転校生
休み明けの月曜日、いつも通り登校していた伊織はぼんやりとした頭で凪沙のことを考えていた。
25年後の未来からやってきたという自身の娘を名乗る少女、凪沙。
わずか2日の付き合いではあったが、その印象は伊織の脳裏に深くこびりついていた。
(凪沙、無事に帰れたかな……)
一昨日のやり取りを伊織が追想しながら自席に着くと、不意に前の席に座っていた人物が振り向き声を掛けてくる。
「おはよっ!東雲!」
「おはよう、烏丸」
烏丸颯、伊織のクラスメイトで友人。
入学式の時にたまたま席が隣だったことで烏丸から話しかけられ、今ではすっかり仲の良い友達になった。
内気な伊織にとって、知り合いのいない土地で新たな人間関係を築けるかという問題は地元を離れる前から危惧していたことであったが、この土地での初めての友人であり、クラスに馴染むきっかけを与えてくれた烏丸には感謝してもしきれないほど大切な友人だ。
「聞いたか、東雲。今日このクラスに転校生が来るらしいぞ」
「へえ、こんな時期に珍しいね」
「もう夏休み前なのにな。朝からクラス中転校生の話題で持ちきりだよ」
烏丸からそう言われて伊織がクラスを見渡してみると、確かに普段よりもクラスが心なしかざわついている。
そして、教室の後ろの方には先週までは無かった席が1つ増えていた。
(転校生かあ……どんな人なんだろ)
そんな風に教室を見渡していると、他のクラスメイトと喋っている雫と目が合う。
伊織と目が合った雫はニコリと笑い、手を小さく振ってくる。
「雫ちゃん?どうかしたの?」
急に明後日の方向を向いた雫に、それまで談笑していたクラスメイトは不思議がる。
「ううん、なんでもないです」
雫はそう答えると、視線を元に戻し、元の会話へと戻る。
一方伊織は、雫との距離が縮まったことをまだ実感できず、彼女の反応に対して固まったまま、視線を向け続けていた。
「いやー、一体どんなやつが来るんだろうな……って東雲聞いてるか?」
「あ、ああ……聞いてるよ。どんなやつなんだろうね、あはは……」
「お前、なに神楽さんに熱い視線向けてんだよ。気になってんの?」
「い、いや、見てない……けど?」
「い~や、バレバレだったぞ?今の視線は。やめとけって神楽さんは、俺らの釣り合う相手じゃないって」
「いや、だからホントにそんなんじゃなくて……!」
しばらく2人が話し込んでいると朝礼を告げるチャイムが鳴り、教室前方の引き戸が開く。
そして開かれた扉から現れたのはクラス担任の北条教諭。
北条はチャイムが鳴り終わると、軽く咳払いをし口を開く。
「日直さん、号令をお願いします」
日直の生徒による挨拶の号令が終わると、北条はクラス全体を見回しながら話し始める。
「皆さんおはようございます。もう知っている人も居るかもしれませんが、今日からこのクラスに1人転入生が加わります。さあ、入ってきてください」
クラス中の視線が教室の入り口に集中する。
そして入ってきたのは――。
(凪沙!?)
土曜日に別れた時と変わらない、黒く美しいツインテールをなびかせながら凪沙が入ってきた。
凪沙は驚きのあまり大口を開けてポカンとしている伊織を見てニヤニヤと笑みを浮かべる。
「あの娘……逢坂さん?」
「んー?しののめと一緒にいたやつかー」
土曜日にショッピングモールで会った姫路と熊浦が反応している。
「なあ、東雲。転校生滅茶苦茶可愛くね!?神楽さんと並ぶレベルだぞ」
「……」
北条の隣に立った凪沙は黒板に名前を書き、自己紹介を始める。
「逢坂凪沙です。両親の仕事の都合で中途半端な時期ではありますが、転校してきました。よろしくお願いします!」
凪沙は元気よく自己紹介を済ませると、余裕綽々といった表情で笑顔を見せている。
そしてクラスからは主に男子の歓声が上がる。
「逢坂さんはまだこの土地に越してきたばかりだそうです。皆さん、逢坂さんが困っていたら手を貸してあげてくださいね」
「逢坂さん、あなたの席はあの一番後ろの席です。黒板が見にくかったりしたら、また教えてくださいね」
北条が空席を指さすと、凪沙は「はい」と返事をして自席へと歩き出す。
そして伊織の傍を横切る傍ら、その顔を見てニヤリと笑う。
「姫路さん、学級委員として逢坂さんに校内の案内をお願いできますか?」
「はい、北条先生。ですがその……」
「?」
「逢坂さんは東雲くんの親戚らしいので、彼に案内してもらった方が逢坂さんも緊張せずに済むと思います」
「そうなんですか?東雲くん?」
姫路と北条のやり取りにより、クラス中の視線が伊織へと集まる。
伊織はたまらず凪沙の方を見るが、凪沙はくすくす笑いながら「がんばれ」と口パクをしてくる。
「は、はい。なぎ……逢坂さんは僕の親戚です」
「そうだったんですね……では校内の案内をお願いできますか?姫路さんの言う通り、身内の方に案内してもらった方が何かと緊張しなくて良いでしょう」
「……はい、分かりました先生」
その後、連絡事項を北条が話していたが、伊織の耳には一切入ってこなかった。
――そして朝礼が終わると……。
「おい!東雲!親戚なんだから逢坂さんが引っ越してくるの知ってただろ!?なんでさっき知らないふりしてたんだよ!」
「いや、突然のことだから本当に知らなかったんだって……」
伊織は形相を変えた烏丸から、凪沙について問い詰められていた。
「でもさっき熊浦が逢坂さんと東雲が一緒にいたって言ってただろ?最近会ってるのになんで知らないんだよ」
「それは……昔からよくからかわれてるんだよ。その、ドッキリ的な?今回も僕を驚かそうとして黙ってたんじゃないかな……あはは」
烏丸からの刺すような質問責めに、伊織は苦し紛れに適当な言い訳をする。
「ふ~ん……?じゃあさ東雲、俺のこと逢坂さんに紹介してくれよ」
「えぇ……それはちょっと……」
「頼むよ!この通り!紹介だけしてくれたら後は自分で何とかするからさ!」
(できるわけないだろ!娘だぞ!)
いくら仲の良い友人の頼みだとしても、流石に聞き入れられないと伊織は心の中で叫ぶ。
今この時間軸では同い年だとしても、凪沙が居た元の世界で考えれば父親の自分やその同級生は40を超えている。
常識的に考えて、40を超えた中年男性と16歳の女子高生のカップリングなど犯罪でしかない。
(烏丸と凪沙が……いやいや、絶対にあり得ない!友人であることを差し引いても、それだけはあるわけがない!)
(――それに凪沙だって彼氏とかいるかもしれないし……)
思考を巡らせているうちに、年頃の娘に彼氏がいる可能性を考えてしまい伊織は少し落ち込む。
「なあ頼むよ、東雲!」
「いい加減しつこいぞ烏丸!凪沙は……」
「呼んだ?伊織くん」
突然後ろから声をかけられた伊織が驚いて振り向くと、こちらを覗き込むようにして微笑んでいる凪沙がいた。
「な、凪沙!?」
「ふふっ、動揺しすぎ。驚いた?あたしが転校してきて」
「そりゃ驚くよ。だってキミは未来に……」
そこまで言いかけたところで、凪沙は伊織の口にそっと人差し指を添えて牽制する。
「ストップ。積もる話はまた後で、ね?」
「……なんか前にもこんなやり取りしなかった?」
「さぁ?」
小悪魔のような笑みを浮かべて小首を傾げる凪沙。
そんな凪沙とのやり取りにデジャヴを感じた伊織が考え込んでいると、2人の会話を縫うように烏丸が凪沙へと声をかける。
「あ、あの、逢坂さん。その、俺……」
「あっ!もしかして烏丸くん?」
「えっ、そ、そうですけどなんで……」
「伊織くんから烏丸くんっていう仲の良い友達がいるって聞いてたんだ。私とも仲良くしてね?」
「は、はい!是非!」
烏丸の答えに凪沙はニコリと微笑むと、踵を返して自席へと戻ろうとする。
「あ、そうだ。伊織くん」
何かを思い出したように呟いた凪沙は顔を伊織の方へ向けて話かける。
「校内の案内だけど、放課後にお願いしても良い?今日は移動教室ないみたいだから後でも良さそうだし」
「うん、じゃあ放課後……」
「ん」
凪沙は一言そう答えると、今度こそ自席へと戻っていった。
伊織がその背中を見送ってため息をひとつついて前を向くと、目を輝かせた烏丸に突然手を握られる。
「ありがとう!東雲!お前のおかげで逢坂さんと話せたよ!おまけに『仲良くして』だなんて……持つべきものは友達……いや、親友だな!」
「ははは……そりゃどうも」
「このチャンスを逃す手はないな……高校最初の夏は絶対に逢坂さんと……ふふふ」
伊織の手を握りしめたまま、妄想を膨らませ始める烏丸。
(……極力凪沙を烏丸へ近づけさせないようにしよう)
そんなことを考えながら、伊織はこれからの学校生活に不安を感じ、一人頭を悩ませるのであった。




