46 行方不明のNPC
「♾️傭兵団?」
ようやく手に入れたバトラーの消息は、クレハの予想外の所から齎された。
「そうだ、です」
苦虫を噛み潰したような渋面で、クレハを睨みつけるのは、ヴァルゴの傭兵ギルド長バーンだ。巨大な体躯の熊獣人のバーンは、夢幻傭兵団の出身で、そこの参謀をしていたバトラーに拾ってもらった恩義を未だに返しきれない、と随分、慕っている。その恩人を、その能力に相応しくない扱いをする(と思い込んでいる)クレハが嫌いなのだ。女男爵の身分を持つクレハと平民のバーンでは、身分が違う。いくら嫌いな相手でも、敬語ぐらいは使わなければならない。面倒な事、この上ない。
それでも連絡をよこしたのは、冒険者ギルド長ロットを探しに出かける前に、バトラーがわざわざ、バーンの元にクレハを気にかけるように、と言い残して行ったからだ。
「そこに、バトラーがいるの?」
「♾️傭兵団の連中と一緒にいるのを見かけた奴がいるそうだ、です」
「それで、ロット冒険者ギルド長は?見つかったんですか?」
「・・・あいつが、部隊長だとよ」
あー、くそっ、とガジガジとバーンは頭を乱暴に掻いた。
「そもそも、ロットの野郎の行方不明ってのが、ガセだったんだよ。あいつ、自分を囮にして、バトラーさんを呼び出したんだ」
バーンの所にも、♾️傭兵団に入らないか、と誘いが来ているらしい。
「あいつ、元夢幻傭兵団の連中に、片っ端から声をかけているようなんだ」
敬語を諦め、バーンは、自分が知る限りの情報をクレハに教えてくれた。
バーンやバトラー、そしてロットの所属していた、夢幻傭兵団は、カリスマ性の高い団長を中心とした300名ほどのメンバーを含む、中規模の傭兵団、だった。その中核を成すのは初期メンバーの10名。バトラーや彷徨えるシャーマン・ロロルもそうだ。
「団長がジジイになって、引退した後、バトラーさんも辞めちまって、ロロルさんは、最初からいるのかいないのかよく分からない人だし。結局、何年かして初期メンバーが誰もいなくなった時点で、夢幻傭兵団は、解散した。俺は、バトラーさんを追いかけて、この街に来たが、その頃には、ロットの野郎は冒険者ギルドに鞍替えしてやがって、まあ、それは良いんだ。個人の傭兵を雇う奴なんていないからな。
だけど、なんで今更、夢幻傭兵団の再立ち上げなんだ?しかも、今までの立場を投げ出して、なんの相談も無しに、勝手に決めて。それで、仲間になれ、って?こんな仁義を欠くようなこと、あのバトラーさんがするとは俺には思えない。
これには、きっと何か、訳がある」
ググッと拳を握りしめて、バーンが覚悟を決めた目で、クレハを見た。
「バロネスには、申し訳ないと思っている。俺たちがバトラーさんに冒険者ギルドの臨時ギルド長を依頼したから、あの人は、ロットの野郎を探しに行く羽目になった。きっと、ロットを見つけたはいいが、その時に何か事件に巻き込まれたんだろう。俺が必ず、あの人を連れて戻ってくるから」
ぐるりと向きを変えて、立ち去ろうとするバーンに、クレハは堪らず声をかけた。
「ちょっと待ってください。まさか、傭兵ギルド長はその♾️傭兵団に加わるんですか?」
「ああ。あいつらの本拠地に乗り込んで、ロットの野郎を殴り倒して、バトラーさんを連れ帰る。あの人の今の居場所はバロネスの所なんだからな」
いつの間に認めてもらったのだろう。以前のバーンとは異なる掌を返したような対応に、クレハはくすぐったいような喜びを感じた。
だけど。
「それで、もし、あなたまで、抜き差しならない状況に追い込まれたら、どうするんですか?
バーン傭兵ギルド長の実力を疑うわけではありませんが、うちのバトラーは、戦闘面でも頭脳面でも飛び抜けていると私は信じています。そのバトラーがただ大人しく言うことを聞いているだけ、とはどうしても思えないんです。
彼が、戻って来れないなら、それなりの理由がある。
違いますか?」
クレハとて、バトラーが帰ってこない事は心配している。まして、連絡の一つもよこさないなど、あり得ない。
彼は、運営によってクレハに紐付けられた自律思考型AI搭載NPCなのだから、クレハから離れる事など、本来、あり得ないのだ。それが成立している時点で、これは、バトラーの意思、でなければ、唯一彼ら自律思考型AI搭載NPCの行動制限可能な人物・星王セイが絡んでいる。
セイがらみは面倒だな、と思いつつ、その場はなんとか、バーンを宥めて、クレハはログアウトした。
現実世界で他サーバーでの状況を確認するためだ。
これが、何かイベントにつながるものならば、同様の事件が他サーバーでも起こっている筈、そう、予想はしたものの、相変わらず、ネット検索の下手くそな紅葉では、得られる情報は少なかった。
そこで、困った時の息子頼りである。
息子の龍樹は、しばらく仕事が忙しく、平日のログインがほとんど出来なかった、と愚痴りながらも、紅葉の相談に乗ってくれた。
「夏休みの砂漠のイベントの前後で消えたNPC?えー、そんなの調べ切れるはずないじゃん。少なくとも俺の活動範囲では知らないなあ。と言っても、赤サバのエディアカランだけだけどさ。ネームドNPCなら、追っかけがいるから、そいつのサイト調べてみるよ。で、誰がいなくなったの?」
狐獣人のバトラーだと伝えると、LIME先の息子の声が裏返った。
「バトラー!あの、夢幻傭兵団の参謀の?母さん!?どうやって知り合ったのさ、教えて!」
凄い、食いつかれた。
「今まで、どうして黙ってたのさ。うわーっ、俺、そっちのサーバーに移ろうかなぁ。バトラーって、仲間にするのすっっげぇ難しいって有名なんだけど。ちょっと、声かけただけで、どこからともなくシンパの連中がやって来て、お前はバトラーさんに相応しくない、とか言って、引き剥がされるんだ」
「あ、うん。そうだね」
紅葉は遠い目をした。わかる。あの人だね。うん、すっごい目で睨まれた。
「そういう事なら、ちょっとマジで調べるわ」
そう言い残すとLIMEは切れた。
やる気になってもらえてよかった。
息子から連絡が来たのは翌日の夜。
EECではバーンが、もう待ち切れない、と周囲を破壊し始めた頃だった。
「バトラーが行方不明になっているのは母さんの藍サーバーだけみたい。
だけど、他のサーバーでも、ネームドNPCやそれに準ずる名前の知られたNPCが何人か、消えてる。
で、同時期に幾つかのサーバーで、NPCが中心となって新しいクランや傭兵団が設立されているんだ。どうやら、消えたネームドNPCたちはその新組織のメンバーに組み込まれているらしい。これって次の配信2周年記念イベントの前振りじゃないかな。多分、まだ、気がついている人は多くないと思う。俺も母さんに聞かれなければ、他サーバーまで、調べようとは思わなかったし」
ちょっと、噂流してみる、と龍樹は言う。
「え、そんな事して、大丈夫?」
「大丈夫でしょ、多分。なんか、EEC16って、伏線回収下手くそじゃん。気が付かなくてスルーしていること結構あると思うんだよね。きっと、運営も、気がついてほしいと思ってるよ」
「ホンマかなぁ、私は、知る人ぞ知る、って言うの、割と好きだけど」
「それは、一部の人間。ってか、母さん、それで俺にバトラーの事、黙ってたんだ。ひっでぇ」
それは誤解だとは言えず、紅葉は龍樹のぶちぶちとした嫌味を仕方なく聞くのだった。




