32 シャーマンのロロル
地下迷宮探索第二弾の準備もそこそこに、自宅に戻って来たクレハたちを迎えたバトラーは、同行者を見て、思い切り顔を顰めた。
バトラーが、感情を表に表すとは珍しい、とクレハとアンが戸惑っているにも拘わらず、ただのシャーマンのロロルと名乗った青年は、バトラーにひらひらと手を振った。
「何や、バト坊やないの。自分、そないな真面目なかっこして、傭兵団辞めた、言うの、ほんまやったんやなあ。ほいで、何や、わしの事、探しとったらしいやないの。それ、あれか、この別嬪さんの、呪いの指輪の事か?こないなおもろいモンって、何で、はよ、教えてくれへんかったん?知っとったら、直ぐにでも、飛んできたわ。自分の事やから、きっと昔の事、根に持っとんやろ、思うてシカトして、損したやないの。わしの貴重な時間、返してぇな」
”バト坊”と呼ばれ、好き勝手に話すシャーマンにピキピキとバトラーの額に青筋が立つ。
「そやけど、まあ、今回は許したるわ。いやー、それにしても、落ち着く家やなあ。ええなあ、わしもこないな家に住みたいわ」
「お帰り下さい」
「「バトラー⁉」」
三人の目の前で、玄関の格子戸は、ぴしゃりと閉められた。
自宅から締め出され呆然とするクレハの前に、ほどなく、完璧な執事の笑顔を張り付けたバトラーが、完全武装で再び現れるのに、そう長くはかからなかった。
「申し訳ございません、ご主人様。この男は、一度、家に招き入れると、その後は自由に転移してくる、と言う厄介な能力を持っております。ですので、この屋敷に一歩たりとも、足を踏み入れる事は、許可できません。例え、ご主人様が許可を出されても、このバトラーの目の黒いうちは、決して、決して、決して、認めません。良いですね、アン。これは、ご主人様の安全の為に、絶対、何があっても、必ず、守るように」
物凄く、繰り返して、念を押され、街中での邂逅を思い出し、アンもしっかりと頷いた。その体から、ひんやりと冷気が漂うほどで、ロロルを抑えている右手にも知らず、力が込められたらしく、シャーマンは痛い痛い、とわめいている。が、当然、無視だ。
「でも、バトラー、この指輪の呪いの話をするのに、他人に聞かれるのは拙いよ」
「物置小屋がございます。あちらでしたら、使用後に破壊しても問題ありませんので、そちらにいたしましょう」
そこまで、徹底的にしないといけないのか。
ちょっと、早まったかな、と数歩離れた。
「何や、バト坊。かしこなったなあ。そやけど、もう、家の敷地内に入ってしもうたさかい、手遅れやでぇ。残念やったなぁ。ちゅうことで、諦めて、家ン中、入ろ、な」
ぶわっと、バトラーとアンから殺気が溢れた。
「「殺す」」
「ちょお、待って!」
「ちょっと、ちょっと、二人とも落ち着こうか、ね」
掴んだ肘をグイと後ろに捻り上げたアンに、ロロルは堪らず、膝をつく。体を捩じって少しでも負担のかからない体勢を取ろうとしているようだが、アンは折るギリギリの角度に肘を固定し、更に、ロロルの足を踏みつけて、動きを封じていた。
その様子を満足げに見下ろして、バトラーが、右手だけ獣化し、その鋭い爪をロロルの目に突き立てる寸前まで伸ばした。
「あなたがご主人様に危害を与えないと約束するなら、今回だけは、その眼球一つで勘弁しましょう」
にっこり笑った口元から狐の牙が覗いている。
「バトラー?」
「ご心配には及びません、ご主人様。この男は、呪われているのです。眼球の一つや二つ無くしたところで、また、直ぐ、生えてくるのですから、遠慮は無用です」
「そない殺生な。いくら生えてくる言うても、抉られるのは痛いし、生えるまで、不便やないの」
「なら、二つとも抉ればいいのでは?」と、アン。
「なして、そうなるん?可哀そうやと思わへんの、自分ら」
「「全く。ちっとも。全然」」
もう、クレハは一杯一杯だ。
眼球は二つしかないし、当然、失ったからと言って、生えて来るものでもない。しかし、目の前で、言い争う三人は、生えてくれ前提で話を進めている。
「うなぁ」
生垣の向こうから、何事かとアレクが顔を出した。
クレハはほっとして、愛猫を抱え上げ、どうにか、アンとバトラーを宥めて、物置小屋に向かう事にした。
シャーマンのロロルは、昔、バトラーが、夢幻傭兵団に所属していた時に知り合ったシャーマンで、呪いの指輪がクレハに魅入られた時、解呪を依頼しようと考えた呪禁師が引退していたため、仕方なく、連絡を入れた人物だ。
「何や、わし、二番目かいな。なんでやねん。わし、アベノ爺さんより優秀やで」
「あなたみたいな性格破綻者を大切なご主人様に近づけるのは、嫌だったんですよ」
アベノ爺さん、と言うのが、最初にコンタクトを取った呪禁師らしい。彼にも、ドワーフ族の呪いのアイテムの解呪など、ロロル以外には難しい、と言われてはいたが、出来る事なら、避けたかったのだ、とバトラーは言う。
「えらい嫌われたなあ。何でや、わし、バト坊になんかしたか?」
「散々、こき使っておいて、これだから」
イライラするバトラーも珍しい。
「それで?呪いの指輪からご主人様を解放する事は出来るんですか?」
話がなかなか進まない事に焦れたアンが、ひんやりとロロルの手を取って、テーブルの上に押さえつけた。
ふっと笑って、襟からピンを一本抜き取る。それを左手の小指の爪の間にそろそろと差し込もうと近づけた。
「アンちゃん⁉」
それは、所謂、拷問では?
ぎゅうぎゅう、アレクを抱き締めて、クレハの心臓はバクバクと音を立てる。
「ご主人様、あちらに軽食をご用意いたします。少々、お待ちください」
にっこりと微笑み合うアンとバトラー。
「うわぁ、待ってぇな。ほんま、シャレにならんて。わかった、わかったから。余計な事せんと、ちゃんと調べるから」
クレハに去られては、何をされるかわからない、と流石に危機感を抱いたシャーマンは、ここへ来て漸く、覚悟を決めた様だ。
体を椅子に縛り付けられて、左手は人質のまま、ロロルは、目の前に差し出されたクレハの右手をじっとりと観察する。はあはあと興奮した息が主人の手にかかるのを嫌悪して、新たに口元に布を巻かれた。もっとよく見ようと伸ばされた右手はバトラーによって叩き落される。
「何するねん、もっと近くで見な、細かなとこわからへんやろ。内側とかも見れへんやないの」
「触るな」「触らないで」
はあ、と溜息をついて、クレハは指輪を外すと、ロロルの手のひらの上に置いた。
「うっひょー。何やこれ。えらいなぁ。自分、こんなん、つけて、どないもないって、どんだけやねん」
ギリ、と押さえつけられた左手に圧がかかる。
「ちゃうちゃう、馬鹿にしたんとちゃうって。感心したんや。こないな呪いを受けて、無事でいられるって、何やすごいなあ、って話や。って、あれ?」
言っている間に、指輪は、クレハの中指に戻っている。
「あちゃ~。ほんまに自分、そいつに好かれとぅんやなあ。あかん、バド坊、これ、解呪、無理やわ」
ああン、と殺気立つ二人と対照的にクレハはやっぱりそうか、と肩の力が抜けた。
「もういいよ、アンちゃんもバトラーも。別にこの子、悪い事してないし」
「ですが、ご主人様」「これからも、問題ないとは限りません」
「それはそうかもしれないけど。なんか自ら、魔よけの指にはまりに来るし、本当は呪いの指輪なんてやりたくないのかもよ」
「ははは、おもろいなあ、自分。そんなあんたやから、その指輪もあんたの傍が居心地ええんかもしれんわ。でも、まあ、ほんま、気ぃ付けや。そいつ、他の指にはめたら、自分、死んでまうで」
「「「はああ⁉」」」
「だって、そいつ、魔力の塊やん。そんなもんハーフハイエルフが身に付けといて、無事な訳あらへん。星力吸い取られてお終いや。そいつが魔よけの指にいて、呪い=魔力を防いでるんやろな。自分が望めば、呪いを財宝に変えてくれるんとちゃうか?」
これは、もっとちゃんと話を聞くべきだ。
解呪できない、役立たず、とロロルを罵倒しながらも、不本意ながら、ロロルをもてなす準備をするバトラーだった。




