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パパの青春、かんしょうします!  作者: 七風虹
第二章:想い出は夕陽に煌めく雫のように
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凪沙の秘密

 凪沙がこのクラスに転入して来てから1週間が経った。


 元々社交的な性格の凪沙はすっかりクラスに馴染んだようで、毎日クラスメイトの輪の中心にいる。


 特に母娘なのもあってか、雫と仲が良いようだ。


 一方の伊織は、特に代わり映えのしない日々を送っていた。


 初日こそ放課後に凪沙と2人で行動する機会はあったが、以降はあまり会話を交わしていない。


 また、雫とはあの出来事がきっかけで会話をする機会が若干増えたが、踏み込んだ話をするわけではない。


 両者との関係は良くも悪くも、いちクラスメイトとしての間柄に収まっていた。


 そうして今日も、伊織にとって変化のない一日が終わる。


「ふわぁ……あ。眠っ、部活いきたくねえなあ」


「テニス部だっけ?練習キツイの?」


 大きなあくびをしながらぼやく烏丸に、伊織は帰り支度をしながら問いかける。


「いや、まあそんなにかな。行けば行ったで楽しいんだけど、行くまでが面倒なんだよ」


 椅子の前脚を浮かせながら、気だるげな姿勢で烏丸は答える。


「そういや東雲は?部活入んねえの?」


「一人暮らしが落ち着いたら何か探そうかと思ってたんだけど、まだ家事とかで精一杯だからもう少し様子見かな」


「そうか、まあ余裕できたらテニス部も検討しといてくれよ。人多いほうが楽しいしな」


 そんな風に言葉を交わしていると、他クラスのテニス部員が烏丸を呼びに来る。


「おー、今いく。じゃあ東雲、また明日な」


「うん、また明日」


 教室を出ていく烏丸を見送り、身支度を整えた伊織も席を立つ。


 今日こなす家事のことを考えながら昇降口を出た伊織は、校門を目指して歩き出す。


 そしてふと校門の方へ目をやると、見覚えのある背中を見つける。


「あ、凪沙」


 彼女も部活には所属していないため、今から帰るところだったのだろう。


 そしてしばらくの間、前を行く凪沙の後ろ姿を見ながら歩いていた伊織の頭にある疑問が浮かんだ。


(凪沙っていつもどこに帰ってるんだろ)


 思えば、この時代における凪沙の暮らしぶりについて伊織は何も知らない。


 どこかに住んでいるのか、それとも逐一未来に帰っているのか。


 脳裏に浮かんだ疑問が晴れることはなく、モヤモヤとした思考が伊織の脳内を支配する。


(聞いてみるか)


 そう思い立った伊織は、凪沙へ声をかけるべく走り出す。


 しかし、昇降口から校門まではそれなりに距離がある。


 凪沙がはるか先を歩いていたことも相まって2人の距離は開いたまま、ついに凪沙は校門を出て行ってしまう。


 伊織は自身の体力のなさをつくづく実感しつつも走り続け、ついに校門へと辿り着く。


「……ッはぁ……はぁ……な、凪沙は?」


 校門の前に立った伊織が凪沙を追うため、周囲を見渡すと、遠く離れた路上を歩く凪沙の姿が目に付いた。


 なんとか凪沙の姿を視界にとらえた伊織は、息も絶え絶えに校門を出て彼女のもとへと走る。


(こんなことなら普段からもっと運動しとくんだった……!)


 昔から伊織は運動が得意ではない。


 烏丸から部活の誘いを受けて断ったのも、伊織の本心としては不得意なことにわざわざ手を出したくないという想いがあったからだ。


(こんなみっともない姿、神楽さんにはとても見せられないな……)


 伊織は乾いた笑いを浮かべながら、次第に重くなる足を必死に前へと進める。


 そしてようやく距離を縮め、声をかけようかというところで伊織の耳に衝撃的な会話が飛び込んでくる。


「お待たせ。待った?真くん」


「いや、今来たところだよ」


 凪沙が"真くん"と呼んだ相手は、白衣のような白いロングコートを着た細身の男。


 整った顔立ちではあるが、恐らく外見からして30代といったところだろうか。


(だ、誰だあの男!?)


 伊織は咄嗟に物陰へと身を隠し、顔を少しだけ覗かせて2人の様子を窺う。


「ふふっ、真くんは時間に正確だもんね」


「単に、待つのも待たされるのも嫌いなだけさ。……ところで凪沙。"彼"には後を尾けられてはいないだろうね?」


「?パパのこと?帰りは一緒じゃなかったし、大丈夫だと思うけど」


「ふむ……」


 それを聞いた男は、顔を覗かせている伊織を一瞥し、僅かに笑みを浮かべる。


 その視線は鋭く、大変冷ややかなものだった。


(……バレた!?)


 男からの視線に伊織は思わず顔を引っ込めて息を殺す。


 聞き取れた話から察するに、男は相当凪沙と関係が深く、何より伊織のことも知っているようだ。


 そして、男は伊織との接触を避けようとしている。


 そんな中で自分が聞き耳を立てているのがバレたとしたら……。


 伊織は男から向けられた、冷たく全てを見透かしたような視線を思い出して身震いする。


 しかし、一方で娘が得体の知れない男と親しげにしているということに対する不安や心配も、同時に伊織の心をざわつかせていた。


 まだ短い付き合いとは言え、凪沙と伊織が父娘であることに変わりはない。


 凪沙との出会いを通じて伊織の中に芽生えた親心は、凪沙の身を案じていたのである。


 そして徐々にその心配は伊織の心の中で増幅し、ついに恐怖を上回る。


 娘の親しくしているあの男が何者なのか確かめなければ、と奮起した伊織は深呼吸をした後、意を決して再び物陰から顔を出す。


 しかし、そこには既に誰の姿もなかった。


 伊織は急いで2人が立ってた場所まで行き、周囲を見渡すが凪沙たちは見当たらない。


「凪沙……」


 自身の弱さと情けなさを自覚しながら、伊織はそっと唇を噛んだ。



 ◆◇◆◇

 


 一方、伊織の前から姿を消した凪沙と男は、入り組んだ裏道を歩きながら言葉を交わしていた。


「ねえ真くん、さっきは何笑ってたの?」


「いや、少し面白いものを見つけてしまってね。それだけさ」


(フフ……家族愛の強いあの人らしい反応だったな)


 男は伊織の表情を思い出し、思わず口元を緩める。


「ふうん?それって伊吹ちゃんのことより面白いこと?」


「いや、それはないね」


「あっ……そうなんだ……」


 男の素っ気ない言葉に凪沙は苦笑する。


「ところで凪沙、君はどうなんだい?学校生活のほうは」


「楽しいよ?ママとも大分仲良くなったし!パパとも……あっ!パパと最近全然喋ってない!」


「それは……きっと寂しがってるんじゃないかな?凪沙は転入したばかりだし、生活で困っていないか心配しているかもしれないよ」


 男は諭すように凪沙へと語りかける。


「寂しがってることは流石にないと思うけど……う~ん、取り敢えず明日学校で話しかけてみる」


「ああ、それが良い」


 腕組みをしながら考え込むような仕草をする凪沙に対し、男は静かに言葉を返す。


(思わず揶揄ってしまったが……果たして彼は僕らの関係に踏み込んでくるだろうか)


 伊織の想いなどつゆ知らず、楽天的な凪沙に対して男もまた別の想いを胸中に抱いていたのであった。

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