38 砂塵嵐
迎えに来たル・ルーとリ・リーと共に、転送陣でエクタシアン国に移動する。行先は、先ずは二人の住むオアシス都市イサである。
エクタシアン国は国土の大部分を砂漠が占めるため、人々は各地のオアシスに点在している。そのオアシス都市をいくつかの部族が治めており、ル・ルーはその中の一部族の族長をしている。一応、王都と呼ぶ首都は国の東、海に面したアブデュルアズィにあり、各部族の族長会議で選ばれた族長が王を兼ねている。今の王はオアシス都市メフメトを拠点とするヒュッレム女王だ。
「ヒュッレムは、政治家として一流。若い時は、女性ながら砂漠の魔物を狩りまくっていた歴戦の戦士よ。今じゃ、そんな一面を悟らせないけど、それでも、ここ一番と言う時の迫力は、誰にも負けないわ」
ル・ルーの祖父とヒュッレムは戦友だと言う。
ル・ルーが、族長を務めるイサのオアシス都市は、日干し煉瓦でつくられた家屋が密集するかたちで大きなひとつの家(住居群)が、いつくか集まって形成されている。家々はとても複雑に入りくんでいて、家の外壁には窓がなく、部屋は暗くて閉鎖的。入口からいくつかの部屋が迷路のように入り組んであり、広場のような屋根のない中庭につながっている中庭型住居だ。
クレハたちはその中庭に絨毯を敷いて、デーツのクッキーとミントティーをごちそうになっている。
「ただね、ヒュッレムももういい年のおばあちゃんで、来年の族長会議で女王引退を宣言する予定なの。で、次の首長なんだけど、」
と困ったように、言い淀んだル・ルーに代わって、リ・リーが続けた。
「ヒュッレム女王は、ル・ルー姉を推してるんだけどね、」「アタシは嫌よ」
「って、訳」
「アタシじゃなくて、やりたい、って言ってる奴がいるんだから、そいつにさせれば良いのよ」
フン、と鼻息荒く、ル・ルーが言う。
「何か問題のある人物なの?」
「えっとぉ」
言い淀むリ・リー。
ル・ルーは小さく溜息をついて答える。
「別に、能力的にはしっかり首長は出来るわね。ただ、アタシに当たりが強いだけ」
「うちの部族が厄介者だった魔物のエリサンで、キヌの生産を始めたでしょ。それが有益な輸出品となった上に、アタシがエンチャントする事で付加価値も生まれた。それも気に入らないみたいね」
「それも?」
クレハの問いに、ル・ルーは困ったように微笑んだ。
「次の首長候補に名乗りを上げたオアシス都市ジェムの族長セリムの奥さんは、アタシの元許嫁なのよ」
ル・ルーの元許嫁、ヌールバヌは現女王ヒュッレムの孫だ。戦友であったル・ルーの祖父との関係から、ル・ルーとは生まれた時に許嫁となり、二人の仲は良好だったが、ル・ルーが成長するにつけ、結婚、という形での結びつきは難しいと、お互いに納得して許嫁は解消。その後、ヌールバヌはセリムと結婚し、ル・ルーは二人を祝福、ヌールバヌとも良い関係は続いている、と、言う。
「ただねえ、セリムの気持ちは穏やかじゃないみたいでねぇ」
ホント、困ったわぁ、と頬に片手をあて、首を傾げるオネエさんに、クレハは、何となく、セリム族長の気持ちもわかるなあ、と思った。
言葉遣いや仕草はともかく、ル・ルーは、EEC16世界で名を馳せる優秀なエンチャンターである。北のオルドビス国のトーリン国王や根の国の長イバラとも交友があり、巨大な鉄球付きフレイルを振り回して戦う戦士でもある。更に、経済的に国を支える産業を起こした人物、が妻の元許嫁、とあれば、夫として、自分の方が優れている、と誇示もしたくなろう。
「で、今年が砂塵嵐の当たり年でしょ。セリムったら、この国難に対し、どちらか有効な対策を取った方が、次期首長になる、ってヒュッレム女王に認めさせちゃったのよ」
はああー、と大きなため息をつくル・ルー。
「でも、ル・ルー様は、首長になりたくないのでしょう?だったら、何もしなければ良いのではないの?」
クレハの意見は最もだ、と頷いた上で、そう言う訳にも行かないのよねぇと、益々、ル・ルーの肩が落ちた。
「ヌールバヌがね、いい加減、セリムの意固地さに頭に来ちゃって、アタシに何としても勝て、って言うのよ」
痴話げんかに巻き込まないで欲しい、と心底思ったのは、クレハだけではない。
ル・ルーもリ・リーも、そしてヒュッレム女王も、勘弁してくれ、と思っているのだ、と言う。
「だけど、まあ、砂塵嵐の被害は放置できないし、アタシはアタシでやれることをやろうかな、と思ってね。なら、原因究明かしら、と貴女を引っ張り出した、って訳」
これは、もう夏休みイベントと関わっているのでは?とガイド猫アレクを見やると、猫は我知らず、とばかりに顔を撫でて、みゃあと鳴いた。
『もうね、運営の手を離れてる、と思うんですよ、この頃』
リ・リーのティムしたデザートモス・エリサンの黄金丸が曳く船に乗り、クレハ達は、砂塵嵐の吹き荒れる砂漠地帯に向かう。
元々、砂漠の移動はラクダに似たドゥロメと言う動物に馬車の車輪部分をソリに変えた荷車を曳かせて移動していた。それが、ここ数年で、デザートモスの家畜化に成功したおかげで、デザートモスが曳く手段が増えつつある。ドゥロメに曳かせるより遥かに速度が上がるためだ。
リ・リーの使い魔である黄金丸は、去年、星都の学園で会った時に羽化し、成虫になっている。巨大な蛾が曳く船は、滑るように砂漠を走った。
「もう一匹、羽化したら、空を飛べますね」
などと、黄金丸に指示を出しながら、リ・リーが言う。
黄金丸が羽化したのは、クレハが意図せず発現させた星力で急成長した星都の森のせいだ。
びっ、と、両腕でバツ印を作り、クレハはもうしないよ、と意思表示する。
「残念です。仕方ありません、白銀丸は、自力で頑張ろうか」
きゅきゅ、船の前方、砂の中でもう一匹の使い魔が鳴いた。空中を黄金丸が、地中を白銀丸が曳いて、それでも船はバランスよく安定して走行している。リ・リーは、テイマーとして見事な腕前を披露していた。
ところで、今、クレハたちが乗っているのはただの砂漠の船、ではない。
根の国の迷宮探索で得られるドワーフ族の宝の一つ。スキーズブラズニルだ。
畳めばポケットに入るほど小さくなり、初回踏破者に与えられたオリジナルは、陸海空どこでも走行可能な優れものだが、これは、流石にオリジナルでは無い。廉価版を砂漠航行専用に設定したものだが、ル・ルーがエンチャントし、特別に改良した船だ。リ・リーの操船術もあり、ほとんど揺れもせず、空調も効いた非常に快適な空間となっている。
暫く走ると、遠くに灰色の壁がそびたっているのが、見えてきた。
「あれが、砂塵嵐?」
初めてみる現象にクレハは息を呑む。
想像していたのは竜巻だった。けれど、実際に目の前に起こっている現象は、砂の壁だった。雲に届くかと思う程高く、左右のどちらを見ても砂の壁が続いている。
それが、徐々にこちらに迫ってきていた。
「覚悟はいい?」
船を止め、黄金丸たちはリ・リーが帰還させる。迫りくる砂の壁が、船を飲み込んだ。
ふっと、周囲は茶色い闇に包まれ、細かな砂塵が船体を打つ音が、激しい雨音の様に聞こえる。
「短くて数時間、長ければ、数日、この状態が続くわ」
これが砂塵嵐よ、とル・ルーが言う。
砂塵嵐観測用にカスタマイズされた船内は、窓から外の様子を見る事も出来た。
視界は非常に悪い。何もかもが空中を舞う細かな砂塵の中、霞んでいた。
「凄い」
暫く、声も無く様子を窺っていたクレハだったが、視線を外の景色から引き剥がすと、押し出すように息を吐いた。
「これでは、外には、出られないね」
先ず、目が開けられない。マスクをしていてすら、呼吸が出来るか疑わしい。
「そうね、この砂塵嵐の中、生きていけるのは、砂の中で生活している魔物位よ」
そのル・ルーの言葉を裏付けるように、船の前を、巨大なサンドワームがずりずりと横切って行った。
その日、クレハ達は、砂塵嵐の中、夜を明かした。
翌朝。
船の外は、何事も無かったかのように、広大な砂漠が広がっていた。
そして、地平線の向こうに、もう一つの砂の壁が生まれていた。
ル・ルーの指示の元、リ・リーは、黄金丸・白銀丸を再度呼び出し、船をその新しい砂塵嵐の端を目指して走らせるのだった。
幸いなことに、二つ目の砂塵嵐は最初に遭遇したものより、水平方向に狭く、彼らの努力は実を結び、回避することが出来た。
しかし、回避した先には、竜巻の様に天高く渦を巻く砂嵐が、物凄い速さでこちらに迫っていた。
「確かに、遭遇率が異常ね」
次々、生まれる砂塵嵐。
「この辺りは、オアシス都市ムサの勢力圏のはずなのだけれど、この分だと、皆、都市に籠ってやり過ごしているはずよ。物資が足りていると良いのだけれど」
竜巻の進路を避けながら、周囲の被害状況を確認したル・ルーが浮かない表情で呟いた。
「オアシス都市では、カナートって言う、地下水路から水を取っているのだけれど、この分では、給水口が砂で埋まってしまっているかもしれないわ。地下倉庫も心配ね」
いざと言う時の為に、オアシス都市には転送陣が設置されており、緊急時の物資輸送体制は確立している。けれど、流石に、連日、砂塵嵐に覆われていては、それにも限界はある。
取り敢えず、ムサの街の無事を確認して、何度か転送陣で物資を運び込み、更に南を目指す頃には、夏休みイベント ”作戦名・Operation Desert Storm(砂塵嵐)” が、既に始まっていたのだった。




