未来の花嫁
「な、凪沙!?今までどこに行ってたの?」
突如として現れた凪沙に驚きつつも、伊織が問いかける。
「ん~?木蔭で隠れて見てたんだよ。パパとママの出会いをさ」
「ママって……まさか……!!」
「あれ?もしかして気づいてなかったの?鈍いね~パパ」
そう、今の今まで伊織が話していた同い年の少女、神楽雫こそが東雲伊織と将来結婚する女性だったのだ。
「昔パパから聞いた話だとね、この公園でママの落し物を一緒に探したのが馴れ初めなんだって。そんな運命の瞬間にあたしが居たら邪魔でしょ?」
「だからこの公園に連れてきたの?」
「当ったり~!でも、2人ともキーホルダー1つ見つけるのに手間取りすぎでしょ。いつまでも探し続けてるから思わずアシストしちゃったじゃん」
伊織が聞いたチリンという金属音、それは先にキーホルダーを見つけていた凪沙が早く見つけるよう教えてくれた音だったのだ。
「本当に世話が焼けるんだから。まあでも、ふたりの馴れ初めをこの目で見るのもここへ来た目的の1つだったから良いかな!」
凪沙はやれやれといった表情で先ほどまでの出来事を語っていたが、その言葉は伊織には届いていなかった。
「神楽さんが僕の……」
「……パパ?」
両親の馴れ初めを間近で観察出来て満足している凪沙とは裏腹に、伊織は将来の相手が判明してどぎまぎしている。
「ね、ねぇ凪沙。僕なんか変なこと言ってなかったかな!?」
「ど、どうしたの急に……」
必死に問いを投げかけてくる伊織に対し、凪沙は少々引き気味に答える。
「いや、だってさ!何か気に障ること言ってたりしたら嫌われて、将来結婚できるはずができなくなるかもしれないし……」
頭を抱えながらネガティブな言葉を吐く伊織。その言葉を聞いた凪沙は腹を抱えて笑い出す。
「……っぷ、あはははは!そんなちょっとしたことで結婚できるとかできないとか変わるわけないでしょ!」
「いや、でも……」
「パパは心配性すぎ!それにママが今度お礼するって言ってたでしょ?仲を深めるのはまだまだこれからだよ?」
ニヤニヤと笑いながらも、フォローを入れてくれた凪沙の言葉に伊織は安心する。
「た、確かにそうかも……」
胸を撫で下ろして安心する伊織を見た凪沙に、少しいたずら心という名の嗜虐心が沸いてくる。
「あ~……でもぉ、最初いきなり肩とか掴んで驚かせちゃってたからな~?すぐ体とか触ってくる人って思われてるかも?」
「うわああああ!やっぱりダメなんだああ!」
凪沙の言葉に踊らされ、伊織の情緒は正にジェットコースターのようになっていた。
伊織のコロコロと変わる表情を見ていた凪沙は大笑いする。
「大丈夫だって、パパ。さっきも言ったでしょ、ママもまた話したがってたから嫌われてなんてないって」
「それに、あたしがここにこうして居るってことはパパがちゃんとママと結婚できてる証拠でしょ?落ち着きなって」
「そ、そうだよね。凪沙がここにいるのが何よりの証拠だもんね」
凪沙に宥められてようやく落ち着いた伊織はふう、と深呼吸をして息を整える。
「落ち着いた?」
「う、うん落ち着いた」
「それなら良かった、それにしてもパパの取り乱し様は面白かったよ。あんなに情緒不安定になってるパパは生まれて初めて見たかも」
「う、うるさいなあ。将来がかかってるから不安にもなるんだよ」
伊織は少し不機嫌そうに、それでいて恥ずかしさのあまり顔を赤らめながら答える。
「……ねえ、パパ」
「ん?」
凪沙からの唐突な声掛けに、伊織は凪沙の目を見つめる。
「さっきさ、まだ2日間だけの短い付き合いなのにあたしのことをよく理解してくれて、それはきっと父娘だからだろうって言ってくれたじゃん?」
「うん」
「あたし、その時すっごく嬉しかったよ。まだ若い、あたしと同い年のパパだけど本質は何も変わらないんだって。パパはパパなんだって」
凪沙からストレートに贈られた賞賛の言葉。
伊織は若干気恥ずかしさを感じながらも、娘からそんな風に思ってもらえることは素直に嬉しく感じていた。
「あたし、この時代に来られて本当に良かった。パパとママのことは元から好きだけど、今回の件で改めて2人の子供で良かったって思えたもん」
その言葉を聞き、伊織も優しく言葉を返す。
「僕も最初に凪沙が未来から来たって言い始めたときはびっくりしたし、神楽さんが運命の相手ってことにも驚いたけど、将来自分にこんな元気でかわいい娘ができるって分かったのはすごく嬉しいよ」
「パパ……」
凪沙は感激したような声を出す。
そして次の瞬間、凪沙は身体を伊織の方へと傾けながら肩へ手をまわして抱き着いてくる。
「な、凪沙!?」
身体を包み込むような柔らかな感触とあたたかな体温、そしてふわりと香る甘い匂いに伊織はドキッとする。
「今日はありがとう、伊織くん。楽しかったよ」
素直な感謝の言葉に、不意に抱き着かれて強張っていた伊織の表情も柔らかくなる。
「……こちらこそ。僕も楽しかったよ。ありがとう、凪沙」
そうして言葉を交わしあった後、凪沙は不意に抱きしめていた手をほどき、伊織へと背を向ける。
「さて、そろそろ帰ろうかな」
「未来に?」
「うん、ママと仲直りしにいかなきゃ」
「……そっか」
「あと、高校時代のパパのこと滅茶苦茶盛って話してたことを問い詰める!」
「あ、そこはちゃんと詰めるんだ……」
しんみりとした雰囲気を吹き飛ばす凪沙の言葉に伊織は苦笑いする。
「パパ」
「ん?」
「ママとちゃんと付き合って、結婚してね」
「あはは……できるかな、僕に」
「できるよ、あたしのパパだもん」
そう言うと凪沙は伊織へと向き直り、ニコッと満面の笑みを見せる。
月明かりと外灯に照らされたその顔は、背後に広がる街の夜景や星空よりも輝いている。
「……未来で、待ってるからね」
凪沙の腕にはめられたスマートウォッチのような形状の機械。
凪沙がそれを操作すると、機械から眩い光を放たれ凪沙の身を覆ってゆく。
「凪沙!?」
光に目を細めながらも、伊織は凪沙の名を呼びながら手を伸ばす。
しかし、伊織の手が凪沙へ届くよりも先に、彼女は笑顔で手を振りながら光の中へと消えていった。
視界を完全に覆いつくすほどの光が消えると、伊織は元の通り暗い公園に一人で立ち尽くしていた。
先ほどまで密着していたからか、微かに凪沙の残り香が伊織の鼻をくすぐる。
「……ありがとう、凪沙。また未来で」
そう一言呟くと、伊織は残り香を振り切るように急ぎ足で公園を後にするのだった。




