33 呪いの指輪
「わし、こう見えて、バト坊より年上やねん」
ロロルはそう言って、「ええ、お茶飲んどうなあ」と緑茶に舌鼓を打ちつつ、羊羹に手を伸ばす。
どう見ても、20代前半にしか見えない青年が、60代に見えるバトラーより年上、となると、軽く人族の100歳は越えている。
「エルフ族?」
「ちゃうちゃう。こないな呪いやねん」
ごくり。
「若い時にアホな事してな、呪われてもうてん」
もぐもぐ。
「そやから、年取らへんねん」
ごくり。
「不老不死やー言うて、えらい付きまとわれてなあ、鬱陶しくてかなわんわ」
もぐもぐ。
一口飲んでは一言。一口食べては一言。
「だからなぁ、自分やバト坊みたいな、寿命の長い種族と知り合えるん、めっちゃ、救いやねん」
遠慮なく、食べつくす勢いで飲み食いするロロルに、文句をつけてやろうと身構えていたアンに、ロロルが言った言葉は、その勢いをそぐには十分だった。
「それは・・・」
「騙されてはいけませんよ、アン。この人はそうやって、同情を引いて言う事を聞かせるのが得意技なんです。私も昔そうやって、好き勝手させられました」
スン、とアンの表情が固まる。すすす、とロロルの目の前から、羊羹の皿が遠ざかった。
「あああ~。そないな殺生なぁ~」
「まあ、その辺は置いといて」
「置いとかへんでくれる?わしにとって、結構、重要な問題やねんけど」
ブツブツ言うロロルを無視して、この指輪の呪いについて教えて欲しい、と頼んだ。
「えー、どないしようかなあー」
イラっとした気配を感じて、アンとバトラーだけでなく、指輪までが剣吞な気配を漂わせた。
「うわぁ、ほんま、自分ら短気やなあ。そないな事では、交渉なんて出来へんでぇ。人にモノ尋ねる時は、気持ち良うしゃべってもらう様にせなあかんやろ。脅してどないなるちゅうねん。
ま、わしは、優しーから、大目に見たるけどな」
強気な言葉だが、腰が引けている。
うほん、と大げさに空咳をして、ロロルは話し出す。
「ええか、呪いっちゅうもんは、命あるもんは、皆、持ってる。そもそも、生きてる事が呪いだと考える連中もおるくらいや。そう言う連中にとっちゃ、死は救いや。そうやって、死ぬことを恐れない兵士を作って戦争を吹っ掛けた宗教国家があったぐらいや。自分も、歴史学者を名乗るぐらいなんやから、聞いた事ぐらいあるやろ?」
その問いかけにクレハは頷く。
戦国時代の一向一揆では、厭離穢土・欣求浄土(現世の苦しみから離れ、極楽浄土へ行きたい)のスローガンの元、農民たちが権力者に反旗を翻し、一時は圧倒的な勝利を収めるに至った事もあった筈だ。
「生きるっちゅうんは、争いや。誰かてええ暮らしがしたい。己より裕福な奴を目の前にして、羨ましく思わへん奴なんておらん。そういう、羨望が、妬みが、度を超すと、呪いになる。けどなぁ、そう言う感情を上手く昇華させて、命は進化してきたんや。そやから、羨ましい、と思う心は、悪いモンとちゃう。
自分のその指輪が、”財宝”と”呪い”っちゅう、両極をもたらすんは、そう言うこっちゃ」
クレハは自分の右手の中指に収まった金の指輪を見つめる。
呪いの指輪と思っていた。けれど、確かにアンドヴァラナウトは財宝と呪いをもたらすドワーフ族の宝物と北欧神話では定義されている。
「マイナス面しか見ていなかった。」
すっかり恩恵の方、”財宝をもたらす”に興味がないせいで、不利益ばかり気にしていた。
「自分、財宝に興味がないとか、おかしない?普通、お宝狙うんは、財宝欲しいからとちゃうんか?」
「うーん、地下迷宮の探索は、お宝さがしと言うより、地図作りが目的だったし。罠とか、隠し部屋とか、ワクワクするでしょ。ドワーフ族のお宝は4つと言われていたけど、後2つは有名なの知ってたから、それも、どこかにあるのかなあ、なんて思って探してたから、運よく見つけられたんだと思う。シフの金髪は不気味過ぎて、思わず持ってきちゃったけど、ちゃんと、オルドビス国に寄付してきたし。この子だって、触らずに宝箱閉めて来たのに、付いてきちゃうんだもんなぁ」
アレクの柔らかなグレーの毛並みを撫でる右手の中指で、キラキラと指輪が心なしか輝く。
「ま、そんだけ、好かれとぅたら、悪い事は起きへんやろ」
満足げに、お茶とお菓子を堪能して、ロロルは立ち上がった。
「ほな、わし、帰るわ。おもろいモン、見してもろうてありがとな。そいつ不器用なやっちゃけど、大事にしたってや」
ロロルは優しい目で指輪を見つめる。
「え?もう少し、ゆっくりしていかれても」
「おおきにな。けど、バト坊が怖い顔しとぉし、わし、呪われとぉから、あんまし長居すると、ここにおる星霊が闇落ちするしな。流石に、そら申し訳ないわ。」
ん?と首を傾げている間に、さも良い事を思いついたと言うように、ロロルはポンと手を打った。
「そや、折角やから、一つ、昔話したる。
名も無き神さんが、この世界を離れる時に、後を誰に託すか、言う話になってな。
神さんには、二人の優秀な後継者がおったんやけど、どっちにするか決めかねとった。
散々、悩んだ神さんは、漸く、この世界に相応しいと思うモンを贈った方に託す、って、決めた。
言われた方は、えらい迷惑な話やろ?相応しいってなんやねんってなるやん。
んで、一人は”祝福”を一人は”呪い”を贈った。
どっちが、この世界を託された、思う?」
そこまで言うと、ニヤリ、と笑って、ロロルは消えた。「ほなな~」
暢気な声だけが、物置小屋に残された。
「あー、もう、あの人は!全く!」
いつもああやって、好き勝手するんです、とバトラーが、申し訳なさそうにクレハに謝った。
「転移したの?転送陣も使わずに?」
「長年の逃亡生活で、あの人、あちこちに転送陣を仕込んでいるんですよ。服の裏地とか、ベルトのバックルの裏とか」
そう聞いています、とバトラーは忌々しそうに言う。
「この小屋も、マーキングされてると思いますので、燃やしますね」
転送陣は、飛ぶ先が固定されている。クレハのもつ帰還陣がそうだ。ここに飛ぶ、と言う事は、この物置小屋に陣が刻まれた、と言う事だ。
「いつの間に?そんなそぶりありませんでしたよ」
懐疑的なアンに対し、目を細めて、バトラーはロロルの座っていた椅子の背を示す。
そこには小さな転送陣が刻まれていた。
「まさか⁉」
絶句するアン。
そして、次に指差した足元の地面、テーブルの脚の傍にも一つ。
「全部、探すより、燃やした方が早いのです」
呆気にとられるクレハの腕の中で、ブルブルとアレクが震えた。
「アレク?」
そう言えば、随分と大人しかったなあ、と思い出す。
『怖かった・・・。何あれ、あんなの知りませんよぉ』
半泣きのガイド猫のつぶやきは、ガタゴトと家具を動かす音で、クレハには聞こえなかった。
ロロルの残していった、”この世界に相応しい贈り物”の話に引っかかるものを覚えたクレハは、その後、暫く、名も無き神様の神話の研究に没頭した。
幸いなことに天空島に名も無き神様の神像がある事はわかっている。途中で調査団から抜けたとは言え、それまでの調査資料も手元には残っている。勿論、守秘義務はあるから、公には出来ないが、自分で考察する分には問題は無い。そう言う契約だ。
走り書きのメモから、考察途中の下書きまで、書き散らかしたものの中から、関係のありそうなものを探し出す。
あの時は、妖精と星力、魔力と旅人の関与が天空島に与える影響に考えが集中していたから、こうして、改めてメモを見返すと、色々、面白そうな物も出て来る。
「あった」
横道に逸れそうな気持ちを抑え込んで、見つけ出したメモには、名も無き神様の神像の足元に刻まれたレリーフと模様のように見える古代文字の写し。
名も無き神様に仕え、このエターナル・エデンの創世に助力した二亜神の記述。
「えっと、ネ、ロ、ル、と。ロ、ロル?」
「まさかね」
千本の腕と二面の顔をもつ亜神が、ネロル。
蛇身と蛇の髪をもつ亜神がロロル。
ネロル→祝
ロロル→呪
「嘘でしょー!」
クレハの右手の中指で指輪がチカリと瞬いた。




