30 迷宮の秘密
「迷宮の秘密を教えよう」
慌てるクレハににっこりと笑うイバラ。
『怖い、怖いって』
「まあ、それ、アタシが聞いても良いの?」
助けを求めようにも、ル・ルーも乗り気だ。
「別にお前なら構わない」
そう言って、イバラは話し出した。
「迷宮のドワーフ族のお宝をバロネスは知っているか?今回、旅人たちに報酬として提供されたそれらは、実の所、本当のお宝、では無いのだ」
今回の夏休みイベントで、4つの迷宮から得られる4つのドワーフ族のお宝
ミョルニル: 絶対に外れない、戻ってくるハンマー。
グングニル : 決して的を外さない槍。
ドラウプニル : 9夜ごとに同じ重さの腕輪を8つ生み出す黄金の腕輪。
スキーズブラズニル : 畳めばポケットに入るほど小さくなる船。
これらの他にクレハは、北欧神話のドワーフの逸話から
アンドヴァラナウト: 財宝をもたらすが、所有者に呪い(破滅)をもたらす魔法の指輪。
シフの金の髪: 本物のように伸びる金の髪。
この2つのお宝もどこかにあるに違いない、と迷宮探索の目的の一つに挙げていた。
けれど、イバラは、これら一般に知られている秘宝は本当のお宝ではない、と言う。
「本当のお宝は、それらの入っていた宝箱、の方だ」
「はあ⁉」
クレハの反応に我が意を得たり、とニヤリと男前に笑って、イバラが続ける。
「元々、迷宮に湧く魔力を封じ込めるための道具が宝箱なのだ。そして、集めた力を貯めておくアイテムがミョルニルなどの所謂、お宝。なので、ため込んだ力に応じてお宝の性能が変わるのは当たり前。初回踏破者のお宝が一番魔力が多く籠められていて、その後に宝箱が生み出したアイテムは魔力が少なく性能が劣る、と言う訳だ。
ところが、モンスターハウスが開いてしまうと、そこから無限に生まれる魔物の生成に、迷宮の魔力が使われてしまう。そうすると、宝箱は魔力を凝集しお宝を生み出せなくなる。今、宝箱が”外れ”と噂されているのはそのせいだ。
そんな理由もあって、ノルドリ迷宮のモンスターハウスは一度閉める事にしたのだ。
これからは、順番に各迷宮のモンスターハウスを開け閉めすることになる」
ついては、ヴェストリとスドリのモンスターハウスの場所も調べて欲しい、と、追加の依頼が発生した。
「そう言う事なら、アタシも張り切っちゃうわ。貴女に上げたアイテムのエンチャントが途中で切れてしまったみたいなの、エンチャンター:ル・ルー一世一代の大ポカよ。このままでは、死んでも死にきれないわ。リベンジさせて頂戴」
クレハの持つ星力を見誤った、と平謝りのル・ルーに、逆にクレハの方が申し訳なくなる。
実は只のハーフエルフでは無く、ハイエルフとのハーフなのだ、とは言えなかった為、ル・ルーが見誤ったとしても、仕方が無い。
しかし、その仕事を受けると、リ・リーから借りているメダルの借り出し期間が大幅に伸びる事になる。これは、全てのトラップを網羅して、地図を作製するよりも、どこかの迷宮を早々に攻略して自分たち用にメダルをゲットする方が先、と目的を切り替えるべきか。ならば、リ・リーたちの探索結果を反映して既にある程度完成した地図のあるヴェストリ迷宮にしよう、と決めたクレハだった。
ヴェストリ迷宮を攻略した後は、ヴァルゴに戻って、数日ゆったりと過ごし、スドリ迷宮に潜った。EEC時間でほぼ二か月かけて、ヴェストリとスドリの迷宮を攻略したクレハは、完成した地図を、イバラに渡した。モンスターハウスは、この二つの迷宮では場所の確認だけにしてある。アウストリ迷宮のモンスターハウスが意図せず解放されたため、それと思しき場所があっても、深くは追及していないからだ。最初のノルドリ迷宮に続き、アウストリ迷宮のモンスターハウスが解放されたため、暫く、根の国のあちこちで魔物が跋扈していたが、スタートダッシュとばかりに、押し寄せた旅人たちやエターナル・エデンの冒険者たちが、大喜びで狩りまくり、討伐はスムーズに進んだので、結果オーライだ。
クレハの迷宮地図を得て、次に解放するのはヴェストリとスドリどちらの迷宮のモンスターハウスか、決めるのはイバラとトーリン王だ。ノルドリ迷宮のモンスターハウスは、つい先日閉鎖された。溢れ出る魔物に阻まれて攻略を止めていた旅人たちが、早速、探索に押し寄せているらしい。踏破済みではあるが、趣の異なる迷宮が四つもあれば、全てを攻略したくなるのは、ゲーマーとしての性だ。
その気持ちはよくわかる。
だが、クレハにとって、それは今では無いのだ。
「取り敢えず、今は、ここまで。ノルドリもアウストリも、モンスターハウス自体の場所はわかってるから、急ぎませんよね。ノルドリは旅人たちの勢いが落ち着いたら、で、アウストリも閉鎖後暫くしてから続きを探索します。お日様が足りない。光合成したい」
アウストリ迷宮とスドリ迷宮の地図を完成させたクレハは、今、日の光が無性に恋しい。この二か月で、地上にいた時間は一週間に満たない。
「バロネス、それを言うなら、日光浴では?」
イバラに苦笑交じりに訂正されたが、クレハの気持ち的には光合成気分だ。体の中の何かが不足していると、警鐘が鳴っている。
「暫くは、地上でのんびりしたいのだけど」
今、クレハの住むシデリアン国ヴァルゴは星鳥月(2月)の末。ここ、北のオルドビス国の様に、雪に埋もれる様な気候では無いが、時折、どんよりとした厚い雲が空を覆い、チラチラと雪が舞う事もある季節だ。猫のアレクと一緒にこたつに入り、暖かいほうじ茶で、ほっこりと冬枯れの景色に春の芽吹き待つ気分を楽しむのも良いなあ、と夢想する。
「それでは、お日様に当たっていない」
ハハハと笑われて、クレハも、そうだな、とつられて笑った。
「それはそうと」
そう言って、バトラーを振り向く。イケおじ執事は一つの箱を手にずぃっと、それをイバラに差し出した。
「これは?」
警戒して直ぐに手を出さないのは流石に根の国を統べる鬼人族の長だ。
「えっと、ヴェストリ迷宮の隠し部屋で見つけたドワーフ族のお宝」
申し訳なさそうに紹介したクレハの言葉に合わせて、バトラーが箱の蓋を開けた。
「⁉」
途端に溢れだした金色に、一瞬でイバラは飛び退り、背に負っていたメイスを抜いた。脇に控えていた戦士たちも、それぞれの武器を手に殺気を漲らせる。
小箱から溢れ出たのは、金糸、否、ドワーフ族のお宝の一つ、本物のように伸びる金の髪、シフの金髪、だった。
「見つけたのは良いのだけれど、これ、どうしたら良いと思います?」
途方に暮れるクレハの問いかけに、イバラも声を失った。
そうしている間にも、うねうねとシフの金髪は伸び続ける。
「お宝って言うより、呪いのアイテムですよね」
「いや、一部には非常に需要の高い争奪戦が起きてもおかしくないお宝だ」
イバラの鋭い目が、それが髪の毛と知った途端に、己の武器を取り落として手を伸ばそうとする部下の動きを、押しとどめていた。
「トーリンとル・ルーを呼べ」
ハッと表情を改めて、シフの金髪に魅惑されていた部下は、イバラの命令に従うべく、踵を返した。
トーリンはオルドビス国の国王で、ル・ルーはエクタシアンのエンチャンターだ。二人とも、イバラの友人で、クレハの迷宮探索の依頼人でもある。
予想通り大事になりつつある事態に
「暫く、迷宮探索は遠慮したいなぁ」
とクレハは呟いた。
シフの金髪は、ル・ルーがエンチャントした宝箱に厳重に封印され、オルドビス国の宝物庫に収められた。研究の為、一本だけ取り出された金髪が、魔力を糧に伸び続ける性質を生かし、魔物拘束用のロープとして使用されるようになるのは、もうしばらく先の話。
(その過程で見るからに金髪のヅラをつけた者がいたとかいなかったとか、噂の真偽を確かめる者は誰もいなかった。)
「お詫びと言ってはなんだけれど」
と、クレハは改めて一枚の紙を差し出した。
流石に、イバラの視線が痛い。
「これは、アウストリ迷宮近くの廃鉱山の地質調査の結果。多分、未発見の緋緋色金の鉱脈」
「なっ⁉」
イバラの目が零れんばかりに見開かれる。
「私の集めた古文書の中に、初期王朝時代の鉱夫の日誌があって、そこに、”あるはず”と、書かれていたのが、今回発見した鉱脈。周囲のレイスは一応退けたけど、時間が経てば、また、湧いて来るかもだから、早めに調査した方が良いかと思います」
「そんな貴重な情報を」
「だって、私一人じゃ、どうしようもないです。個人の趣味で採掘するには、条件が悪すぎるし、大体が、鉱山の権利とか、めんどくさそう。ずっと、この地下の国で頑張って来たイバラさまたち鬼人族には、何か恩恵があっても良いと思うんですよ。第一、緋緋色金だけ手に入れても、加工にはドワーフ族や鬼人族の技術が必要なんですから」
『ゲーム時代のEECなら、適当な武器で鉱脈を殴れば、貴重な鉱石もコロンとゲット出来たし、武器屋に持って行けば、勝手に武器になったけどね』
VRMMOの良い点であり、面倒くさい点でもある。
「心からの、感謝を」
と、イバラは、膝を折ると、クレハに深く頭を下げた。
『厄介事(シフの金髪)の迷惑料位にはなったかな?』
クレハは、もう一つの厄介事を言い出せずに、イバラと別れたのだった。




