はい、これはデートです
凪沙からのストレートな言葉に伊織はたじろぐ。
「えーっと、怒ってるってクラスメイトと話してたこと?」
凪沙は首を横に振る。
「凪沙が名前聞かれて困ってる時に何も言わなかったこと?」
「その後!」
「……デートじゃないって言ったこと?」
その言葉を聞いた凪沙は伊織の眼前に人差し指をずいっと出しながら捲し立てる。
「そうだよ!普通女の子と二人で出かけた時に本人の前で『デートじゃない』とか言う!?ほんとデリカシーないんだから!」
「いやでも父娘だし……」
「父娘でもなの!」
「わ、分かったよ……」
その言葉を聞くと凪沙は満足そうに頷く。
「うん、よろしい。じゃあちゃんと言って?今日のお出かけは何ですか?」
「デートです……」
「声が小さいなぁ?もう1回!」
「はい、これはデートです!!」
伊織は周囲の通行人から向けられる好奇の目とクスクス笑われる羞恥心から、顔が真っ赤になってしまっていた。
反面、凪沙はとても嬉しそうに伊織の頬を指でつつきながらからかってくる。
「もう~!こんなに顔真っ赤にして恥ずかしがるなんてかわいいね、伊織くん。じゃあデートの続きしよっか?」
伊織の腕に手をまわして意気揚々と歩き始める凪沙に、伊織は小声で問いかける。
「ねえ、すごいさっきから周りの人に見られてるんだけど!?凪沙は恥ずかしくないの?」
「あ~……なんかもう慣れちゃったからさ……」
「……慣れたってどういうこと?」
「いや、今日一日ずっとパパって呼んでたでしょ?あれ結構目立ってたみたいで周りの人からずっとチラチラ見られてたんだよね~……もしかして気づいてなかった?」
凪沙から告げられた衝撃の真実。
(思い返せば今日やたら周りの人から見られてた気が...てっきり凪沙のことをみんな見てると思ってたんだけど…………)
まさか凪沙の容姿ではなく自分たちのやり取りに向けられていた視線だったとは。
伊織は恥ずかしさのあまり口をパクパクさせながら悶える。
「穴があったら入りたい……!てか明日から外歩けない……!」
「まあまあ、そんなに気に病まないでさ、あたしはなんか特殊なプレイみたいで楽しかったよ?」
「どんな教育受けてきたんだよ!親の顔が見たい!」
にやにや笑っている凪沙に指を指され、伊織は苦笑する。
「ほら、まだ見て回りたいお店いっぱいあるんだからいつまでも恥ずかしがってないで気持ち切り替えよ?」
「あと、これからはパパじゃなくて人前では伊織くんって呼ぶようにするからさ」
「はあ……まあ、いつまでも気にしてても仕方ないし……今日の、その……デートを楽しもうか」
ため息をつきながらも、凪沙の言葉に伊織も前向きな姿勢を見せる。
「凪沙の見て回りたい店全部見て回ろう、どこから行きたい?」
「やったー!パパ……じゃなかった、伊織くんだいすき!」
そう言うと、凪沙は目を輝かせながらフロアガイドを指さし始める。
「まず、この服のお店でしょ、それからこっちの雑貨店へ行って、ここのゲームセンターも行きたい!それからね……」
嬉しそうにしている凪沙を見て伊織も思わず口元が綻ぶ。
(今日は長い一日になりそうだな)
◆◇◆◇
「楽しかったー!」
凪沙の行きたがっていた店をあらかた回り終わった二人はショッピングモールを後にする。
外へ出るとすっかり日が傾いていた。
「もう夕方か。あっという間だったね。」
「ね!この時代のお店を色々見られるのが楽しすぎてあっという間だった!」
弾けるような笑顔を見せて喜ぶ凪沙を見ていると、伊織も嬉しくなる。
「楽しんでもらえてよかったよ。じゃあそろそろ帰ろうか」
そう言って伊織が家の方向へと向かおうとすると、凪沙は伊織の服の袖を引っ張って引き留める。
「凪沙?」
「ねえ、伊織くん。もう一か所だけ付き合ってくれない?今度は私が案内するよ」
そう言われて凪沙の後に続いて向かった先は、ショッピングモールから少し先にある小高い丘の上にある公園だった。
「ここは……」
丘を丸々整備した綺麗で大きな公園。
丘の頂上付近には広場があり、登ってきた方向を振り返ると夕焼けに萌える街が一望できる。
「この街に来てから3か月経つけど、この場所は初めて知ったなあ。」
「どう?いい景色でしょ?あたしのお気に入りなの」
「……?この街に来たことがあるの?」
「昔パパに連れてきてもらったんだよ。今日行った学校も、ショッピングモールも、全部今日と同じようにパパが案内してくれたの」
そう言って凪沙は目を閉じる。
◆◆◆◆
――凪沙の脳裏に浮かぶ幼いころの記憶。
「凪ちゃん、今日はどこにお出かけするんだっけ?」
「パパとママが昔住んでた街を見に行くんだよね!」
凪沙は身支度をしながら元気よく答える。
「凪ちゃん、そろそろ行くよ」
「ママは?」
「ごめんね、ママは今日どうしてもお仕事休めなくて……。パパとデート楽しんでおいで」
「デートだってパパ!」
凪沙は、ぱあっとはじけるような笑顔を父へと向ける。
「あはは、じゃあ今日はパパがしっかり凪ちゃんのことエスコートしなくちゃね」
「えすこーと?」
「やっぱりママも2人に着いて行っちゃおうかな~?」
「だめー!今日はパパとデートなの!」
「ふふっ、凪ちゃんにパパのこと取られちゃった」
おしゃべりをしながらも身支度を終えた凪沙と伊織は玄関の扉を開けた後に向き直る。
「じゃあ行ってくるよ、ママ」
「行ってらっしゃい、パパ、凪沙」
家を出た二人は駅から電車に乗り、目的地の街を目指す。
かつて両親が住み、出会った街への旅に凪沙は浮かれていた。
父の案内の元、見て周る街は新鮮だった。
父と母の話でしか聞いていなかった景色が目の前にある。
二人の母校を巡り、二人でよく買い物をしたというショッピングモールを回り、最後に大きな公園を訪れた。
「ここはパパとママにとって一番思い出のある大切な場所なんだよ」
「大切ってどんなふうに?」
「パパとママが結婚するきっかけになった場所かな」
「へー!」
まだ小さな凪沙にはあまりよくわからなかったが、眼前に広がる景色は深く胸の奥に刻まれた。
紅く燃えるような夕焼けに照らされた輝く街の姿を――。
◆◆◆◆
(街並みは少しだけ違うけど...吹き抜ける風と街の灯りはあの時とおなじだ)
「ふふっ」
「凪沙?」
「ちょっと思い出し笑いしただけ。なんでもないよパパ」
そう言うと、凪沙はおもむろに目の前にあるベンチへと腰かけ、伊織へと視線を向ける。
「さあパパ、今日あたしが出かける前になんて言ってたか覚えてる?」
「……僕の案内に満足したら凪沙がこの時代に来た理由を教えてくれるんだよね?」
凪沙はコクリと頷く。
「評価は……?」
その言葉に凪沙は腕を組んでわざとらしく悩み始める。
「うーん、正直デートプランとしてはあまりにもつまらなすぎたかなあ……」
「いや!元々街の案内って話だったよね!?」
「まあ懐かしい場所を回れたし、ちょうどいい時間にこの場所へ来られたから及第点で合格かな!」
凪沙の言葉に伊織はそっと胸を撫で下ろす。
そして伊織は、昨夜から悩まされ続けていた疑問について問いかける。
「じゃあ教えてほしい。凪沙の真意を」




