31 もう一つの厄介事
久方ぶりの我が家で、のんびりくつろぐ。
気を遣わずに、ゴロゴロ出来る環境の偉大さを痛感する。
「あー、楽しかった。けど、しんどかったー」
こたつに入って、ゴロンと横になると、猫のお腹に顔を埋めた。
「猫吸い~」
『お疲れ様です、クレハさま。でも、やめて下さいよ、くすぐったい』
「やだー、癒してー、アレキュ~」
むーと前足を突っ張る愛猫をわきわきと撫でてるクレハを微笑ましそうに見ながら、アンはジャスミン茶を淹れた。そして注意深く、主の様子を窺っている。一方、バトラーは一息つくことも無く、出かけていた。
「これ、どうしよう」
彼女の目に映るのは、何の装飾もないくるりと巻きついただけの金の指輪。スドリ迷宮の隠し部屋で見つけた宝箱の中にあった物、もう一つの厄介事、だ。
そう、隠し部屋を見つけて、そこにあった宝箱は開けた。だが、中身が指輪だった為、回収せずに、そのまま、蓋を閉めて部屋から出たのだ。クレハたちが出た後、隠し部屋は消えた。そして、全ての探索を終え、迷宮から出たクレハの右手の中指にいつの間にか、その指輪がはまっていた。
アンドヴァラナウト: 財宝をもたらすが、所有者に呪いをもたらす魔法の指輪。
間違いなく、これはアンドヴァラナウトだろう。手に取ってすらいないのに、所有者とされてしまったクレハに、アンとバトラーは真っ青になった。恐れながら、とクレハの指から抜いて、投げ捨ててみても、次の瞬間に、それはクレハの右手の中指に戻って来る。それでは、とバトラーがはめて握り込んでみたが、これまた、気が付けばクレハの指に戻っているのだ。
「財宝と呪いをもたらす魔法の指輪、ねえ」
装飾の一つもないつるりとした金の指輪。どの指にはめても、ピタリとサイズが調整される。けれど、やはり、右手の中指に戻って来るのだ。
指輪をはめる指にはそれぞれ意味がある。
一番有名なのは左手の薬指で、結婚指輪など永遠の愛を象徴する。
では、右手の中指は?
邪気を払い、魔を退ける効果などお守りとしての役割を持つ。
そんな指に好んで嵌ろうとする呪いの指輪、とは?
「右手の中指で呪いが封じられれば、只の財宝をもたらす指輪になってたりして」
軽い調子で呟いたクレハに、アンは思わず、テーブルを叩いた。
「な、何を暢気な事をおっしゃるのですか!捨てても戻って来る呪われた指輪がもたらす財宝など、ロクなものではありません。バトラーが呪禁師を探しに行っています。あの方は、出来ない事は決してやらない人です。なので、必ず見つけて連れてきます。ですから、投げやりにならず、お待ちください」
いつも控えめで口数の少ないアンが、主人であるクレハにこれ程、強い口調で抗議するのは初めてだ。言い終えて、しまったと、唇を噛み締めている。
呪禁師とは、平安中期に陰陽師に吸収されてしまった宮中の役職の一つで、典薬寮という薬を扱う部署に所属し、主に呪詛返しや病気の霊的処置など、呪術医療的な役割を担う専門職だ。
陰陽師の様に有名でもなく、”陰陽師シリーズ”が流行った時にオタク心を刺激されて、色々調べた歴女もどきだった紅葉だから、呪禁師と言われて、ピンときたが、知らない人には、何それ?危険人物?ととられかねない職業名だ。
「ごめんね、アンちゃん。でも、本当に、そんなに気にしてはいないのよ」
『だって、ゲームの中の話だもの』
苦笑いを浮かべ、えいっと起き上がる。
「久しぶりに、ゆっくりお風呂に入りたいわ。お願いできる?」
「・・・はい。準備して参ります」
完全には納得していないものの、長旅の疲れを癒すのに入浴はお勧めだ。アンは一礼して、クレハの前から下がった。
「ひょっとして、また、私のせいで新しい職業が出来た、とか?」
起き上がりはしたが、がっしりとアレクを捕まえたまま、後ろ足で立たせて前足を上下に振って遊ぶ。
アンが席を外した隙を狙って、ガイド猫に尋ねたが、アレクは無言で首を横に振った。
「それなら、良かった。」
ほっと一息ついたクレハを、アンが呼びに来て、ガイド猫はそれ以上の追及を逃れたのだった。
「え⁉いるの?」
息子にかけたLIME電話で、呪いを解くことが出来るキャラの話を出してみると、息子の龍樹はあっさりとそう答えた。
「そのジュゴンシ?って言うのは知らんけど、呪いを解いて欲しいなら、シャーマンだね。あと、旅人の中に占い師とか陰陽師を名乗ってる人もいるから、そっちに聞いてみても良いかも。
旅人の方は、レベルを見れば、実力は知れるから、安心。だけど、NPCのシャーマンの方が、基本、能力は高いらしいよ。ただ、”さすらいのシャーマン”って名乗るぐらい、癖が強いって噂だし、先ず、見つけるのが大変。それに、かなり吹っ掛けられる、とも聞いてる。
で、何、母さん、呪われたの?」
ウキウキと問われて、じとりと画面をにらみ、はあ、と紅葉は溜息をついた。
「まあ、それに近いのかな。私はあんまり気にしてないのだけれど、アンちゃんたちがね、」
「アンちゃん?」
「え、まぁ、友達?」
「へぇ、母さんにもEEC16でフレ出来たんだ。実年齢、言わない方がいいよ、引かれるから」
「ほっといてくれる?」
そんな会話の後、EEC16関連のサイトでシャーマンや陰陽師を検索した。
旅人の方は、直ぐに調べがついた。
夜な夜な街角に怪しげな水晶玉を置いて、道行く人々に声をかけている占い師は、どう見ても詐欺師だ。
そして、如何にもな狩衣を着て、人型の紙から魔物を呼び出している陰陽師は、どう見てもサモナーだ。
『来い、我が式神!』とか言って、人型を投げるとそこから魔物が出て来るのだが、紅葉にはそれが、ティムしたカイコガの黄金丸を召喚した、テイマーでサモナーのリ・リーの姿にダブった(勿論、彼女のかわいいリ・リーは、そんな痛いセリフは言わないが)。
自分のサーバーにいる陰陽師や占い師は、まともな人であって欲しいと切に願った紅葉だった。
一方、NPCであるシャーマンに関する情報はあまり多くは無い。
龍樹が言ったように、ネームドNPCでありながら、ランダムに出現するキャラらしい。
さすらいのシャーマン:ロロル
公式のホームページのイラストでは、20代前半の青年の様に見える。真っ白な長髪をポニーテールに括り、金の瞳を持つ綺麗系男子だ。
自らに掛けられた呪いを解くために、世界中を旅している、らしい。
「ちょお、そこの別嬪さん。何や、自分、おもろいモン持っとぉなぁ、ちょお、見してくれへん?」
春の気配を感じさせるヴァルゴの街を、アウストリ迷宮の探索準備に取り掛かろうと買い物に出ていたクレハは、胡散臭い関西弁で話しかけられた。
大声で通りの向こうから手を振ってこちらに走って来る青年。
自分に話しかけられたとは思わず、クレハは気に留めず、歩いて行く。
「ちょお、待ってえな。黒地に桜模様の着物着てるあんたや、あんた」
そう言われて、左右を見回すと、周囲の目が自分に集まっている。勿論、着物を着ているのはクレハ一人だ。
「私?」
「そや。自分、ようそんなん身に付けてて、何ともないなぁ。それ、呪いの指輪やろ」
その言葉が言い終わるか終わらない内に、青年は、アンによって、地面に押さえつけられた。
そのお陰で、クレハの指輪が呪いの指輪と大声で宣伝されるのは避ける事が出来た。
「ちょお、痛いって。何で、わし、こないな事されなあかんの。その指輪、見してって頼んでるだけやん」
涙目になる青年がこれ以上、不穏な事を言う前に、この場を離れよう。ザワザワとした周囲の様子に何事かと衛兵がこちらを窺っているのを見て、クレハは青年に囁いた。
「場所を変えましょう?ここでは目立ちすぎます」
「なんや、見してくれるんか。ほな、はよ、行こか」
クレハが頷いて、アンは青年の肘をしっかり押さえて立ち上がらせる。
「自分、強いなあ。そんなに警戒せんかてええやん。わし、ロロル、言うねん」
その名前には聞き覚えがあった。
「ロロル、さん?さまよえるシャーマンの?」
「何やそれ、けったいな名前やなあ。そんなんとちゃうで。わしは、ただのシャーマンのロロルや」
『やっぱりー』
尋ね人ではあるものの、どうやらまた、変なものを引き寄せてしまったようだ。




