48 影の救世主
エイメ・サイアと名乗った男は、頭上に赤い炎を持つプレーヤーだった。
「我が♾️傭兵団は、NPCとプレーヤーの協調を尊ぶ傭兵団でね。これまでのような、搾取されるだけのNPCの傭兵を作らないために行動している。それは、プレーヤーに対しても同じ。我々プレーヤーは、この世界で死なない体を持つゆえに、危険な仕事を請け負わされてきた。我々とて、傷を負えば、痛みを感じるし、仮とは言え、死は恐ろしい。その事実をNPCに理解してもらうための活動をしているのだ」
声高々と演説しながら、崖を降りてくるその男は、只人族の30代半ばの男性。金髪碧眼、中肉中背、整った容姿ではあるが、集団の中で人目を引く程の魅力は感じられなかった。キャラクリで典型的な美男子を作ろうとして、色々頑張ってはみたものの、最終的にどうしたら良いかわからなくなってしまった、そんな印象だ。
エイメの演説に合わせるかのように、崖の上や洞窟、周囲の林の影から、わらわらと人が現れた。
頭上に炎を頂く旅人も、エターナル・エデンの住人もいる。
全員が、武器を構え、油断なく、バーンやクレハに照準を合わせていた。
敵だらけの状況に、アンの殺気が高まる。
ほんの少しのきっかけで、彼女はここにいる全員を相手に、戦いの牙を剥くだろう。この場合、人数は問題にならない。
獣化したバーンは襟首を掴んだまま、ロットを更に高く吊り上げた。彼を盾として、使う気だ。
「勧誘にしては、穏やかじゃない、ですよね」
心臓がバクバクする。荒事には不慣れなクレハは、それでも、魔物相手なら、何度か戦闘経験はある。当然、人型の魔物とも戦ったことはあっても、このEEC16はVRMMOの世界だ。ここでの対人戦は、未経験だ。アンとバトラーがいて、クレハに戦わせる場面はかなり限られていた。
それでも、とクレハは思う。相手が旅人で、バトラーを取り戻すためなら、やるしかない。勿論、武力に自信がある訳では無いし、戦闘が下手くそな自覚はある。基本、遠くから弓矢か魔法で攻撃する遠距離タイプなのだ。慌てると上手く回避も出来ないし、標準も甘くなる。
だからこその、盾、だ。左肩の大袖に星力を込めようとした時、エイメ・サイアの大きなため息が聞こえた。
「勧誘?そんな面倒な事はしない、これは、命令だ」
その言葉と同時に、全方向から、攻撃が降り注いだ。
それは、威嚇の範囲を越えはしなかったが、クレハたちの足元の砂は舞い上がり、バーンが冒険者ギルド長を振り回したせいで、ロットはその攻撃の一部を己の身で実感する事になった。
「ぎゃああー。痛い、痛い、痛い」
うるさく叫ぶロットの悲鳴に、感度の良い獣人の耳がダメージを受けたのか、バーンは彼をエイメに向かって放り投げた。
と、同時に、アンが白い砂浜を思い切り蹴った。
「ぎゃっ」
倒れたロットの肩を踏み台に飛び上がると、砂の上とは思えぬ速度で、エイメとの距離を詰めたアンだったが、彼に届く直前、ピタリ、と止まった。
否、止められた。
彼女の足首に何かが噛み付いていた。
それは、柴犬ほどの大きさの蟻地獄だった。
アンの足元を中心にすり鉢状に穴が作られる。
「アンちゃん!」
駆け寄ろうとするクレハをバーンが抑える。
「やれやれ、まだ、話の途中なのだがね」
パチン、と指を鳴らしたエイメに答えて、巨大な蟻地獄は、その顎で捉えていたアンを解放した。
けれど、アンは身じろぎ一つしない。目を見開き、何かを叫んでいるかの様に、口を大きく開けたまま、まるで時間が止まったかのようだった。
「何だ、ありゃあ?麻痺してるのか?いや石化か?」
バーンは腰を落とした戦闘体制で低くグルル、と唸り声を上げた。かつての同僚から逃れる為に、ロットはひいひいと這いずってエイメの元に逃げて行く。
これは、この光景は、以前、見たことがある。
360度の青空の中、光の綿毛が、ふわふわと浮いて。クレハ以外動いているのは、ただ一人・・・。
けれど、あの天空島での、セイとクレハだけが動いている状況と違い、今、動けないのはアンのみ。
「これは、私が尊敬するあの方から、預かった力の一部。NPCはこの力から逃れる事は出来ない。君たちも、同じ目にあいたくなければ、大人しく従いたまえ」
そこに倒れるアンを壊れた人形か何かのように足先で突いて、エイメがこっちへ来い、と顎をしゃくった。
「冗談。
どんなに偉そうな理想を掲げたところで、この世界の住人をNPCと呼ぶ時点で、私は、あんたの仲間になんてならない」
吐き捨てるように拒否したクレハに向けたエイメの目は、冷え冷えと何の感情も映してはいなかった。
「なら、仕方ない」
エイメはそう言うと、パン、と手を叩いた。
「バトラーを連れて来い」
そのセリフに、クレハもバーンもビクリ、と体を硬くする。
敵として現れるのか。
拷問でも受けてボロボロの体で引きづられて来るのか。
いずれにせよ、二人への牽制もしくは人質の役割を与えられている事は、想像に固くない。
けれど、適当に台車に乗せられた人形の様な姿は、ごろりと砂浜に転がるアンとそっくりで。
用無しとなったマネキンを捨てる様に、エイメはバトラーと思われるそれを、無造作に打ち捨てた。
「ほら、持って帰れ。我々の思想に賛成できないなら、ネームドと言えど、害悪にしかならない。元夢幻傭兵団参謀バトラーの名は、十分活用させてもらった。これ以上、過去の遺物に頼る必要もない。お前たちも、不要だ」
そう言い残すと、エイメはくるりと向きを変えた。
けれど、クレハたちを取り囲む♾️傭兵団の傭兵たちは、まだ、武器を構えたまま、その場に留まっている。
「バーン、お前が、今からでも、俺たちに加わるなら、俺からエイメ様に取りなしてやっても良いんだぞ」
屁っ放り腰ながらロットが言うのに一瞥もせず、バーンは無言で、バトラーとアン、動かぬ二人を両肩に担ぎ上げた。
「悪ぃ、バロネス。俺の前を歩いてくれ。あんたに何かあったら、俺はバトラーさんだけじゃなく、リコにも示しが付かねえ」
自分の体を盾にして、クレハを守る、とバーンは言った。
完全獣化した熊獣人のバーンと小柄なクレハでは、大人と子供に近い体格差があり、バーンの体でクレハはすっぽりと覆われる。
「問題ないわ、傭兵ギルド長。私には、鍛治師アマツマラの最高傑作の盾があるもの」
クレハは、左肩の大袖・星霊武具(仮)に触れると、星力を流した。白銀の有翼獅子の鬣で編んだ紐は、彼女の星力を水が流れるように大袖全体に行き渡らせ、緋緋色金のメタリックレッドが艶やかさを増すと、ふわり、とクレハだけでなく、バトラーとアンを抱えたバーンまでもが、シャボン玉の様な結界に包まれた。
2周年記念イベントで製作可能となった星霊武具。その試作品作りに協力したクレハは、鬼人族の鍛治師アマツマラに、この大袖を作ってもらった。星霊を憑依させることがどうしても出来なかったクレハだから、この大袖は、正確には星霊武具とは呼べないが、アマツマラが鎧における自身の最高傑作、と認めるほどの出来だ。
星霊を憑依させる代わりに、自身の星力を纏わせることで、擬似星霊武具として使用可能にしたこの大袖の、最大の特徴は、属性を持たない事、だ。
元々、ハイエルフとのハーフ設定のクレハの星力には、属性が無い。それ故、その星力を纏わせた楯も属性を帯びず、それは、例えどんな攻撃を受けても、属性による不利が生じないことを意味する。
虹色の輝きを発するクレハの結界に、♾️傭兵団員たちからの攻撃が降り注ぐ。
「ファイアーボール」「ウォーターランス」「アイシクルアロー」「アースバインド」「ライトニングボルト」
全ての攻撃魔法は無効化され、シャボン玉の薄い膜に振り下ろされるどんな豪剣も跳ね返された。
クレハはただ、前だけを見て歩く。白い砂浜に乗り上げたスキーズブラズニルに乗り込むと、沖に止めた大型船に向かって船を進めた。
振り返ると、波打ち際にエイメ・サイアの姿があった。
一度洞窟に戻りかけ、クレハたちの処分を命じた後、作戦の失敗を誰かが報告したのだろう。その作り込んだ表情に、何とも言えない悔しさが滲み出ている。
今、結界は、スキーズブラズニル全体を覆い、島からの攻撃は全く意味をなさない。更に、沖の大型船から、応援の小舟や竜宮のオトヒメが護衛に付けてくれた竜宮使も駆けつけた。
彼らの協力があれば、♾️傭兵団から追っ手の船が出された所で、クレハ達に追いつくことは不可能だ。魚人族は水中で最強なのだから。
「おい、このまま、逃げるのか」
納得できないバーンが低く、クレハに尋ねる。その目は、まるでクレハが敵だと言うような危険な光を帯びていた。
「アンちゃんとバトラーをこのままにして?」
それに答えたクレハの声も低い。
『エイメ・サイア?メサイアって救世主って意味だよね。エイって、あぁ、影か。影の救世主?ふざけるな、セイだよね、後ろにいるの。お金持ってるから、何しても良いって事にはならないんだから』
アンとバトラーにしでかした事の償いは、必ずさせる、そう、クレハは誓った。




