51 竜宮のオトヒメ
「あんたが来ないからって、オトヒメが、あいつらを調べさせないんだ。俺様を何だと思ってる。暇じゃねーんだぞ」
「おほほ」
テーブルの上に梅昆布茶と鰻パイが並んでいる。
なんだろう、この組み合わせ。
クレハは小首を傾げた。
「お待たせして、申し訳ありません」
素直に謝罪し、さて、どうしたものか、と思う。
「貴女もお座りなさいな。今はまだ、準備を整えている所なの。慌てても仕方がないわ」
クレハの為の席を用意させて、オトヒメが招く。
「俺様は、あいつらの状態をまだ見てないんだ。修理計画が立てられないだろ」
セイの手元から、ポロポロと鰻パイが崩れて、テーブルや床に落ちる。「ちっ、食いにくい」
「王に任せていたら、暴走するでしょう。あの二人は、わたくしにとっても加護を与えた大切な存在。無碍に扱われては困ります」
不機嫌そうなセイを丸っと無視するオトヒメに、クレハは、彼女の立ち位置に疑問を感じた。
オトヒメはバトラーやアンと同じく、自律思考型AI搭載NPCと思っていたが、ひょっとして、それだけではないのかもしれない。
部屋の隅で小さくなっているバーンとの対比が、そう示している。
セイは、見かけは生意気な10代の少年だが、この藍サーバーでは星王だ。NPCにとって、星王は、直接目にすることなど、一生に一度も無い程、遠い存在で、それこそ、神様と同等レベルだ。
そんな希少な、天空島が堕ちるほどあり得ない事が、目の前で起こっている。バーンの心境としては、逃げ出したい、が、本音だろう。
一方、オトヒメはごく自然に接している。
まあ、竜宮の主と星王なのだから、元から面識があったと予想はつくのだが、
それにしても・・・。
「ほら、飲んだんなら、さっさと行くぞ」
ぼんやりと二人の様子を眺めていたクレハに、セイが立ち上がって促した。
「え?行くって、どこへ?」「決まってる、あいつらの所だ」
「アンちゃんとバトラー、どこにいるんです?」
「制御室」
「制御室?」
キョトンとするクレハに、今度はオトヒメが微笑んだ。
「いらっしゃい、こっちよ」
慌てて立ち上がるクレハを連れて、三人は、更に竜宮の奥に進む。
バーンはあの場に残された。その方が、幸せだろう。
最奥の扉を開ける。その先は部屋ではなく、海底の更に下に向かって深い海溝が穿たれていた。
真っ暗な深海に向かって、セイは躊躇なく勢いをつけて、飛び込んだ。
流石にクレハは足がすくむ。励ますように、オトヒメがクレハの手をとって、ふわりと足を一歩進めた。重力に引かれて、二人の体はそのままの姿勢でゆっくりと下降していった。
光の届かない深海で、オトヒメその人を中心に、ほのかな光の輪が出来ている。彼女の持つカグツチ、決して消えることのない炎に照らされて、マリンスノーが白くキラキラと降る。
音のない世界を行くこと、体感で5分。遥か下方に灯りが点った。先に飛び込んだセイが底に降り立ったのだろう。神秘的な世界が、科学の力で暴かれていく。強い人工の光に照らされた周囲の壁は、いつの間にか、岩肌から金属に変わっていた。それは、明らかに人工物で、この世界、エターナル・エデンには存在しない筈のものだ。
「ここ・・・」
降り立ったクレハの足の下で、床がカツン、となった。金属だ。
カツンカツン、と前を行くセイの靴音が反響している。
『どう見ても、近代施設。て言うか、近未来だよ』
セイが一つのドアの前で立ち止まる。
指紋と網膜、声帯認証、更に、長々と何かを入力してそのドアは、はじめて開いた。
ドアの向こうは、幾つもの画面が並ぶ、放送局の主調節室のようで、画面には大量の数字が流れていた。
「すごい設備。ここって、本当にEECなの?」
「当然。ここにあるのは、エターナル・エデンのマザーコンピュータだ」
スタスタとモニター画面の前に進んで、何かを確認しながら、セイが答えた。
「ふーん。・・・ん?んん?え?マザーコンピュータ?嘘?え?ええっ!何で?」
「うるせぇなあ」
クレハの大声に顔を歪め、セイは手元のキーボードを叩く。
「いや、私、こんな所にいちゃダメだよね。帰る。帰して」
入ってきたドアの方を振り向こうとしたクレハだったが、隣の部屋に照明が付いて、そこのベッドにアンとバトラーが、倒れた時の姿勢のまま、寝かされているのを見つけてしまった。
「アンちゃん!バトラー!」
二人と隔てる、大きな窓に駆け寄る。
そこには、MRIのような、巨大な筒状の装置が置かれており、今、その中に、アンが飲み込まれようとしていた。
MRI(磁気共鳴画像法)装置は、強力な磁石と電波を利用して体内の断面像を撮影する医療機器だ。放射線被曝がなく、脳、脊髄、関節などの組織を高精細に撮影する事が出来る。
長年、医療従事者として働いてきた紅葉には馴染みの装置だが、それが、ここ、EEC16のゲーム内にあって、己のメイドが検査を受ける、と言う状況に、クレハが追いついていない。
「え?あれMRI?アンちゃん?」
「落ち着いて、クレハ。大丈夫よ、あれは危ないものではないわ」
「オトヒメ様っ⁉︎ちょっ、ちょっと待って。え、オトヒメさま、あれが何だか知ってる、の?」
「勿論よ、だってここは、竜宮ですもの。この海の中で、わたくしが知らな事など、ありはしないわ」
クレハの視線は、オトヒメとセイと周りの画面と隣のMRI室を行ったり来たりする。
「えっと、オトヒメさまは運営の人?それとも、私と同じ、現地人枠採用だったり?」
「ちげえよ。そいつはここのマザーコンピュータの端末みたいなモンだ」
「うっさい!セイくんは、ちょっと黙ってて!どうしてそう次から次へと、余計な情報を私にくれるかな。別に、知らなくて良い事なんだけど」
もう、クレハは泣きたくなった。
自分は、ただ、のんびりと定年退職後の悠々自適ライフをゲームの世界で送りたかった。それだけで良かったのだ。
どう考えても、運営の重要機密事項にどっぷり浸かっているのはおかしい。
「あのなあ、俺様だって、知りたいぜ。どうして、各サーバーに一人ずつ置いた現地人枠の中で、あんただけ、こう次から次と事件に巻き込まれるんだよ」
画面から目を離さず、セイが言う。その責めるような言葉の中には、しかし、確かに面白がっている響きがあった。
「そんなの私が知りたいよ。トラブルが向こうからやってくるんだって」
「そりゃ、人徳だな」
「違うわ!どうせなら、可愛い小動物に好かれたい」
「そうねぇ、クレハには、何かしてあげたい、って思わせるものがあるのよ。逆に王様には、近寄らないでおこう、って、警戒が湧くの」
「カリスマにポイント振ってるからな」「そう言う問題?」
嫌味を言うセイに、クレハが思わず突っ込む。
「それより、見つけたぜ、あいつの機能停止の原因」
信じられない速さで、セイの指がキーボードを叩く。
いくつものモニター画面に様々な角度のアンが映っている。そのうちの一つ。彼女の左のふくらはぎが、ズームアップされる。
「ほらここ、噛まれた後があるだろ?ここから、直接、ぶちこまれたんだ」
くっきりとついた歯型。周囲が紫色に変色している。蟻地獄に噛まれた跡だ。
「ぶち込まれた?何を?」
「ウィルスだ。コンピュータウィルスって言えば、おばさんにもわかるだろ」
「この世界は、仮想空間。全てはデータでプログラムされている。容姿も、性格も、行動も、能力も、全てがデータ、だ。だから、データを弄ってやれば、そいつらは簡単に変わる」
こんな風に。
そう言って、セイは、指をパチンと鳴らした。
深紅の髪に緑眼の20代女性。藍サーバーではない、何処か別のサーバーのアマゾネス様の星王の姿だ。
「・・・やっぱり、全サーバーで星王やってるんだ」
クレハの呟きにニヤリと返して、セイはもう一度、指を鳴らすと、このサーバーでの星王の姿に戻した。
「これと同じような事を、今回、仕掛けられた。あんたに難しいこと言ってもわからないだろうけど、モブとは違って、AI搭載型のプログラムには遊び、と言うか、プログラムを割と緩めに組んでいるんだ。経験によって、成長する幅を持たせる為に」
ゲームでも経験値を能力値に割り振って、好みのキャラを育てるだろう?とセイは言う。
確かに、同じ主人公でも重戦士にするか、斥候にするかで、能力値の配分は変わる。
AI搭載型NPCは、周囲とのやり取りで、その経験値を自動で振り分け成長する。
「基本は初期設定を発展させる方向に行くが、設定が緩い分、周りの環境に影響を受けやすい。今回、ヴァルゴの冒険者ギルド長が、へんな組織にハマったのはそのせいだろうな。簡単に言うと、”洗脳”だ。ただのNPCは、バグる。基本行動との乖離を受け入れられないからだ。だが、成長の余地のあるAI搭載型は洗脳される。
で、自律思考型AIは、と言うと」
そこで、セイは一度言葉を切った。
MRI室では、アンに変わって、今はバトラーが検査中だ。
「少なくとも、あの二人は”洗脳”に抵抗した。その結果、機能停止した」




