37 ル・ルーのお誘い
クレハのEEC16ライフは穏やかに過ぎて行った。
2回目のGWイベントは、武術大会。
天下一大武術大会。
有名漫画のパクリでしかない名前の武術大会で、旅人、NPCを問わず、エターナル・エデン全域から腕自慢が集まり、その武を競う。
刀剣部門、格闘部門、魔術部門、団体部門の4つに分かれ、各国の予選を勝ち抜いた個人や団体が、星都に集まり、決勝戦が行われた。優勝者・優勝団体は、天空島に招待される、とあって、旅人よりもNPCが盛り上がったイベントだった。
戦闘職以外の旅人には不評かと思われたが、大会と同時に行われた生産職の各種技能披露市が、人々の関心を呼び、予想外の人気だった、と聞く。クレハの様に、NPCと協力して、事業を立ち上げる旅人もポツポツ現れている。都市に定住し、その土地のNPCと交流を深めるのは、生産職の方が向いているのだろう。根の国の鍛治師集団も出品したと聞いた。
クレハも商人ギルド長のリコに菓子店の出店を打診されたが、断り、このGWイベントには全くノータッチを貫いた。
大武術大会自体は、旅人が優勝を独占することもなく、格闘部門ではNPCが優勝した。また、団体部門は優勝こそ逃したものの、ベスト4に残ったチームの内、3つがNPCのチームだった。
優勝者達は、表彰式で聖王から天空島に招待され、NPCは感激のあまり泣き出す者もいた、と掲示板に書き込まれているのを読んで、あの聖王・セイのどこに泣く程感激したのだろう、と不思議に思ったのは、内緒だ。
クレハ自身は、根の国で未探索の最後の迷宮を攻略し、地図を作成したり、竜宮で海に沈んだ幻の王国の伝説を追いかけたり、と、自由に過ごした。
そんな訳で、知らないうちにGWイベントは終わっていた。
今、クレハは、ヴァルゴの自宅に籠って、今年の懸賞論文を書いている。
テーマは、”星霊武具”だ。
この頃には、リュージュの投げナイフ”メフィ”以外にもいくつもの星霊武具が、ネット上で公開されていた。そのほとんどが、自分で作り上げた武具の自慢だが、特殊能力などは秘されている物が多い。
公式には対人戦の認められていないEEC16でも、武具の特殊能力など、隠しておく方が良いのだろう。切り札はひけらかすものではない。
そんな訳で、知られている星霊武具は意外に少ない。
けれど、星霊を憑依させる前の星霊武具の最終調整に、クレハはアマツマラの好意で、立ち会わせてもらっている。せめて、そこを”家”と感じてほしい、クレハの勝手な自己満足の為だが、依頼者に渡す前に、星力を付与して、その流れを確認しているのだ。アマツマラにとっても、実際に星霊を宿した後に不具合があっても困るので、試運転を兼ねて、感謝されている。
おかげで、業務上の守秘義務は守りつつ、色々なタイプの星霊武具に触れる事が出来ている。それらを体系づけて纏めると同時に、これまでのEECシリーズの歴代武具と星霊武具を比較し、何故、その製法が失われたのかを考察する予定だ。
「うーん、勇者の武器は、違うよね。でも、天空島の資料から製造方法が見つかったんだから、”名も無き神様”の時代には、星霊武具は存在してる。やっぱり、天空島にもう一回、行きたいなあ。魔力を出来るだけ排除した装備にして、目的を絞って短期間にシュッと行って帰って来れれば最高、なんだけど」
無理だよねー。
ならば、同時代の遺跡でも探すか、と考えている所に、エクタシアンのル・ルーから、オアシスへの招待状が届いた。
『今年は、200年に一度の砂塵嵐の当たり年なの。本来なら、観光には不向きなのだけれど、バロネスってちょっと変わってるから、こういうのも、興味あるかと思って』
流石、ル・ルーである。クレハの興味のありかを的確に突いて来る。
砂塵嵐の何が面白いのか、と首を傾げるアンに、クレハは、滔々と解説する。
「気象学的に砂塵嵐が起こる条件はいくつかあるけど、それが同時に複数起きるなんて、先ず、自然現象としてはありえない。つまり、これは、何らかの超常現象が200年毎に起きている、と言う事。何が原因なんだろう?すっごく興味ある。それに、ル・ルー様が、ただ、砂塵嵐見学に私を誘うとは思えないんだよね。きっと、何か裏がある」
そう断言するクレハにアンは眉をひそめた。
面倒事にわざわざ首を突っ込まなくても、と、口には出さないが、表情には現れている。
それを、やれやれ、と至らない孫でも見る様なバトラーに気が付いて、アンは、表情を消した。
「申し訳、ございません」
「心配してくれてるんでしょ、ありがとう、アンちゃん」
ちょっとくすぐったい嬉しさにクレハは手をパタパタさせた。
「まあ、エクタシアン国には、行った事無いし、砂漠は昔から好きな場所だから、このお誘いは受けようかな、と思うんだ」
そう言えば、そろそろ夏休みイベントか。ル・ルーのお招きも関係するのかな、と思いつつ、エジプト旅行で数時間滞在した砂漠を思い出す。
紅葉は、何故か、子供の頃から、砂漠に憧れていた。
死ぬなら、砂漠でカラカラになって死にたい、と思った程だ。
その事を誰かに伝えた事は無い。
どう考えても、変、だから。それ位は理解している。
だから、初めて、エジプトでサハラ砂漠の砂に手を触れた時、その細かさに驚き、手触りに感動し、ペットボトルいっぱいに詰め込んで、持ち帰った(一応、現地ガイドさん公認の量)。それは今も、香水瓶に入れて、大切に飾られている。
アラブ圏の衣装も好きだ。特に、頭に被るターバン類。男性は二割増しに素敵に見えると思う。女性は顔を隠してしまうのが残念だが、それもまた、神秘さをアップしていると断言しよう。ストンとした長衣も良い。
エクタシアンに行くなら、それっぽい衣装に変えたい、と今から、ワクワクするクレハをアンとバトラーは、微笑ましく見ていた。
張り切るクレハを警戒した猫アレクは、早合点して星霊武具を作った時の事を引き合いに出し、
『夏休みイベントの公式ホームページ、こまめに見るようにしてくださいね。ちゃんと、しっかり、よく、読み込んで下さいね』と念を押すのだった。
アレクの警告から予想される通り、今年の夏休みイベントは砂漠の国エクタシアンが舞台だった。
ル・ルーの招待状にもあったように、今年はエクタシアンの国土の大部分を占める砂漠で、砂塵嵐の発生頻度が非常に高くなっており、交易の妨げになっていた。
このままでは、国の運営にも支障が出る、とエクタシアン女王は、各方面に支援を求めた。
海軍力に優れた南のエディアカランからは船による物資の輸送を、砂漠化の進んでいない北ルートを経由した交易の拡大をオルドビスに、そして、孤立した各オアシスへの支援をシデリアンに。
『旅人の皆様には、拠点のある各国のギルドから発注される様々なクエストに挑戦してみてください』
「まだ、曖昧な内容だね」
コーヒー片手にEEC16の公式ホームページを見ている紅葉の感想である。イベント開催まで、まだ現実時間で二週間ほどある。と言う事はEEC時間で二か月先だ。
「このタイミングでル・ルーから、連絡が入るって。やっぱり、あの招待状もイベント関連だよね。私はシデリアン枠では無く、エクタシアン枠で参加、って事になるのかな。でも、これ、エクタシアンを拠点にしてる旅人に対する依頼書いて無いよね」
それにある意味、受注するクエストを選べないのは、また、不満が出るんじゃないかな、と思う。
まあ、不満が出た所で、あのスポンサー(星王)は、嫌なら参加するな、と言い切るだろうし、別に、拠点以外の国に行ってクエストを受けられない、とは、明言されていない。
”まだ”情報が足りないだけなのか、気が付いた者だけがその恩恵を受けるのか?
「やっぱり、意地が悪い」
「ん?何か言った?」
「独り言~」
定年退職した夫婦の日常は、各々が好きな時間に好きな事をする毎日だ。夫は不必要に紅葉の世界に介入しないし、紅葉も同様だ。世間には、朝から晩まで夫がいる事を煙たがる妻や、夫婦仲よく旅行に出かける夫婦もいる。
それぞれの夫婦にそれぞれの形がある。
「取り敢えず、ル・ルーに詳しい話を聞こうかな。
EEC、行って来る。お昼までには戻るね」
そう声をかけて、紅葉はゲームを立ち上げた。
「んー」
と言う、夫の返事を聞いたような気がする。




