39 砂漠の神
砂塵嵐を求めて、砂漠を縦横無尽に駆け回る。
遭遇した砂塵嵐の規模や移動方向・速度などを、クレハは地図の上にカリカリと記入していた。目安となるランドマークが無い、と思われがちな砂漠の風景だが、ル・ルーに言わせると各オアシス都市に設置した転送陣の魔力を検出する方法で、今のおおよその位置はわかるらしい。
「この頃、地図ばっかり描いてるような気がする」
コキコキと首を鳴らして、クレハがペンを置けば、
「うふふ」と、ル・ルーが含み笑いを漏らす。
これは、地下迷宮の地図作りの功績で、ル・ルーに上手く担ぎ出されたのだろうか?
『ま、楽しいから、いいけど』
「ところで、ル・ルー様、これ、砂塵嵐に規則性、ありますよ」
「え?」
一つの砂塵嵐をやり過ごした先で、左から新たな砂塵嵐が自分たちを目指しているかのように迫って来た時、クレハは、自分の予想が当たっている事、つまり、砂塵嵐は、人為的な関与(ゲームの仕様)によるもの、と確信した。ただ、目的がはっきりしない。
今回の夏休みイベントの詳細は知らないが、砂塵嵐で孤立するエクタシアン国を助ける、と言う内容だったはず。
砂塵嵐の発生元を目指して進んだ先で、行く先を妨げるように、次々、現れる砂塵嵐はどう考えても、自然現象ではない。まるでこちらに来て欲しくは無いかの様だ。原因究明の妨害?イベント的には望ましい事なのか、望ましくない事なのか、その判断に悩む。
同じ事は、リ・リーも考えていたようで、「どうしよう、これ。何したらいいのかな。ロメオやビック・Mはどうなってるの?パーティ単位のクエスト受注じゃないのかな。それとも、後で合流出来る?」など、ブツブツ言っているのが聞こえた。
「ル・ルーさま、どうします?このままでは、囲まれます」
後と左から迫る砂塵嵐。更に、右前方にも砂の壁が聳え立っていた。このままでは、三つの砂塵嵐に囲まれては、クレハたちの逃げ場はない。バックするには先程越えて来た後の砂塵嵐は幅が広すぎ、立止まってやり過ごすには、左から来るのは竜巻様の破壊力の高い砂塵嵐だ。流石にダメージが大きすぎる。
クレハは、前方右の砂塵嵐を指差した。
「あの砂の壁が薄そうです。逃れるなら、あちらにしませんか?」
砂塵嵐の密度が薄いのか、色調が明るい。それに、目指す発生源はあの方向だ。
それを見て取って、ル・ルーも頷いた。
「そうね、リ・リーちゃん、黄金丸たちに指示をお願い」
けれど、二人の言葉を聞いたリ・リーは、真っ青になった。
「何言ってるの、ル・ルー姉!クレハ様もおかしいです。だって、あんな凶悪な砂嵐、見た事無いよ。真っ黒で、ゴウゴウ唸ってる音がここまで聞こえて来てるのに!」
恐怖で震えるリ・リーに、クレハもル・ルーも、アンやバトラーさえ、首を傾げた。
「リ・リーちゃん?あなたの言ってるのは。あの、右奥の奴よね」
念のため、と指差す先は、ほんのり黄色の混じった灰色の砂塵嵐の壁。
リ・リーが慄く程の、凶暴さはその見た目からは感じられない。
勿論、巨大な砂塵嵐である事には変わりなく、明るく見えているだけで、実は、広くて深い、と言う事が、無い訳では無い。
「ル・ルー様、これは、ひょっとすると、旅人特有の能力なのではありませんか?」
自分たちNPCには、特に問題なさそうに見える砂塵嵐が(この表現もどうなんだ?)、旅人=プレーヤーには、極悪に見える。
この世界で、NPCに馴染みがあって、旅人には無いもの。それは星力だ。星霊武具の実装で、目にする機会の多くなった星霊だが、魔力から成る旅人の肉体は、星力に直接触れるのを避ける傾向がある。コントロールされているようだが、砂塵嵐は本来、自然現象であり、巨大な星力が暴れているに等しい。
リ・リーの眼には、見慣れない星力が、ただの砂塵嵐に色をつけて見せているのではないだろうか?
ゲーム的に言うなら、”クエスト関連とわかりやすくするように、色を変えたよ”と言う所か。
リ・リーにしても、自分にはどす黒く見えている壁が、他の4人には、明るい灰色に見える、と言うなら、間違っているのは自分だろう、位は察する。
「う、う~。分かったよ、ル・ルー姉。黄金丸、白銀丸、14時の方向に、全速前進」
これは夏休みイベント、これは限定クエスト、と呪文のように呟きながら、ティムした仲間たちに命じた。
そうして、突っ込んだ砂塵嵐の向こうは、絵に描いたような、平和なオアシスだった。
「「「は?」」」
あまりの驚きに、船を急停船させる。
振り返ると、薄っすらとした砂塵嵐が見える。確かに、あれを抜けたのだ。けれど、これまで抜けてきた砂塵嵐は、舞い踊るこまかな砂の海を抜けるのに、それなりの時間がかかった。けれど、目の前の砂塵嵐は、一瞬だった。それこそ、まるで幕、カーテンをくぐっただけのような。
「私たちが安全を確認するまで、お三方はこのまま、船の中でお待ち下さい」
武器を手にバトラーが船を降りる。アンも続き、残されたクレハとル・ルー、リ・リーは、ドキドキしながら、それでも、窓から様子を見ようと、体を乗り出した。
と、弾かれたようにリ・リーが、後ろに倒れた。
「リ・リー!」
「う、あっ」
リ・リーは、苦しそうに胸を搔きむしる。
『穢れし者よ』
苦痛に床を転げ回るリ・リーを助けようと手を伸ばしたクレハとル・ルーの頭の中に、何者かの声が、響いた。
小学校のプール程の大きさのオアシスの傍にあった塊が、動いた。
ザッとバトラーとアンが船の傍に駆け戻る横で、船を曳いていたリ・リーの二体の使い魔が、リ・リーと同じように、地面をのたうち回っていた。
『穢れを纏った者をこの星域に立ち入らせてしまうとは、我の力も衰えたものよ』
冷たい自嘲の笑みが込められた言葉は、それに乗せた星力の強さが、魔物である黄金丸と白銀丸を打つ。同様に、魔力から成る旅人のリ・リーも、魔力が削られていった。
『ふむ、聖なる星の力を僅かでも宿している故、耐えられたようだな。だが、それも、ここまでだ』
「お待ちください!」
ル・ルーは、船から転がり出た。続いて降りたクレハの左右をアンとバトラーが素早く護る。
「貴い存在のお方と存じます。私は、この西の国エクタシアンのオアシス都市イサの族長をしておりますアル・ルシュディーと申します。これなる旅人は、私の大切な妹。その力の源は魔力ではありますが、決して、穢れている訳ではございません。彼女の使い魔たる二体の魔物も同様。どうか、ご厚情を持ちまして、これらにお目こぼしを、伏してお願い申し上げます」
そう言うと、本当に、ル・ルーは、砂の大地に頭をこすりつけた。
オアシスの脇にあった影は、のそりと立ち上がった。
それは、細長い体躯の犬のようなシルエットを持ち、長く曲がった鼻、四角い耳、先端がいくつかに枝分かれしたまっすぐな尾を持っていた。
「セト・アニマル?」
クレハの記憶にあるエジプト神話の神々のイメージから、砂漠の神であり、砂嵐を引き起こしているとされるが、その一方、キャラバンの守り神でもあるセト神、その獣型の姿が浮かび上がった。
『我を知るとは、流石はハイエルフだ』満足げな声。
『如何にも、我は、セト。かつてこの地を治めた偉大なる九柱神の一人。して、其方たち、何故、我の結界を越えてこの地に入った?』
エジプト神話の軍神を名乗る獣型の神は、少し、圧を抑えて、クレハの前に立つ。
リ・リーの使い魔を回収したル・ルーは、船内のリ・リーを説得し、転送陣で彼女を安全なオアシス都市に送り返した後、再び、セト・アニマルと対峙した。
「私達は、多発する砂塵嵐の原因を調べに参りました。今、この国、エクタシアンでは、砂塵嵐によって、各地のオアシス都市が孤立し、物資に欠く状態となっております。このままでは、飢えて死ぬ民も出てきましょう。
貴きお方、もし、貴方様がこの砂塵嵐の原因をご存知なら、私どもに教えて頂く訳には参りませんか?」
心なしかセト・アニマルの体が一回り小さくなった。
『それは、我の力が衰えてしまったせいだ。砂漠の神である我の力が衰えたせいで、砂漠の気候が乱れてしまっている。我の民である砂漠の民に迷惑をかけているとは、情けない』
クレハとル・ルーは、顔を見合わせた。
「では、貴きお方にお力を取り戻して頂くために、私どもに出来る事はございませんか?」
二人の申し出に、セト・アニマルは半分期待、半分諦めの表情を見せた。
『天空神がこの地を去ってから、我ら残された神々はそれぞれの神域を護ってきた。我ら九柱神しかり、地の国のアース神族しかり。我は、この砂の大地を任された。一見、死の世界に見えるこの砂漠にも星の命はしっかり息づいている。我は、それら星の命を見守って来たのだが、如何せん、天空神の不在により、各地に穢れし力が湧くようになってきた。最後の巫女も息絶え、我の神殿もいつしか世界に忘れ去られ砂に埋もれてしまった。今では、穢れし力を排するどころか、我自身が形を成すための力にも事欠く。砂の大地に乱れが生じたのはその為よ。我に力が戻れば、乱れは正されよう』
『ワールドクエスト?』
セト・アニマルの告白に、クレハの心の中は穏やかではない。これは、夏休みイベントどころか、もっと大きな周年記念イベントとして用意されているシナリオの一端では?
流石に、緊迫した状況に猫を連れ出す余裕は無く、今、クレハの近くにガイド猫アレクはいない。今頃、船の中でこちらの様子を窺っているのだろうが、後で、追及しなくては。
「では、貴きお方。私はイサの族長として、エクタシアン国の次期首長候補として、その神殿の再興をお約束します」
ル・ルーは、即座に申し出た。その決断の速さに驚くと共に、あれ程避けていたエクタシアンの次期首長候補を名乗った事に、クレハはル・ルーの引けない真剣さを感じた。けれど、更に驚いた事に、セト・アニマルはル・ルーの申し出を断った。
『それには及ばぬ。神殿は掘り起こせばよいだけだ。但し』
控えるル・ルーの体が一瞬、強張る。
『其方らの中から、我に仕える巫女を選出し、そこに住まわせよ。条件は一つ。穢れを一切持たず、我を信じる者だ。若くて、美人ならなお良し』
何が条件は一つだ、と呆れながら、クレハは考える。
先程から語られる”穢れ”と魔物である黄金丸と白銀丸の惨敗、旅人のリ・リーの苦痛から、それが”魔力”と呼ばれる異界からの悪意の総称だろう。
ならば、巫女は旅人では、あり得ない。NPCであり、かつ、一人で生活する訳では無いから神殿に仕える者たちもNPC。更にそこでの生活に魔石の使用は許されないだろう。
これは、なかなか、ハードルが高いのではないか、とクレハは思った。
『だが、先ずは、我が少しでも力を取り戻す事が必要だ』
ル・ルーと会話をしていたセト・アニマルの視線が、クレハに注がれた。彼女の左右に控えていたアンとバトラーの緊張が高まる。
『そこのハイエルフよ。其方の星力で、この我を満たしてくれ』




