44 冒険者ギルドの混乱
「何者だ、誰に許可を得て、ギルド長室に入った!」
クレハと彼女をエスコートして現れたバトラーに、極上の時間を邪魔された冒険者ギルド副ギルド長は、気の小さい者なら、腰を抜かすほどの大声を出して、机を叩いた。
副ギルド長は獅子の獣人族だ。
腕っ節が物を言う冒険者ギルドにおいて、爪や牙などの攻撃力に優れた肉食系獣人が、高ランクを占め、只人族のギルド長やエルフ族でありながらAランクのオーランは少数派だ。
副ギルド長のアスランは獅子獣人の中でも黄金の鬣を持つ支配階級の出身だ。獣人がエターナル・エデンの世界で最も優れた種であると言う、選民思想の持ち主でもある。
その彼が、冒険者ギルドの副ギルド長でしか無いのは、ギルド長のロットが非力な只人族であるにも関わらず、政治的手腕に優れ、国との関係だけでなく、他のギルドとも上手く連携をとって、荒くれどもの手綱を握っているからだ。
この部屋に入る前に、バトラーが解説してくれたその背景と、目の前の様子に、クレハは『マフィアのボスみたいだな』と思った。
間違いなく極上の衣装を身に纏い、獣人である事を誇りにしているのだろう、傭兵ギルド長バーンのように、半獣人化を常態としている。豊かな黄金の鬣と剥き出しの鋭い牙、伸ばされた爪。どれもが闖入者を威嚇するものだ。
「貴様、バトラーか」
その黄金獅子がクレハの傍に立つ狐の耳と尾だけを覗かせる執事を見咎めた。
「小賢しい古狐が、冒険者ギルドに何の用だ」
「別に。ただ、この程度の騒ぎを抑えきれない能無しの顔を久しぶりに見てやろう、と思っただけです」
「くっ。耳長の御用聞き風情が偉そうな口を叩くな」
「おやおや、その目はやはり節穴のようですね。もう潰しても良いのでは無いですか?」
「貴様!」
バン!と乱暴に立ち上がったアスランの勢いで、椅子が倒れ、机の上の物が床に落ちる。
金の鬣が逆立ち、爪が机に食い込んでいた。
『バトラー、訳あり?』
アスランの過剰とも言える反応に、クレハはこそりと尋ねる。
「一時期、同じ傭兵団に席を置いていたのですよ。まあ、尻尾を巻いて逃げ出したのですが」
「違う!」
アスランの抗議に、ふっ、と鼻で笑って、バトラーは続けた。
「そうでしたね、”家の事情”でしたね」
獅子の顔も赤くなるのだ、とクレハはまじまじと見つめてしまった。
「それでは、あなたが階下の混乱を収めるつもりがないようですので、こちらで手配をします」
「何を勝手な」
「ギルド間協定第一条。
何らかの障害により、各ギルドの業務に支障を来たし、当該ギルドが対処不能となった場合、2つ以上のギルド長の要請がある場合、第三者機関が、当該ギルドの業務を代行する事が出来る」
バトラーは、懐から1枚の用紙を取り出した。
いつの間に手に入れたのか、それは、商人ギルド長リコと傭兵ギルド長バーンの署名入りの書類。
冒険者ギルドの臨時ギルド長権限をバトラーに託す、という物だった。
「馬鹿なっ」
「そう言うわけですので、私は、この部屋にいる資格を有しているのです。勿論、我が主人、ハイエルフの血を引く貴人であるこのお方もです」
「ハイエルフ、だと?」
ちょっと、ここで私を巻き込まないで、とクレハはバトラーの執事服の裾を引くが、それに合わせて、彼は、すっと腰を引き、頭を下げた。
「主におきましては、しばらく、御前を離れること、お許しください。すぐに、この場を鎮め、戻ります故」
「許します。速やかに、混乱を抑えて下さい」
もう、こう言うしか無いじゃない。仕方なく、芝居がかったバトラーに合わせると、執事は微かに口元を緩ませた。
そして、すっと立ち上がると、アスランを無視して、クレハをエスコートして、部屋を出る。
「ちょっと、バトラーさん?」
「ご主人様が、お眠りになっている間に、ギルド長会議の総意として、代理の話は聞いていたのです」
署名は2人だけですけどね、と、詳しい説明を求めるクレハに、バトラーは、笑顔で答えた。
冒険者ギルド副ギルド長のアスランは、以前から、旅人に対する暴行容疑があった、と言う。
ゲートが開放されて、一番旅人が殺到したのが冒険者ギルドだった。
これはもう、現実世界のラノベや漫画、アニメの影響としか言いようがないが、異世界=冒険者、が定番の認識の為、ログインしたら、まず、冒険者ギルド、となったのは、事実。
そして、この世界の常識を無視した旅人の被害を一番受けたのも、冒険者ギルドで、実際、クレハもゲーム配信初期に、新人冒険者に絡まれた経験がある。
そんな好き勝手に自分のテリトリーを荒らす連中に、真っ当にこの世界のルールを教えているギルド長ロットにも、アスランの怒りは向いた。
元々が、獣人至上主義である。只人族の部下である立場に、忸怩とした思いを抱いていたのは、想像に難くない。
『いつかきっと、このお人好しの愚か者に、思い知らせてやる』
そう思いながら、過ごしていたであろうアスランに、またと無い好機が訪れた。
仕事を中途半端に放り出して、旅人たちがこの世界から、一斉に消えたのだ。
その業務放棄の責任をロットに押し付けて、この場から追い出す事に成功した。
そして、戻ってきた旅人たちと元からいた冒険者たちの間で一発触発の争いが起きようとしている。
アスランが何もしなくても、後は勝手に旅人が自滅してくれる筈だった。
大体が、魔物が生まれる原因は、旅人たちの故郷から漏れ出る悪意・魔力だ。それを取り除くのは、原因を作った旅人が行うべき、当然の行為であり、もっと言うなら、こちらが賠償を請求しても良いぐらいだ。
それが、魔物を倒した、と言っては自慢し、報酬を要求するなど、とんだ思い上がりだ。
死なない体を振り翳して、闇雲に戦う姿には、理性の欠片も感じられない。
そう思っているエターナル・エデン人は、実は意外に多い。
その事を、今回の件で、クレハは実感した。その一方で、そんな旅人がいなければ、今のエターナル・エデンの社会が回らなくなっている事も間違い無く。それに気がついて複雑な思いをする者もいた。
『ゲームなのに、政治がらみって。いや、そんな戦略シュミレーションゲーム的なのも、面白い、って思ってる人も多いって事?』
単純にのんびり異世界引きこもりライフが目標だったのに、思えば遠くへ来たものだ、と昔懐かしいセリフを思い出す。
『まだ、言ってるんですか、その”のんびり引きこもりライフ”』
ここにはいないガイド猫アレクの呆れた声が聞こえる気がした。
1階のギルドホールは、先程にも増して、殺伐としていた。
まだ、商人ギルドに伝達に行ったアンは戻っていないようだ。
パンパン、とバトラーは、階段の上から手を叩き、威圧を込めて、階下を制圧すると宣言した。
「静粛に!今より、冒険者ギルドはギルド間協定第一条に基づき、この私の管理下に入ります。
これは、冒険者ギルドが通常業務に戻るまでの、緊急処置です。
文句は一切受け付けません。私の指示に従えないものは、冒険者ギルドより除名とします」
じとりと、冒険者たちが汗を浮かべる。先程まで、唾を飛ばしながら口論していた男が、ゴクリと唾を飲む。
じわじわと圧せられる空気にランクの低い者たちは、たまらず、膝をついた。それがきっかけになったように、金縛りにあったかのように凍りついていた冒険者たちが、ゆっくりと階上を見上げ、そこにいる紳士然とした初老の獣人が、この威圧の中心であると知った。
バトラーは、全体を見回し、彼の威圧にあがらう数名を見つけると、口角を上げた。
「あなたと、あなた。そして、その柱の影にいるあなた」
バトラーに視線だけで名指しされた者たちに、ヒヤリとした殺気が、喉元に迫る。
「取り敢えず、この三名は残って下さい。それから、ギルド職員は集合。今後の方針を伝達します」
そして、再び、パンパンと手を叩くと、威圧を解き、解散を命じた。
途端に、深く息を吐き出す者、気力だけで立っていたのか、ふらふらと座り込む者、脱兎の如く出口に駆け出す者、訳もわからず叫び出す者も現れる。
ゆっくりとクレハをエスコートして階段を降りるバトラーに、抗議するものは誰もいなかった。
「出ていっちゃったけど、いいの?」
「構いませんよ。私の請け負った仕事は、冒険者ギルドの正常化であり、冒険者の子守りではありません」
そう言い切るバトラーに注がれるギルド職員たちの眼差しは、救世主を迎えた賞賛を讃えていた。




