28 いざ、迷宮へ
概ね、穏やかに夏休みイベントは終了し、根の国のゲートは旅人に解放された。
迷宮踏破者数に応じて、それぞれのサーバー毎に解放されるゲートの数は異なるが、おおよそ、3~5のゲートが解放された。
イベント報酬受け取り時に、迷宮踏破者に渡されたメダルは、レイス除けとして、地底探索に必要なアイテムだが、その数は限られている。けれど、イベントは終わっても、迷宮は存在し続けており、ドワーフ族のお宝を得る事は出来ずとも、迷宮攻略報酬として、そのレイス除けのメダルが与えられる事になった。これにより、今回の夏休みイベントに参加できなかったユーザーも、メダルを手に入れる機会を得る事が可能となった。
旅人の活躍により、魔力濃度の低下した根の国の門戸は、NPCにも開かれ、中堅レベルの傭兵や冒険者でも根の国で活動が可能になった。こうなれば、根の国の魔力汚染の改善も更に進む事が期待される。
それでも、さすがにNPCが長時間活動するにはエンチャントされた高価なアイテムが必要だ。
「おかげで、儲けさせてもらってるわぁ」
と、ホクホク顔なのは、言わずと知れたエクタシアンのエンチャンター;ル・ルーだ。
彼女の妹ポジのリ・リーとその仲間たちは、無事に、迷宮を攻略し、ドラウプニル(黄金の腕輪)をゲットした。オリジナルは9夜ごとに同じ重さの腕輪を8つ生み出すが、レプリカは30夜毎ごとに1つ、と、かなり性能は落ちている。それでも、パーティ資金として、定期収入になるのは強みだと、満足しているらしい。
「貴女のくれた地図が役に立った、と喜んでいたわ。ありがとう」
ル・ルーに感謝され、クレハもホッとした。
「それでね、貴女にお礼がしたいんですって」
「そんな、子供たちに気を使ってもらう必要なんてないですよ。ル・ルーさまからエンチャントされたアイテムをもらっているのに、ろくなお手伝いも出来なかったんですから」
「それこそ、何言ってるの、よ」
そう言って、ル・ルーが差し出したのは、三つのメダル。
「これって、まさか」
「そぉよぉ、根の国でレイスに襲われないで、活動する為に必須のアイテムよ。
あの子たち、これから、また、”学校”でしょう。持ってても役に立たないから、その間だけでも使って欲しい、って」
クレハは、深々と頭を下げて、感謝を示すと、ありがたく借りる事にした。
これで、念願の根の国の迷宮探索が可能になる。
元々、地底に住んでいたドワーフ族が魔力汚染に耐え切れず、地上に移住し興した国が、北のオルドビス国だ。その時、魔力汚染を食い止めるべく地底に残った王族の末裔が、鬼人族で、長い年月をかけて、魔力に対する抵抗性を得た彼らがいなければ、地上にも今以上の魔力汚染が拡がっていただろう、と言われている。
その鬼人族をまとめている今の長が、イバラだ。
額の左右に、鹿のような角を持ち、赤銅色のカニの甲羅のような肉体は、女性でありながら、鬼人族最強の戦士の証明だ。そんな彼女は、今回のイベントで一躍世界に名を知らしめた。
何故かそのイバラが、今、クレハの目の前にいる。
そして、クレハの横には、
「うふっ、来ちゃった」
これまた何故か、ル・ルーが2メートルを超える自分の身長よりなお長い、巨大フレイルを抱き締めて立っていた。チェーンで繋がれた鉄球がぶらぶらしないように結んでいる可愛らしいリボンが妙に彼女に似合っている。
ここは、オルドビス国、傭兵ギルド。
根の国の地下迷宮に降りるには、まず、オルドビス国に行く必要がある。直通のゲートがそこにしか無いからだ。そして、現地の人であるクレハは、根の国のゲート解放の恩恵を受けないので、レイスに襲われないメダルを持っていても、根の国のゲートから出て、迷宮まで移動する事が出来ない。
地道に、先ずは、オルドビス国に行き、そこのゲートから根の国の迷宮へ、と言うルートを取る予定だった。
けれど、季節は冬。ゲート解放は秋の収穫祭に合わせて現実世界の10月に相当する極陽月の末日に行われた。今は、12月。月窮 月で、あまり雪の降らないシデリアン国とは異なり、北国のオルドビスは既に、雪に閉じ込められている。
クレハの持つメダルは、リ・リーとその友人たちが、善意で貸してくれているものだ。
雪解けを待ってからオルドビス国へ行くのは、流石に、時間がかかりすぎる。
と言う訳で、バトラーの昔のコネを使わせてもらうことにした。
”夢幻傭兵団”と言う、傭兵団の参謀をしていたバトラーは、オルドビス国のゲートに履歴が残っている。バトラーに触れていれば、一緒に転移できる訳で、更に、古巣の傭兵団にドワーフ族の知人もいて、連絡を入れると、強力な助っ人も頼んでおこう、と言われた、らしい。
ヴァルゴの傭兵ギルドのゲートをこちらもバトラーのコネで使わせてもらう。
自分も行きたそうにする傭兵ギルド長のバーンに、恨みの籠ったジト目で見られつつ、転移した先に二人はいた。
「強力な助っ人?」
クレハは首を傾げた。
「それは、私だ」
ル・ルーと対になるような巨大なメイスを手にイバラが頷いた。
イバラは2メートル越えの巨漢の(心は)乙女、ル・ルーの身長とほぼ同じ、そこから更に鹿のような角が伸びており、ル・ルーの半分ほどの身長しかないドワーフ族と同じ祖先をもつとは信じられない体格をしている。
ドワーフ族は小柄な人間が多いが、体格はがっしりとしており、一見すると丸い樽のような印象を与える。けれど鬼人族はどうやったら数百年で、その体格にまで進化したのか、と同じ祖先を疑う程、背が高い。中でも、イバラは鬼人族一の高身長を誇る。しかも、美女である。
「アタシが昔、ちょぉっと、おイタした時にイバラにはずいぶん助けてもらってね。それから、ずっと仲良しなの。トーリンは、イバラの幼馴染なのよぉ」
「は?」
トーリンとは、トーリン国王の事だ、と、信じられない顔をするクレハに念を押す。
そう、実に、クレハの目の前には高・低・高とM字に並んだ、三人が立っていた。因みにドワーフ族のオルドビス国国王トーリンは、自分と同じ長さのスレッジハンマーを持っている。
やはり、自分なんかが混ざって良い筈の無い人達である。
「迷宮のモンスターハウスの解放、ですか?」
何故、そんな悪役のような仕事を、普通のおばさんに頼むのかな?
クレハは苦笑いするしかない。
北のノルドリ迷宮でモンスターハウスの扉が開かれた。
これは、旅人が迷宮探索中に誤って開けた、とされているが、本当の所は誰も知らない。7つあるサーバーの全てで、モンスターハウスが開けられているのは不自然だし、場所もノルドリ迷宮とあっては、これは仕様なのだ、と思わざるを得ない。
そんな事までして、わざわざ、モンスターハウスを開けたのは意味があった筈で、そこから無限に溢れる魔物たちを狩る為に、旅人たちへのゲートが開かれたのだ。
「今、開いているノルドリ迷宮のモンスターハウスは閉める予定なのだ。その代わりに残る三つの迷宮の内のどれかのモンスターハウスを開けて欲しい」
そう言ったのはイバラだ。
「全ての迷宮にはモンスターハウスがあるが、湧く魔物の種類は異なる。故に、得られる素材も別物だ。
飽きっぽい旅人たちに、定期的に狩ってもらう為には、出現する魔物の種類を変えるのが望ましいだろう」
続けてオルドビス国王トーリンが言う。
それに関しては、その通りだと思うので、クレハは頷いた。何と言っても、旅人の戦力は貴重だ。そんな風に魔物の出現頻度と量が管理できるなら、地下世界の魔力汚染からの回復に大いに役立つだろう、と思う。それこそ、根の国が旅人へのゲート解放に積極的に賛成した理由なのだから。
クレハは、リ・リーたちから借りたメダルで、根の国を探索可能になったので、最初は東のアウストリ迷宮に行こうと思って、用意をしてきた。アウストリ迷宮の前身は、採掘技術がまだ未熟な時代に栄えた露天掘りの鉱山だ。その周囲には、割と掘りやすい所だけ掘った後、廃鉱山となった規模の小さな鉱山も多い。その中には、実はまだまだ、鉱脈が眠っている、と言う噂もある。
今回、クレハが狙うのもそんな見向きもされなくなった廃鉱山の一つだ。
『あー、クレハ様、業務連絡です』
そんな思惑もあり、ル・ルーたちの依頼をどう断ったものかと、考えているクレハに、ガイド猫アレクが、口を開いた。キャリーバッグの蓋を開けて、ぴょんとクレハの膝の上に乗る。
『イバラからのこの依頼を受けて下さい』
『根の国の迷宮全てに、モンスターハウスは設定されていたんです。で、このイベント中に、誰かが開けると予想していたトラップの一つだったんです』
実は、とガイド猫アレクが理由を説明する。
『ところが、先着順の宝さがし、の要素が強く出すぎて、後まあ、トラップが極悪な事もあって、怪しげな部屋なんてわざわざ開けないから、その罠には誰も引っかからなかったんです。
仕方が無いから、スタッフが出張して、ノルドリ迷宮のモンスターハウスは解放したんですが、それを、あちこちでやるわけにもいかなくてですね、今回の依頼、となった訳です』
『自業自得』
『全く持って、おっしゃる通りなのですが、お願いできませんか?』
『そりゃあ、迷宮探索だから、片っ端からトラップ踏破するつもりではいたけど・・・。モンスターハウスとわかってて開けるのは、ちょっと』
『根の国の長とオルドビス国王と運営がOKって言ってるんですから、OKなんですよ』
押し切られた。
「バロネスの迷宮地図がすごく役に立ったって、リ・リーちゃんも言っていたしぃ、貴女の事だから、他の迷宮の地図も当然、持っているのよね」
ル・ルーの笑顔の圧力が怖い。
「え?うん、あー、はい。了解。取り敢えず、最初は東のアウストリ迷宮で良い?」
「アウストリ迷宮ね。どう?二人とも」
イバラとトーリン王は、同意とばかりに武器を力強く床に打ち鳴らした。
クレハ達はそのまま、アウストリ迷宮へのゲートに連れて行かれたのだった。




