第5話 魔法戦の素顔
「僕は一等綺麗な妾になるよ」
「さようで」
しかし、シフェーン様は見目麗しい。
ご自分を利用しようと提案するのも分かる。
つまり、スシュンに代わって自分が王の妾か妻になると、どの辺まで麗しいのか。
「うちの姉よりも美しゅうございます」
「なんてことよなのよ! スシュン程心身ともに美しい者はない」
友情執事は黙ってはいられない。
勿論、自分もお守りしなければならないと譲らなかった。
「しかし……!」
アスカは、上着に拳を作ってきゅっと握る。
「シフェーン様は姉さんとの婚約解消になるが辛くないのですか」
「気を遣い過ぎだ。愛し合っていればどこで暮らしても同じだよ。自分がいかなければ、スシュンがいくのだから同じことだ。寧ろ、婚約者を守れないとはプロポーズの言葉に反している。これが心の吐露だよ」
夜中に発つ予定の神輿に、シフェーンが女装をして入れ替わっていた。
「あの夜、僕は僕なりに考えていた。同じ経験をスシュンに与えなくてよかったと」
「私も勿論同じ思いで、貢物を担ぎながら友情執事のフォローを入れておりまして」
「うん、ご飯係として立派であった」
「なにそれ。ご飯の大臣くらい言ってください」
肩を竦めて先を行く私をシフェーン様はどうお思いだろうか。
「大臣様、分かり申した」
「ぷっ。シフェーン様、折れるの早いです」
「ははは……」
「ふははは」
「安い笑い話だな」
「でしょうね」
◇◇◇
「どこさいきなさんかね?」
「旅の方ですか?」
「んだがや」
旅の者は軽装に見えて体中にお宝を抱えていた。
身に着けて移動するのも術だと思った。
「こっから、カルマノ国へ行こうしているんだが、海山ノ国では海賊も山賊も跋扈しているので怖いんですよ」
「世の中は広いですね、シフェーン様」
「そうだな」
「私たちは外の見聞がなく、氷刃国しか敵がいないと思っていました」
「ああ、北の大地は燃えるように寒いので気を付けた方がいい。そうだ、ここにカイロがある。腰に巻いておけば結構あたたかい。売り物だが、これからあたたかい方へ行くのでおまけして無料であげるよ」
気前のいい旅人に私は目を丸くした。
「いいんですか? 商売物を」
「大丈夫。これも縁だし、何かお互いに励まし合って旅をするのはいいことだと思っている」
「じゃあ、これを」
シフェーン様が指輪を抜いた。
「細いリングだが……」
「この先の森に寄れば、エーベルという若みえの祖母がいる。僕の旅が安全であることを知り、右手の指輪と交換に食事などを振舞ってくれると思う。よければだが」
「いや、なんとありがたい」
せっせと指輪をバッグに着けていた。
シフェーン様は左手にもリングはあると笑っていた。
「でな、従者の方の顔貌はヒノモト国によくある顔をしている。ルーツかもしれないな」
驚いた。
シフェーン様は、案外祖先だったりしてと笑う。
海の向こうなのであり得ないとアスカが思うのだが。
遺伝ならあるだろう。
◇◇◇
さて、氷刃国へ思ったよりも一日早く着いてしまった。
「スシュンは今頃ハーレンの結びをしているのだろうな」
「お相手のいないスシュン、暴漢にあったと帰国したら皆で嘘を吐けとの暗示はかけてあるのですが」
「そうだな。クナガイの者はよく言えば素直だが悪く言えばどんくさい。きっと我々のことは分からんな」
女装したらお揃いのローブを配った。
一見して男も女も分かりにくくなる。
「寒いからしっかり着ていてくださいよ」
「ところで、城壁はどこかな」
歩いていて、シフェーン様が急に止まった。
「ああ、いいところに」
「どうされたのですか?」
「ここだ」
とても深い緑色をしたエニシの葉が生えていた。
「はじめて目にします」
「うん、僕でも二度目だ」
「折角ですから、二人で持ちましょう。離れたらこの葉の向く方へ行くと再会できるんですよね」
「そーゆーこと」
薄っすらと別れの予感があったから、これは助かった。
さて、門はとうとう見つからなかった。
城壁からは凍える程の冷気が流れてきた。
皆寒い思いをしているのか。
「シフェーン様、寒ければ私のを使ってください」
ローブを脱ぎかけた。
「まて」
「は」
「門が見えた」
私には分からないが、見える範囲にあるのでしょう。
「貝塚の足取りでついてこい」
「はい」
……。
シャッシャ……。
しまった。
少しは音が出てしまう。
ここは凍土だ。
勝手が違う。
「右手をずっといくと切れ目がある。あそこだ」
鷹の目より優れているんでは?
シフェーン様。
それに足音もしない。
私は友情以上に執事となれたことを感謝した。
シフェーン様は色々とご不便なこともないのに、私が押し掛けたようなものだろう。
ザザザ……。
「城壁が!」
「この壁は崩れやすいのだろう。異常があれば門番がくるから」
「そうですね」
ビュウビュウビュウ――!
「風の兵どもよ集い給え」
「風よ、風よ、敵国の姫を捉えるのだ」
「いけ! 行くんだ!」
バアーン!
勢いよく門扉が開いた。
そこからローブを纏った魔法使いが現れる。
翡翠の目玉を付けた魔法の杖を振りかざす。
「ふん、お主が敵国の姫か」
「私が友情執事を務めさせていただいている方ぞ。手出しはならぬ。私を斃さずには姫へ指一本触れさせない」
「立派なことをいうようになったもんだ」
「私もクナガイの水の戦士です。風の魔法にはこちらで――」
ローブに風が吹く。
捲れあがって顔が出てしまった。
雪礫が凍って頬に当たると痛い。
この国の人達はこの寒さに耐えているのか。
「火の魔法じゃないのか? アスカ」
「いきます!」
背から弓を抜く。
「炎よこの国の悪辣な魂を燃やしてしまえ」
弓をつがえる。
「水よ、炎に溶けない水よ! 弓に纏いて門の者の真の姿を剥き出しにし給え――!」
バシュッ!
ヒューイー。
私の鷹の目ではあれは魔女。
しかも知ったような魔女だ。
ズシュン。
「ク……。アア……」
「敵の血が真紅だ。氷刃国の人間の血は青いと聞いたが」
「アスカ、いってみよう」
「ああ」
スシャスシャ。
スシャスシャ。
「ローブの中の素顔を」
バッ。
「ああ……」
「姉さん」
「スシュン?」
氷の国に入る前に私たちは凍った。
なぜ?
今頃クナガイで儀式を終えているはずなのに。




