放課後
「ん~!疲れた~!慣れない環境って大変だねぇ」
放課後、伊織は閑散とした校内を凪沙と2人歩いていた。
朝礼時に担任教諭の北条から依頼された転校生への校舎案内のためだ。
「休み時間ずっと色んな人に囲まれてたもんね……群がっている人が多すぎて、見てるこっちが人酔いしそうだったよ」
「まあ、あたしってかわいいから?周りの人たちが興味津々になっちゃうのも仕方ない……かもね?」
「普通そういうこと自分で言う?」
「ふっふーん!だって本当のことだもん!」
伊織が苦笑しながら言葉を返すと、凪沙もいたずらっ子のような無邪気な笑顔を返してくる。
しかし、同時に絶対の自信を持っている凪沙の態度を伊織は少し羨ましく感じていた。
朝礼で初めてクラスに入ってきた時から堂々としていたが、その後クラスメイトたちに囲まれて談笑しているときも、凪沙は少しも臆することなく朗らかな笑顔で皆と接していた。
自分に自信のない伊織では到底真似できない芸当であると感心していたのだ。
「それで?なんで戻ってきたの?」
丁度渡り廊下に差し掛かったところで伊織は本題を切り出す。
伊織の問いかけに数歩先を歩いていた凪沙がこちらへ向き直る。
傾き始めた太陽の、赤く燃えるような光がガラス張りの渡り廊下に差し込んできて目が眩む。
凪沙は光に背を向けるように立っており、逆光のせいでその表情は窺い知れない。
「なんでだと思う?」
「また喧嘩でもして家出?」
「もう仲直りしたから違うよ~」
「じゃあなんで?」
「なんか冷たくない?せっかくかわいい娘が帰ってきたのにさ~」
口をつんと尖らせてぶーたれる凪沙。
「心配だからだよ。ふらっと僕の前に現れるだけならまだしも転校だなんて……君はこの時代の人間じゃないんだからこういうのはまずいんじゃないの?」
「あぁ、その辺は大丈夫。協力者が居るって言ったでしょ?だから大丈夫!」
「本当かなあ……」
心配する伊織をよそに、凪沙は手すりに寄りかかりながら伸びをする。
「あたしさ、もっと昔のパパとママのこと知りたくなっちゃった」
凪沙は子供っぽい笑顔を伊織へと向けながら話し始める。
「どうせ未来へは何時でも帰れるし、せっかくならこの時代楽しんじゃお~ってことでさ」
「あたしがしたいと思ったから今ここに居るの。ダメ?」
笑顔を崩すことなく伊織へと視線を向ける凪沙。
しかし、その目には確かな決意というか、強い意志のようなものが込められていることを伊織は直感的に感じ取っていた。
「……はぁ。好きにすればいいんじゃない」
「にひひ。パパって昔からストレートに意見言われると言い返せないよね」
悪びれもせず答える凪沙に、伊織はやれやれと肩をすくめてみせる。
「そういえば2つ聞きたいことがあるんだけど良い?」
「ん?いいけど……唐突だね」
唐突な伊織からの質問に凪沙は若干驚いたような表情をみせる。
「烏丸のこと何で知ってたの?」
最初はきょとんとした顔をしていた凪沙だったが、少し考えるような仕草を見せた後、思い出したように手をポンと叩く。
「ああ、朝声をかけた烏丸さんのことね」
「だって良くパパへ会いに来るもん。あたしも昔から何度も会ってるよ」
「えっ、そうなの!?」
凪沙曰く、25年後の未来においても烏丸と伊織の親交は続いているらしい。
遠い未来でも友人と仲良くできていることが知れて伊織は少し嬉しくなった。
「そうか……烏丸とは未来でもずっと友達なんだ」
「烏丸さんの家族と何回か旅行に行ったこともあるんだ。今日パパと烏丸さんを見て、やっぱり昔から仲良かったんだなって思ったよ」
「それで?もう1つの質問は?」
そう問われた伊織は、一呼吸おいてから凪沙へと問いかける。
「凪沙って彼氏いるの?」
「……は?」
「だ、だから彼氏とかいるのかなー……なんて」
2人の間に気まずい沈黙が流れる。
「……それ知ってどうするの?ちょっとキモいよ」
ジト目で冷ややかな視線を向けてくる凪沙。
「ご、ごめん……」
興味本位で聞いたつもりだったはずが、思った以上にキツい言葉が返ってきて伊織は落ち込む。
見るからに愕然と肩を落として落ち込み始めた伊織の様子を見た凪沙は険しい表情から一転、クスッと笑った後声を上げて笑い始める。
「ぷっ、あはははは!」
「な、なにがおかしいんだよ!」
「ごめんごめん、だってパパ露骨に落ち込んでるんだもん。そんなにショック受けちゃった?」
「いや、流石に父娘とはいえ聞いちゃいけないことだったかなと……」
「別にあたしはそう思わないけどね?まあどっちにしても"パパ"には教えてあげないけど」
「あと今の言い方は普通にキモかったかな」
「うぅ……」
凪沙からの容赦ない追撃に伊織は更にダメージを受ける。
そんな伊織の様子を見た凪沙は、伊織の背後へと回り込むと檄を飛ばすようにその背中をバンッと軽く叩く。
「ほらほら、いつまでも落ち込んでないで次の場所案内してよ!」
「そんなに急かさないでよ……背中押すなって!」
伊織の背中を押して前へと進む凪沙。
凪沙に押されるがままの伊織はふらつきながら曲がり角へと差し掛かる。
そして――。
「うわっ!」「きゃっ!」
伊織は曲がり角からやってきた人物にぶつかってしまう。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
そう言いながら伊織はぶつかった相手へと視線を移す。
その視線の先にいたのは……。
「こちらこそごめんなさい……って東雲くん!?」
顔をしかめて尻餅をついていたのは神楽雫だった。
「か、神楽さん!?本当にごめん、ケガはない?」
「は、はい。大丈夫です。あっ、その……いきなりですけど実は東雲くんに渡したいものがあって……」
そう言うと、雫は傍にある自分のカバンから小包のようなものを取り出した。
「いった~い!急に止まるから、背中に思い切り顔ぶつけちゃったじゃん!」
そう言いながら、凪沙が伊織の背後からひょこっと雫の前に顔を覗かせる。
「ッ!」
それを見た雫は手に持っていたものを素早く自身の背後へと隠す。
(あれ、ママ?……今なんか隠した?)
「なぎ……逢坂さんが押すからだよ……ほら、神楽さんにも謝ろう」
「神楽さんごめんなさい。大丈夫?」
「は、はい。私は大丈夫なので気にしないでください」
何かを言いたげにもじもじしている雫。
凪沙は頭をフル回転させると、1つの結論へと辿り着く。
(2人っきりでパパに何か渡したいんだ!!)
結論が出たのなら次に取るべき行動は1つ。
凪沙は微笑を湛えて口を開く。
「ねえ、伊織くん。あたし急用思い出しちゃった。案内の続きはまた今度でもいいかな?」
「え?うん、それは構わないけど……」
「ありがと!じゃああたし行くね。伊織くん、神楽さん、また明日!」
そう言うと、凪沙は全速力で去っていく。
(なんだったんだろう……?)
伊織が凪沙の解せない行動に首を傾げていると、雫が意を決したように口を開く。
「あの、東雲くん」
「ん?」
「これ……受け取ってください!」
雫は勢い良く隠していたものを伊織の前へと差し出すと、ぎゅっと目をつぶって伊織の返答を待つ。
「え?僕に?」
突然のことに面食らった伊織は、困惑しながらも雫から差し出されたものを手に取る。
それは袋の口の部分がリボンで止められ、かわいらしくラッピングされたお菓子のようだった。
「わぁ……ありがとう!これはクッキーかな?」
「はい、先日のお礼にと思ったんですけど……。あ、でも手作りだからもしそういうの無理だったら処分してもらって大丈夫なので……!」
もじもじしながらそう答える雫に、伊織は問いかける。
「開けても良い?」
「はい……!」
伊織は丁寧にリボンをほどくと、袋の中からクッキーを一枚取り出し、口へと運ぶ。
「……うん!すごく美味しいよ、神楽さん。本当にありがとう、これを手作りなんてすごいね」
「あ、ありがとうございます。お菓子作りはただの趣味なのでそんなに大したものでは……でも喜んでもらえたみたいでよかったです」
伊織の言葉に、緊張の色を浮かべていた雫も顔を綻ばせる。
その後、雫はハッとした表情を浮かべると、カバンを持ち直して伊織に背を向ける。
「で、では私はこれで……委員会の仕事がありますので!」
そう言い終えると、雫は目にもとまらぬ速さで走り去っていった。
「??お菓子ありがとう、神楽さん」
その場に一人残された伊織がクッキーを懐に仕舞おうとした瞬間、背後からにゅっと伸びてきた手が袋の中のクッキーを一枚掠め取っていった。
驚いた伊織が振り返ると、そこには幸せそうにクッキーを頬張る凪沙が立っていた。
「う~ん、美味しい。やっぱりママの作るお菓子は最高だね!」
「凪沙!?帰ったんじゃなかったの?」
「ふふん、ラブコメの波動を感じ取ったからね。急いでその場を去って見守り役に徹したわけだよ」
両手でハートマークを作りながらウインクする凪沙。
「つまり隠れて覗きながら聞き耳立ててたってこと?」
「人聞きの悪いこと言わないでよね!見守りだから!み・ま・も・り!」
そして凪沙はコホンと咳払いをすると、肘でツンツンと伊織を突きながらなじりはじめる。
「それにしても~?まだ話すようになって間もないのに、手作りのお菓子もらうなんてやるじゃんパパ。これは今後の展開にも期待できるよ~?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら擦り寄る凪沙に、伊織は顔を紅潮させながら言葉を返す。
「い、いやこれは……あくまでも探し物のお礼だから!受け取ったら神楽さんもすぐ行っちゃったし」
「いやいや、もう絶対ママもパパのこと意識してるって!娘のカンだよ!」
あーでもない、こーでもないと2人が会話している頃……。
「……ッはぁ……はぁ……」
伊織の元から全速力で駆け出した雫は、ひとり人気のない廊下に居た。
息を切らしながら、教室を背にして廊下の壁にもたれかかる。
「上手く渡せたかな……」
雫の口から独り言が思わず漏れる。
しばらく壁にもたれかかりながら、ぼんやりと窓の外の景色を眺めていた雫は不意にスマホを取り出す。
スマホケースにはあの晩、伊織に見つけてもらったキーホルダーがつけられていた。
「"イオリくん"、もう忘れちゃったのかな」
雫はスマホケースを高く掲げ、キーホルダーを自身の眼前にぶら下げる。
四つ葉のクローバーをモチーフにした小さなキーホルダー。
窓から差し込む夕陽を浴びて、小さいながらに煌々と輝いている。
「いつか、あの時のこと聞いてみたいな」
どのくらいそうしていただろうか。
徐々に辺りが暗くなり始めたころ、雫はその場を後にする。
懐に思い出の品と、心に淡い想いを抱きながら……。




