第3話 貢物
アスカの父、サライ・マホロバが動いた。
「スシュンと聞いたが、うちのスシュン・マホロバか? なぜ海山ノ国、ヒノモトノ国ときて我が酷が貢ぐ制度になったんだ。戦でもおこさないとこの決まりは直らないのか」
囲炉裏の外に村の役員が揃っていた。
メステ家、グイア家、セプ家、ハールシ家、ヨウバ家、マホロバ家、ミチ家の七大氏族とダイナの村長が揃っている。
お祖母様のエーベルは囲いの外で見張っていた。
珍しく苦虫を嚙み潰したような顔で、片膝を立てている。
「貢物は食べ物とかではないのか? この間の貢物、グレン・ミチはうちの次女だった。残されたのはいき遅れた感じもあるが、ミチ家の長女ハウリが青空学級を開いている。幼い子はスシュンがみてきた。おしめの子もまだまだいるからな。一定のことができるようになったら、ミチ家の前にあるブドウ棚の下で、読み書き魔法や剣術を教えている」
青空学級はブドウ組と大きい子には岬組がある。
私はシフェーンと悠々岬組を卒業している。
「痛い思いをさせたな。ミチ殿」
「本当に辛いのはまだ帰国も赦されていないグレンだ」
「それは……。言葉にできないな。長からも謝罪する。この通りだ」
「ダイナの長、謝ってほしい訳ではありませんよ」
「しかし、過日のことは儂も悔しい」
マホロバが口を開いた。
「毎年、見目麗しい女性を一人当てがっています」
シフェーン様と私は戸口から合議に聞き耳を立てていた。
「長老、ご決断を」
「長老」
七大氏が膝を叩いて迫る。
「エーベル様はどうお思いで?」
「あたしは、シフェーンの幸せを祈っているよ」
「ダイナ家からすればそうだよな。しかし、スシュンには返し切れない恩もある」
長老は家の真ん中にある囲炉裏で手をあたためていた。
顎髭をさすりながら、顔を上げる。
「皆のいう通りとしか、儂は言えん」
白湯をくっと飲み干すと、声を震わせていた。
「うちのスシュンとシフェーン様は婚約していた。明日にも婚儀なんだぞ」
長老は膝をかたかたと左右に振った。
苦い決断のときは誰だってそうなる。
「明日の初陽な。順番がある。守らなければならない順番が」
「では、結ばれるべき夜にスシュンが消えるという訳ですか」
「そうなるな……。息子が不憫でならない」
両頬をパンと叩いて膝に置くと、シフェーン様のお父さんが手の甲に雫を零した。
小さな家の中、皆はじりじりと汗を掻き出した。
「シフェーンはそういう方向にはならないが、だからと言って待ち焦がれていたスシュンを手放す訳もない」
集まった皆は薄い髪を叩いていい案がないか検討していた。
「あの気立てのいい娘は惜しい」
「シフェーン様は後釜なぞ構えんだろうに」
ザワザワと小言から大きな笑い声まで纏まりもなく騒ぎ始めた。
「一同、スシュン・マホロバを貢物に決定!」
鶴の一声は長老だった。
息子の嫁を出すということ。
無念で仕方のない。
◇◇◇
スシュンの貢物化について、私と真剣に話し合っている。
「シフェーン様、敵国氷刃国へ討伐しにいきましょう」
「いやまて。しかし、僕は見目麗しいだろう」
「自他共に認めておりますね」
唇の前に指を立てて近寄ってきた。
「内緒だぞ。僕がスシュンに成り代わる」
「え?」
「最初の神輿に入るのはスシュンだ。だが、ルソン川で用をしたいと言い、そこで入れ替わる」
これはいい案と私も頷いた。
「スシュンはその後内緒でマホロバ家に帰り、敵に襲われてやっとの思いで帰ってきたと言えばいい」
「素敵な悪知恵ですね」
「やっぱり?」
簡単な流れをシフェーン様が話す。
「スシュンに代わって、神輿で運ばれる。国境のグレーゾーン近くになったら神輿の連中は国へ返し、アスカが残る」
「そして髪を結い上げてスシュンと名乗り、王の妾か妻になる」
友情執事は黙ってはいられない。
「勿論、私もついていくしお守りしなければならない」
「スシュンのことだ。婚約者に任せて」
「いえ、私の姉でもあります」
カチンときたのはお互い様だ。
「そこは譲れ」
「嫌です」
「譲らんと」
「むううううう」
聞き耳を立てた。
シフェーン様は耳が長いので、本当に立つ。
「時間がない。女装の支度をしよう。貢物は他に金銀や飾り物に魔法で作られた護符、ブレスト息吹で強化された炎の剣にカササがどれ程突いても傷一つない風の盾がメインか」
「シフェーン様。姉さんとの婚約解消になるのが辛くないですか……?」
「僕がいかなければスシュンがいくのだから、同じことだ。寧ろ、婚約者を守れないとはプロポーズの言葉に反している」
心情を吐露したシフェーン様は横顔が美しかった。
◇◇◇
村はずれの殆ど人が通らない所へ神輿がやってきた。
「ここには金銀財宝に特別な武器と防具も入っている。それにスシュンを加えたら重いだろう。屈強な男をあてがう」
ブラニュー・メステ、ザサン・グイア、パートン・セプ、姉のことなので、アスカ・マホロバの四名だ。
夜中に発つ予定のスシュンが入っている筈の神輿に、シフェーンが女装をして入れ替わった。
「シフェーン様」
「黙って、マホロバ家へ帰りなさい。私はきっとあなたと結ばれる為に戻り、再びハーレンを手渡すでしょう」
予定では途中で入れ替わる案だったが、境界からの帰路を心配してそうなった。
涙を浮かべるスシュンを言い含める。
神輿の一行がクナガイ郊外へ着くと、アスカが口を開いた。
「結構重いですね。これからまだ長いですから、担ぎ手は一服しましょう」
「おお、マホロバ家の白湯は独特だと聞きました」
「メステ様、褒めすぎです」
うっとりして、三人とも眠り始めた。
これは特別な薬草、タンゼンを含んだ白湯のせいだ。
「ブラニュー・メステ、ザサン・グイア、パートン・セプの三名よ、炎の化身となりて熱風を帯びて、村広場へと飛んでいき給え!」
三人の担ぎ手を魔法で飛ばした。
「神輿はエーベルのお祖母様の家へ隠し給え!」
エーベルとは話がついていた。
アスカは、友情執事のフォローを入れていた。
二人はシフェーンには剣、アスカには盾と弓を持ち、大地の遥か彼方への歩みを始めた。
腕と腕をぐっと合わせる。
「二人旅だな」
「ええ」




