チョコの伝道師
次に到着したのは西側の工業地帯にある大きな工場の前のロータリーである。馬車を降りると甘い香りが広がり多くの作業員たちが整列しアステリアスとイレーネイルが降りると頭を一斉に下げた。
「ようこそチョコレート工場へ! 本日は視察との事で、隅から隅までご覧ください! 何か気になる事や疑問などがあれば説明させて頂きます!」
鼻息荒く声を上げたのは場違いなドレス姿の狸耳の女性。その横には執事姿の初老の男が付き従っている。
「宜しくお願いしますねぇ」
「はい、お任せ下さい! では、中へお入り下さいませ!」
ドレスの女性が入口へと向かうと作業員たちが重厚なドアを開け、足を進める土筆たち。顔を上げた作業員たちは足を進めるアステリアスに尊敬の瞳を向け、それがむず痒いのか土筆の腕にしがみ付く。
「腕を借りるのじゃ」
「構いませんが、どうかしましたか?」
「う、うむ、我はあの視線が苦手なのじゃ……我に対して期待や希望を向けて来る瞳……我は槍の守護者として魔物と戦っておるだけなのじゃがな……」
アステリアスに腕を取られた土筆はそのまま足を進め、それを見た笑美はニヒヒと笑いながら横を歩くココアの腕を取る。
「チョコの匂いが充満してるね~口の中が甘く感じるよ~」
「そうっすね。匂いだけで甘く感じるっすね」
「ん……チョコ……」
工場内に入ると受付があり多くのチョコ製品が並びチョコの絵が白黒で描かれた包装紙に包まれている。ナッツ入りやドライフルーツが入ったものには文字と絵で中に入っているものが解るよう簡単な絵が木版印刷で描かれている。
「ここの工場ではチョコの実を剥き溶かし砂糖を加え板状にして流通販売しております。砂糖の輸入量が大幅に増えましたが、まだまだ甘いチョコレートの値段は安価とまではいきませんね」
「南の大陸からの輸入量は十倍以上に交渉し、ホルステッド王国で作られている砂糖の輸入も決まったからな。これからはもっと多くの砂糖が入って来る。加工したチョコはまだまだ貴族向けの高い商品ばかりだな……」
「チョコの実だけではどうしても甘さが足りなく感じますので砂糖を加え原価が高くなって……水あめを使ってみましたがチョコレートが固まらず……」
困った表情で説明するドレスの女性にエルムレスも頷く。
「水あめは水分量が多いですから煮詰めれば固まるかもしれませんが……生チョコとかは作っていないのですか?」
土筆の言葉に「生チョコ?」と首を傾げるエルムレス。ドレスの女性がグイッと距離を縮め詰め寄ると腕を取っていたアステリアスが咳払いをして牽制する。
「な、生チョコとはいったい……どのようなチョコなのでしょうか?」
アステリアスの咳払いにも臆さずグイグイ来る女性に、土筆は指輪の保存機能から以前に作った生チョコを取り出す。
「アイテムボックスのスキルはあまり見せないようにと……」
レナからの注意に懐かしさを覚えながらも皿に乗せた生チョコを進める土筆。
「これが生チョコ……」
「あむ、味は普通ね」
一番に手を出したトクベリカに、なぜ一番に食べるのかという疑問を持つ乙女たち。
「私も食べる~」
笑美も手を出したことでイレーネイルとアステリアスも口に入れ表情を溶かし、ドレスの女性も指でひとつを摘まむとその柔らかさに驚き慌てて口に入れる。
「柔らかいです……溶けている訳でもないのに柔らかく口溶けが滑らかで……まわりの粉が少し苦いですがその苦みが甘さを引き立てて……」
「まわりの粉はココアパウダーですね。生チョコは柔らかすぎるのでココアパウダーでコーティングして隣通しでくっつかないようにしています」
「なるほど……水あめでは固まらない事を上手く生かしたチョコ……素晴らしいですわ!」
「作り方はそれほど難しくないですが、温度管理が普通のチョコよりも低めにしないと溶けてしまうかもしれませんね。それに生クリームを使っているので温度管理は確りとしてないと傷みやすいですね」
「なるほど……生クリーム……」
ぶつぶつと呟きながら頭を回転させるドレスの女性。
「あの、もしかしてあなた様は……ツクシさまでしょうか?」
「はい、土筆ですけど……」
「おお、神からチョコの木を授けられ、世界へとチョコを広めたチョコの伝道師さまでしたか!」
執事服の男が目を見開き胸に手を当て膝を付く。後ろでは笑美が肩を揺らしトクベリカが「伝道師って」と笑い出してはいるが、膝を付いた執事服の男はうっすらと涙を流していた。
「いつかお礼をしたく思っておりました……我らにこの工場を任せて頂いたイレーネイルさまとエルムレスさまにも感謝しておりますが、チョコという新たな甘味を地上にもたらした土筆さま……私が仕えていた前領主の行いを正して頂いただけではなく、チョコの伝道師さままでも連れて来て頂けるとは……エルムレスさま、感謝しますぞ!」
顔を上げ視線を向ける執事服の男にエルムレスは苦笑いを浮かべる。
「その、なんだ……お前は外の警備担当だっただけだろう……あの領主はこの国の法で裁かれただけだしな。感謝とかは別に要らないから立ってくれ……それと娘にこの工場の説明をさせてくれないか……」
ぶつぶつ呟き固まっているドレスの女性へ視線を送るエルムレスに執事服の男は立ち上がり頭を下げると、手を振り上げお尻を叩き木霊する破裂音。
「なっ!? おじい様! 痛い、痛いですわ!」
「いい加減にしなさい! エルムレスさまやチョコの伝道師さまの前ですよ! この工場を任された使命を忘れたのですか!」
「ううう、わ、解っていま……チョコの伝道師さま? えっ!? えええええええええ! ちゅ、ちゅちゅちゅくしさま!?」
ドレスの女性はお尻を押さえながら土筆の名前を盛大に噛み、爆笑するトクベリカと笑美。腕を取っていたアステリアスも肩を揺らし、エルムレスとイレーネイルは顔を背け感が口元を押さえる。
「土筆さま、申し訳ありません!」
「いえ、誰だって間違える事はありますから……」
「ん……ちゅくし……」
「ぷふぅ~ちゅ、ちゅくし、ちゅくしさま。あははははは」
ペティートの天丼にイレーネイルの口が崩壊し笑い声を上げ、エルムレスは肩を揺らし困った顔をする土筆と執事服の男。
「先に進みませんか」
「そ、そうですな。本当に失礼をしました……」
「ももも、申し訳ありません!」
受付から足を進めて工場内を案内されながら作業工程を見つめる土筆たち。大きな鍋で湯煎されるチョコの実が溶ける様子や、それを型に流し込む工程などは手作業で行われている姿に、小学校の時の工場見学を思い出す土筆と笑美。
「何だか凄いですね。やっている事は変わらないのですが、大掛かりな鍋とか大量に作られる様子は見ていて飽きませんね」
「うんうん、あんなに溶けたチョコとかお風呂だよ~」
「チョコ風呂……」
「あっちではドライフルーツを入れてるっす!」
感心しながら板チョコになる様子を見学する土筆たち。イレーネイルとエルムレスもその光景を確認しながらレガンス領の発展する未来を確信するのであった。
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