでトライしてみても良いんじゃ無いか?」
セイはそう誘惑する。
「それに、あんたがグダグダ悩んでいる間に、ウィルスの可視化に目処がついたんだ。最初から分の悪い賭けじゃないぜ」
モニター画面が切り替わり、アンとバトラーの全身映像が写し出される。
アンは左の脹脛を、バトラーは右手首を起点に、赤黒いミミズ腫れが伸びていた。それは、所々、切断され欠けていたが、確実に心臓に向かっていた。
それが、もぞ、と動いた。
「!?」
「ああやって、個人データを侵食しているんだ」
それは悍ましい光景だった。
アンの白い肌に赤黒いミミズ腫れが、更なる侵食を求めて枝葉を伸ばすように、じわじわと蠢いている。
「宿主がシャットダウンしたせいで、移動に使うエネルギーを奪えずに、この場に留まっているんだ。
こいつらの抵抗の現れだ」
じわり、とクレハの目に涙が浮かんだ。
二人とも、意識が無いのにこんなに頑張ってる。
「ねぇ、これまで、ゲームの中で死んでしまったNPCってどうなってるの?いくつもサーバーあるよね、他のサーバーでも死ぬの?」
「あ?そんな訳あるか。ここのサーバーで死んだからって、別のサーバーでも死ぬわけないだろう。そんなことになったら、モブ人口が激減するわ。まあ、モブについては、ぶっちゃけ、サーバーを移動させて、全然違う場所で名前を変えて再利用してるけどな。流石にネームドでは、そんな事はしてない。で、それがどうした?」
もしここのサーバーからアンとバトラーが消えてしまっても、他のサーバーで二人がちゃんと生きているなら、それなら、二人が、完全に消えてしまう訳ではないなら。今、目の前で、ウィルスの侵食に抗っているこの二人の意思を無視して、初期化してしまうことは許されないのではないだろうか?
「本当にウィルスだけ、除く事は可能なの?」
「お、やる気になったか?」
ガバリ、とセイが体を起こした。
静かに見守っていたオトヒメが、ゆっくりと瞬きをした。
「二人を取り戻したい。私に出来る事はある?」
「あんた、プログラムの知識あんの?しろーとが、下手な口出ししないで、黙ってすっこんでろ。あんたは、ただ、俺様の凄いところを見てればいいんだよ」
グサグサと心に突き刺さるキツイ言葉に、クレハはぎゅっと唇を噛んだ。
「気にしないで、クレハ。王様はツンデレなの」
オトヒメの慰めも何の役にも立たない。過去の様々な黒歴史を思い出して、クレハは落ち込んだ。
ただでさえ、ここ数日、メンタルをやられていて、これはキツイ。
実際、食欲も落ちていた。ゲーム内のクレハの容姿には反映しないが、現実の紅葉は、かなり、消耗していたのだ。
アレクがすりっとその頭をクレハの肩に寄せる。
「アレキュ」
ゴロゴロと喉を鳴らす暖かな小さな体。ぎゅうと抱きしめて、ちょっと嫌がられる感じ。ぷにぷにの肉球。爪を指先で弾いて、まだ切らなくても良いな、と自然に考えた。
綺麗な緑の瞳。艶々の毛並み。
ほーっつと、クレハは深い息を吐いた。
アニマルセラピー。
いつの間にか誘導されていた人をダメにするクッションの上で、クレハは猫を撫で、そのクレハをオトヒメが撫でていた。
「少し落ち着いたなら、二人に会いに行きましょうか?」
オトヒメに促され、クレハは、アンとバトラーが寝かされている部屋に案内された。
そこは、集中治療室と感染制御室を兼ね備えた様な、様々なモニターが並び、感染(この場合はコンピュータウィルス)の制御の為の措置が施されていた。
クレハには意味のわからない、数字やアルファベットが表示されている。モニターのランプが緑なのは、異常は観察されていない、と言う事だと信じる。
「そう言えば、二人がかかったウィルスって、他の人に移ったりしないの?」
現実世界では、接触感染・空気感染など病気の伝播方法にはいくつかあり、それぞれ、対応が異なる。
大丈夫なのかと、オトヒメを見上げれば、彼女はゆったりと笑った。
「そんなに感染力の高いウィルスの侵入を許すほど、セキュリティは甘くないわ。この世界は定期的にアンチウィルスソフトを流しているし、旅人はログインする度に、ウィルスチェックを受けているのよ。
それでも、今回二人は、直接、ウィルスを流し込まれたから、感染したの。それに、エイメ・サイアや彼に味方する旅人は、自分の意思で行動しているし、冒険者ギルド長とか、それに賛同するNPCは、アンチウィルスが作用する前に、洗脳が完了してしまった。一度、行動指針を決定したAI搭載NPCはその指針に沿って行動するから、既に感染者、の括りでは無くなってしまっているみたいね」
結局、ある程度、ハッキングされる事も予想して、むしろ、それを期待してこの世界が作られている、と言う事らしい。
だから、それがたまたま、アンとバトラーと言うクレハの関係者だっただけで、実は、他のサーバーでもネームドNPCの行方不明事件は起こっていて、それぞれで、対応は異なっている。
「王様が、直接、対応しているのは、ここだけよ」
それは喜んで良い事なのだろうか?少し、不安ではあるが、一応、設計者本人が対応してくれているのなら、一番よく分かっているのだろう、と思うことにする。
「オトヒメさま。やっぱり、私に出来る事は何も無いのかな。
アンちゃんにもバトラーにも、とっても良くしてもらっているの。二人が元に戻る為の、何か手伝える事、無いかなあ。勿論、プログラミングの知識なんてかけらも無いし、コンピュータウィルスやアンチウィルスって言われても何それ?状態なんだけどね」
無力感。
今のクレハの気持ちはその一言に尽きる。
「ただ待つだけ、って辛いね」
「そうね、でも、待っていてくれる人がいるのは、戦っている二人には励みになるのではなくて?」
「私が、二人が戻ってくるのを信じてる、って、思ってくれているかな?」
「貴女とあの子たちのこれまでの関係次第ね」
それでは、最初に二人を初期化してくれ、と頼んだクレハは、アンとバトラーの期待を見事に裏切っていた、と言う事だろう。
「貴女が思い直してくれて、わたくしは本当に良かったと思うわ」
「そっか」
どうか、上手くいきますように。
クレハは祈る。
この世界には、星霊がいて、神様がいて、確実に現実より、奇跡が起こりやすい環境にある。
『だって、ゲームだもの』
それなら、どこかにご都合主義の極み、みたいな裏技があるかも知れない。
フフン、フフフン、フン、フン、フフン。
調子っ外れな、鼻歌を歌いながら、クレハには全く意味不明の数字の羅列を弄っているセイ。
タタン、タタン、タッタン。キーボードが軽やかに鳴ると、アンの右下肢に散っていたミミズ腫れの一部が繋がった。
「よし」
セイの目の前のモニター画面の中、一部の数値が赤く反転した。
「それ、何してるの?」
クレハは、今起こった二つの事柄から、一つの可能性を思いつく。
「あん?プログラムってのは、個性があるんだ。俺様はこんな下品なコードは使わない、って奴を見つけて、印をつけてるんだ」
言ってもわかんないだろうけどな、そう、言って、セイは次の作業に移った。
「ねぇ、オトヒメ様、セイ君は、アンちゃんとバトラーのプログラムの中に異物を見つけて、それに印をつけてる、で合ってる?」
オトヒメが頷いた。
「で、印がつくと、アンちゃんたちの体のミミズ腫れが増えるんだけど、これってどう言うことかな?私、プログラム(概念・原因)とキャラクター(現象・結果)って、決まった関係、固定だと思ってた。だけど、ひょっとして、キャラクター(現象・結果)を変えたら、プログラム(概念・原因)も変わるんじゃないかな?」
セイが見つけたアンたちの体に侵入したコンピュータウィルス。彼はそれに印をつけた。印を付けられたプログラムはアンたちの体にミミズ腫れ、として表現されている。
「あれ、魔力だよね」
ウィルスが引き起こしたミミズ腫れは、元々エターナル・エデンには存在しないものだ。星力からなるエターナル・エデン人を侵食する外界の異物。その括りで言えば、ウィルスは紛れもない魔物、だ。
「ひょっとして、上手く引き剥がす事が出来るかも」
クレハは、ちょっとでも可能性があるなら、試してみよう、と思う。
「オトヒメさま、転送陣、貸して下さい。
行き先は、オルドビス国。
「トーリン王に会いに行きます」




