27 夏休みイベントはその後が鬼畜
イベント終了後に、エターナル・エデンを駆け抜けた脅威のニュース。
”根の国の北のノルドリ迷宮でモンスターハウスが開き、迷宮内から魔物が溢れ、地下世界に溢れだしている”
モンスターハウスとは、大量のモンスターが次から次へと湧くように出て来るダンジョンなどに時々現れるデスペナルティーのような一室で、普通は、誤って入ってしまった人が全滅すれば、モンスターも消える仕組みになっている。それが、今回のノルドリ迷宮では、モンスターハウスを開けた旅人が、その扉を開きっぱなしにしてしまったが為に、中の魔物が迷宮内、更には迷宮の外、根の国の大地にまで、出てきてしまった、と言うのである。
元々、根の国に生息していたのは、魔力がひと塊にまとまった肉体を持たないエネルギーの集合体のような魔物で、レイスと呼ばれていた。
レイス(幽鬼)は、魔力が実体のない姿へと具現化した、ただ他の生命を滅却するためだけの存在。霧の中を通り抜けるように、たやすく生き物の体を通り抜け、その際、その生き物の生命の炎を吹き消す。
実態を持たないが故に、物理攻撃は効かず、弱点は光。それ故、レイスは日の光のささない地底の国でその勢力を伸ばしていた。
ドワーフ族が地底を退去した理由も、増え続ける魔力に加え、その魔力を食らい強大な力を得たレイスに立ち向かう術が無かったからである。
だが、モンスターハウスからは、様々な魔物が出現している、と言う。
「ふーん、こういう形で、根の国のゲート解放の流れにするんだー、やるねー」
そしてやっぱり、鬼畜仕様だった。
根の国は死者の国を想起させるそのネーミングだけで、不穏だ。
海底牢獄のイベントが血なまぐさいものになって、批判が集中したけれど、本来は、根の国のイベントも殺伐したものだった可能性もある。いや、むしろ、そうでない筈が無い。
だって、死の国だよ。迎えに行っても100%失敗する前例しかない国なんだよ。
それに、
嫌なら遊ぶなって公共の電波で堂々と言っちゃうスポンサーだよ。
夏休みイベント自体は、取り敢えず、殺伐とまではいかずに終了した。しかし、その後が、これだ。
EEC16の公式ホームページを見ながら、紅葉は紅茶を飲んだ。お盆を過ぎたとは言え、まだまだ真夏日が続くが、適度にエアコンをかけた室内は快適だ。EEC16では、そろそろ冬になる為、毎回、ログインした時に、この季節感の違いには戸惑う。
「何々、迷宮探索に参加した旅人が入手したメダルがあれば、根の国内を歩き回っても、レイスに襲われない、と」
メダルのデザインが裏表、ホームページに掲載されている。
そんな詳細を載せて、偽物が作られたりしないのか、と思ったが、どうやら、そのメダルがレイスに有効なのは、メダルにため込まれた光の星力の効果らしい。
偽物を作る為には、光の星力を自在に操る能力が必要になる。
エターナル・エデンの生物は、生まれながらに星力を持っているが、それは、血液の様に全身を巡るもので、失われれば、死んでしまうものの、取り出して好き勝手に使う事など、殆どの人間には無理だ。
それが可能なのは溢れるほどの星力をもつエルフ族ぐらいなもので、日常生活全般に簡単な星力が使えるアンは例外中の例外だ。そんな人物が、自分なんかのメイドをしてくれているのは、
「かなり、優遇されてるよねぇ」
「ん?何が?」
おおっと、知らず、声に出していたようで、相変わらず、ネットで株情報を見ている夫が振り返った。
何でも無い、と手を振った所で、息子からのLIME電話がかかってきた。
お盆休みは帰省をしなかったので、会話するのも久しぶりだ。
「どう?ちゃんと食べてる?冷たいものばっかり飲んでたら駄目なのよ」
自分は夏でも、飲む物は暖かいのが好きな紅葉は、夏バテ防止にはそれが効果的だと信じている。
「まあ、適当に?それより、母さん、ちゃんと地下迷宮のイベント、クリアした?」
あっさりとスルーされて話題は、EEC16に移る。
「え?クリアしてない、と言うより、イベント自体に参加してない」
「何で?ドワーフのお宝だよ。初回踏破者じゃなくても、廉価版でも現時点で最上級の装備がもらえるのに、参加すらしないって。母さん、何でEEC16やってるのさ」
「いや、だって、迷うし。普通の街中ですら迷子になるのに、迷宮なんて無理でしょ」
「確かに、母さんの方向音痴は並じゃないけど!あー、勿体なー。母さんが何貰ったか、興味あったのに」
「たっくんのクランでイベントに参加した人いないの?」
「俺のクランは殆ど、現地の人」
夏休みイベント、地下の根の国のイベントは、ほのぼの探索系、と銘打った旅人向けのイベントで、参加していたNPCは、ゼロでは無いが、その誰もが、ル・ルーのような優秀なエンチャンターが魔力防御を施した強力な装備を手にしていた。それでも、旅人たちの活動限界時間より、短い時間しか迷宮には滞在できなかったのだ。
「イベント期間中は、仲間たちも文句言ってたけどさ。俺ら旅人が、一度踏破した後の迷宮は、魔力濃度が結構下がっているから、エターナル・エデン人でも活動可能になって、今、うちのクランで迷宮や根の国での狩りが流行ってるんだ」
ただ、宝箱の中身は違うみたいだ、との新情報を得る。
「で、俺がイベントでゲットしたのは、ミョルニルだったんだよ。剣士の俺じゃあ、ちょっと使い勝手が分からなくてさ。船、スキーズブラズニルが欲しかったんだけどなぁ」
スキーズブラズニルは、畳めばポケットに入るほど小さくなる船で、初回踏破者に与えられたオリジナルは、陸海空どこでも走行可能な優れものだ。廉価版は、最初に航行可能領域の設定が必要だが、これもまた、フラグでは無いか、と噂されている。
「解放されていない場所は残るは、天空島だろ?天空島に行くには飛行船が必要、ってなりそうじゃない?」
スキーズブラズニル、ドワーフ族のお宝アイテムであるそれならば、通常は到達不可能な天空島に行けるのではないか、と龍樹は言う。
「おー」
思わず、パチパチと手を叩く。
「そこまで考えて、ゲームするんだ」
紅葉としては、びっくりである。
「あくまで、予想ね。だけど、十分あり得ると思うんだよなぁ」
もし、母さんがスキーズブラズニルをゲットしていたら交換してもらえないか、と思っていた、と言う。
「?」
紅葉がクレハとしてログインしているサーバーは藍で、息子の龍樹がリュウジュとしてログインしているのは赤サーバーだ。サーバーが違うのだから、人の行き来は勿論、アイテムの行き来も出来ない筈だ。
「それが、なんか、裏技があるらしいんだよ」
星王庁の最奥に、送り先を括りつけて投げ込むと、届く、事がある、泉がある、らしい。
「ちょっと、あやふや過ぎない?」
らしい、の羅列に紅葉は顔を顰めた。
「そうなんだけどさ」
「大体、星王庁の最奥、って誰が行けるの?」
「さあ?」
心当たりが無い訳では無いが、何やら、知らない方が幸せな気がする。
どこかの腹黒なお金持ちが、小銭稼ぎにやっていそうな運送業を想像して、げんなりしていると、龍樹が、それはそうと、と話題を変えた。
「イベント中に、根の国の迷宮以外の場所で死んだら、復活出来ない、を検証した奴らがいて」
と、その動画を見せられた。
止める鬼人族を無視して迷宮の外に出た旅人の一団は、数歩も行かないうちに、根の国の魔物・レイスに襲われた。
”名前を言ってはいけないあの人”の出て来る某有名小説の牢獄の看守のような。
前評判通り、物理攻撃が効かず、魔法もほぼ無効。にも拘らず、『切っても切っても手ごたえがありません』と笑いながら、剣を振る姿に、安全な迷宮の入口で見ていた旅人や鬼人族は、唖然としていた。そんな馬鹿げた特攻をかましていたのは黄サーバーの有名検証クランで、『次、魔法行くぞー』と叫んで飛び出したのは、クランリーダー。炎と風の二属性魔法が使える高ランクの魔術師で、レイスに向かって特大の火球を放った。
レイスの群れを包み込んだ火球に、レイスの体は、飛び散るどころが巨大化する。
その後、次から次へと、様々な属性の攻撃魔法を放ち、唯一効くのは光魔法、を証明して、その黄サーバーの有名検証クランのリーダーは大喜びしていた。実際、メンバーたちも追い詰められているのに、笑っているのは、見ていてドン引きだ。
『次、アカウントが失われる理由の検証に入りまーす』
実体を持たないレイスに向かってメンバーが徒手空拳で走り出した。
通り抜けた後の旅人の体は、次の瞬間、糸の切れたマリオネットの様にその場に崩れ落ちる。一方、通り抜けられたレイスは、その旅人の姿形を写し取った実体を手に入れていた。実体のみならず、旅人の持っていた能力全てを写し取っていたようで、旅人の魔法を仲間たちに向けて放つ。二人の旅人が、仲間の魔法で倒された。その後、『再現性の確認』と叫んで、同様に別のレイスに魔力毎奪われる者が出て、最終的には、3名の旅人の姿を写し取った戦闘能力と実体を持ったレイスが生まれた。
レイスは旅人の体を通り抜けるだけで、その全てを吸い取ってしまったのだ。
検証クランは、メダルを装備した一人を除き、全員が死亡した。そして、後日、そのクランの代表者が、まっさらなアカウントでログインし、掲示板で、自らのアカウントがきれいさっぱり消えていた事を嬉々として報告している。
までが、一連の動画だった。
黄サーバーの有名検証クラン。やる事が半端ない。
「これまでの成果が、全部パーになったのに、大喜び、って、どんだけ、Mなの?」
紅葉は別サーバーで良かったと心から思った。
そして、黄サーバーには、そんな人達をコピーしたレイスたちが、根の国をうろうろしているかと思うと、黄サーバーの旅人に同情を禁じ得なかった。




