真実
伊織からの問いかけを聞いた凪沙は少々俯き気味になりながらひとりごとのように呟く。
「真意、真意ね……」
「うん、キミと出会ってから色々と話をしてきたけど、最初に凪沙の語ったこの時代に来た目的と、今日一日の凪沙の行動は嚙み合ってないように感じたんだ」
「へぇ、具体的には?」
凪沙は顔をにやつかせ、伊織へと問いかける。
「全てを言葉にするのは難しいけど、家族仲を引き裂こうとしている割には両親にゆかりのある場所を回って楽しんだり、家族仲の良さをアピールするような思い出を話してくれたりしたよね。それが僕には違和感だったんだよ」
うんうん、と目を閉じて頷きながら聞いていた凪沙は目を開け、伊織の目を見据える。
「でもさ、あたしが偶々良い思い出だけを話したり、噓をついただけで、実際は嫌な思い出ばっかりの険悪な家族仲かもしれないよね?」
「最初に『別れさせる』とか宣言しておいて、家族仲の悪さを感じさせる話をしない理由がないよね?あと、凪沙は正直だから噓なんてつけないでしょ」
伊織の言葉に凪沙は少しムッとした表情を見せる。
「言ってくれるじゃん、あたしが正直っていう理由は?なにか証拠でもあるの?」
「証拠という証拠はないよ。強いて言うなら凪沙がこの時代に来た方法としてタイムマシンの話をしてたけど、わざわざ自分が二人目とか未来ではまだ実用化されてないとか自分が特別な立場にいることを話してた。適当に誤魔化せばいいのに、正直なんだなと思ったよ。」
伊織の言葉を聞いた凪沙は若干顔を引き攣らせる。
「まあ一番は直感だね。タイムマシンのくだりも含めて、話してるときに正直だし、感情も表に出しやすい性格なんだなって思ったんだ」
「ふうん?まだ会って二日なのに随分あたしのこと分かってるんだね?」
「やっぱり父娘だからじゃないかな」
「ん……」
ニコリと笑う伊織に、凪沙は自分の髪の毛を指にクルクルと巻き付けて弄り始める。
照れているのか、伊織から視線を外し顔は微かに紅潮している。
「じゃあ最後、僕からも質問。凪沙が両親を別れさせたい理由は?」
唐突な質問に凪沙は目を丸くする。
そして手を膝におき、もじもじしながら顔を伏せて悩み始める。
「それは……えーっと……」
伊織はベンチに座っている凪沙の前へ移動すると、しゃがみ込んで凪沙の顔を覗き込む。
「理由は?」
「理由は……えっと、その...あー、もう!分かったよ!あたしの負け!」
前のめりに顔を伏せて座っていた凪沙は、その言葉と同時に腕を投げ出し、背もたれにもたれかかった。
「なんでつまらない噓ついたの?」
「……なんか昔のパパの顔見てたらからかいたくなったから」
口を尖らせて真意を語る凪沙。
そしてこの時代に来た本当の理由を話し出す。
「実は最近ママとちょっと喧嘩してさ。まあ、あたしもちょっとは悪かったんだけど……ママが『パパとママが高校生だったときはもっとちゃんとしてたのよ』なんて言うから本当かどうか確かめてやろうかと……」
「そんな理由でわざわざ時代を超えてまでここに来たの!?」
「だってなんか悔しかったんだもん。それにママは『パパなんて学校一の優等生で、スポーツも万能で、ママのエスコートも完璧にこなしてたんだから!』とか言ってたし...そんなこと言われたら気になるじゃん?」
「それ絶対からかわれてるよ……てか未来の僕も否定してくれよ……」
「いや……うん、あたしもそう思う。今のパパを見てる限り有り得ないし……あと、パパはその話聞いてずっと照れながら笑ってたよ」
凪沙の言葉に若干ダメージを受けながらも、微笑ましい家族のやり取りに伊織はすこしホッとする。
「じゃあ、未来の僕たちの家族仲は悪くなくて、凪沙がこの時代に来た目的も達成できたんだね」
「うん。その、からかってごめんね?パパ」
上目遣いでしおらしく謝罪の言葉を述べる凪沙に伊織は頭をかきながら優しく語りかける。
「もういいよ。まあ確かに驚きはしたけど……未来は明るいみたいで安心した。それに、生意気だけどかわいい娘がいて幸せそうだしね」
「もぉ~!生意気は余計じゃない?」
そうして2人は顔を見合わせて笑う。
しばらく笑いあった後、凪沙は不意に何かを思い出したようにスマホを取り出して凝視する。
「おっ……ともうこんな時間だ。じゃあパパ、騙してたお詫びにサプライズがあるから目を閉じてくれる?」
そう言うと、凪沙はベンチから立ち上がり、代わりに伊織をベンチへと座らせた。
凪沙の唐突な提案に伊織は困惑しながらも目を閉じる。
「これで良い?」
「オッケー!じゃあ心の中で1分数えたらあたしのところまで来て?」
もう日が暮れて外灯に明かりが灯っている。
こんな時間にかくれんぼでもするつもりなのかと若干疑問に思いつつも、伊織は心の中で時間を数え始めた。
そしてしばらくすると遠ざかる足音とともに、近くにいた人の気配が消える。
(凪沙がどこかへ行ったのかな?)
凪沙に指示された通り、1分を数え終わった伊織は目を開け、周囲を見渡す。
しかし、近くに人影は見当たらない。
「どこへ行ったんだ?」
そしてしばらく歩きながら周囲を見渡していると、少し先に黒髪の少女の後ろ姿を見つける。
伊織は小走りでその人影へと駆け寄ると、声をかける。
「凪沙?こんなところで立ち止まってどうしたの?」
「凪沙?」
声をかけても反応のない目の前の人物に対し、伊織は肩に手をかけて問いかける。
「きゃっ!?」
唐突に肩を掴まれた人物は驚きのあまり声を上げ、伊織の方へと向き直る。
「な、なんですか?いきなり……」
「ご、ごめんなさい。知り合いに似ていたものでてっきり本人かと……」
そう言いながら改めて目の前の人物の顔を見た伊織は驚愕する。
(似ている……)
外灯に照らされた少女は、長く美しいストレートの黒髪に、まるで吸い込まれそうなほどに赤く光るルビーのような瞳をしている。
瞳の色こそ違うが、髪型を変えれば凪沙と瓜二つになりそうだ。
「?もしかして東雲くんですか?」
唐突に相手から自分の名前を出された伊織は驚く。
「え?」
「私です。同じクラスの神楽雫」
「……!神楽さん!?」
「やっぱり!なんとなく、見覚えがあるなあって思ったんです」
そう言いながら微笑みかけてきたのは、伊織と同じクラスの神楽雫。
とは言っても特別親しい間柄ではないどころか、入学してから数えるほどしか会話をしたことのない程度の仲である。
おしとやかで飛びぬけて顔立ちの良い彼女は、まさに高嶺の花といったところで、とてもではないが伊織が気安く話しかけられるような相手ではなかった。
「ごめん、全然気づけなかった……」
「あまりお話したことなかったから仕方ないですよ。気にしないで?」
そう言って雫は微笑む。
「ところで、神楽さんはこんな時間に一人でどうしたの?」
「それが……実はさっきこの辺りで転んでしまって...その時にキーホルダーを落としてしまったみたいなので探してたんです」
雫はしょんぼりした様子で俯く。
よく見ると、彼女の手には若干の土と茂みの葉で切ったのか小さな切り傷が出来ていた。
きっとこの辺りの草むらや茂みを探していたんだろう。
「大事なものなの?」
「はい、思い出の品というか...昔大切な友達からもらったものなんです」
「じゃあ僕も手伝うよ。2人の方が早く探せるでしょ」
「え、でも...もう時間も遅いし、東雲くんに迷惑をかけるわけには……」
「気にしないで。暗い中、困ってるクラスメイトを放ってはおけないよ」
「……ありがとうございます、東雲くん!じゃあ、お願いします」
そうして2人はスマホのライトを片手に、キーホルダーを探し始める。
雫の記憶を頼りに、広場付近をくまなく探していく。
しかし、どれだけ探してもキーホルダーが見つかることはなかった。
「うーん、見つからないね」
「これだけ探しても見つからないとなると、どこか遠くまで転がっていってしまったのかも……」
悲しげな表情を浮かべて遠くを見つめていた雫は、一息つくと手を払いながら立ち上がり、伊織へと向き直る。
「東雲くん、遅くまで付き合ってくれてありがとうございます。また明日、昼間にでも探してみることにします」
「神楽さん……」
気丈に振る舞って笑顔を見せる雫の姿に、伊織は心を痛める。
伊織が「まだ続けよう」と言いかけたその時、微かにチャリンと金属音が近くの茂みから聞こえてきた。
伊織がその茂みへと駆け寄ると、目視で確認できる場所にキーホルダーが落ちていた。
「神楽さん!探してるものってこれ?」
すぐさまそれを拾い上げて雫に渡すと、彼女は目を輝かせながら頷く。
「……はい、はい!これ!これです!良かったぁ……ありがとう東雲くん」
雫は伊織から受け取ったキーホルダーを大切そうに握りしめる。
そして伊織の顔を見て「……あっ!」と声を漏らし、少し驚いた表情を見せる。
「?どうかした?」
「い、いえ!何でもないです!その……大切なものが見つかったことが嬉しくて……」
雫の嬉しそうな表情に、伊織も思わず笑みがこぼれる。
「このお礼は今度必ずさせてください!」
「いや、お礼なんてそんな……気にしないで」
「それじゃ私の気が済まないんです!約束です、絶対お礼しますからね!」
ぐいぐいと距離を詰めてくる雫に伊織はたじろぐ。
(神楽さんって学校ではもっと大人しかったイメージだけど、何というか距離が近い!)
「わ、分かった。じゃあお言葉に甘えることにするよ」
「ふふっ、はい。約束しましたからね」
そこまで話したところで雫はふと思い出したように伊織へと問いかける。
「そういえば、今更ですけど東雲くんはこの公園で何をしていたんですか?」
「あっ!そうだ……僕知り合いを探してたんだった……」
「そうだったんですか?ごめんなさい、引き止めてしまって……」
「ううん、僕がしたくてしたことだから」
「ふふ、優しいですね東雲くんは」
「じゃあ私はそろそろ戻ります。東雲くん本当にありがとう。また学校で」
「あ、うん……じゃあね神楽さん」
そう言葉を交わすと、雫は手を振りながら去っていった。
雫の後ろ姿を見送ると伊織は「さて、と」と呟き、凪沙を探すべく歩き出そうとした……その時。
伊織は何者かに肩を掴まれる。
「うわっ!?」
驚きのあまり振り返った伊織の頬に肩を掴んでいた人物の人差し指が当たる。
そしてその当人は、にやにやとした表情を浮かべている凪沙だった。
「楽しそうだったね、パパ?」




