父娘のスキンシップ
「色々考えすぎてほとんど眠れなかった……今日土曜日なのが救いだな……」
伊織は寝不足で、ショボショボとした目をこすりながら一人ごちる。
昨夜、自分の娘を名乗る少女が訪ねてきたことがなかなか寝付けなかった原因であることは間違いない。
「取り敢えず着替えよう」
色々と思うことはあるが、ひとまず身支度を整えようとしていると不意にチャイムが鳴る。
伊織は、昨夜の少女が去り際にまたここへ来ると言っていたことを思い出す。
「まさかね……」
そのチャイムは、一晩経って昨日のことはなにか夢でも見ていたのかもしれないと思い始めていた伊織を一気に現実へと引き戻した。
伊織が恐る恐る玄関の覗き穴を覗くとそこには――。
「凪沙……」
昨日とは服装が違うものの、そこに立っていたのは間違いなく東雲凪沙、伊織の娘であり未来からやってきたと自称していた昨晩の少女だった。
伊織が玄関を開けると、凪沙は嬉しそうに喋りだす。
「おはよ~パパ!あれ?目の下にすごいクマ出来てるけど寝不足?ちゃんと寝ないとダメだよ?」
伊織は誰のせいだと思ってるんだ、と口から飛び出してきそうな言葉を堪えながら言葉を返す。
「ちょっと眠れなかっただけだよ。それより凪沙は朝早いんだね、まだ7時だよ?」
「昨日言ったでしょ?町を案内してほしいって。楽しみにしてたから早く目が覚めちゃった!」
まるで幼い少女のように凪沙は笑う。
「それは構わないんだけどさ……その前に凪沙がここに来た目的について詳しく聞きたいんだけど」
伊織から向けられた心配とも不信とも取れる視線に、凪沙はクスリと笑みを浮かべて答える。
「詳しくって具体的には?」
「理由かな、凪沙が何故そんなことをしようとするのか、その真意が僕は知りたい。それから、できることなら凪沙の力になってあげたい。」
伊織は凪沙の目を真っ直ぐに見据えて話す。
その熱い視線に、初めは余裕の表情を浮かべていた凪沙も思わず目を逸らしてしまう。
「う、うぅ~……わ、分かったって!話すよ理由!」
その言葉に伊織は安堵する。
「でも、町の案内が先だからね!パパの案内に満足できたら話してあげる!」
「え!?い、いや急にそんなこと言われても……第一、人に案内できるほどこの街に詳しいわけでもないし」
凪沙の突きつけてきた条件に伊織は辟易する。
「できないなら……理由を聞かせることはできないなぁ~?ほらほら、がんばれ、がんばれ、パ、パ♡」
「わ、分かったよ……案内するって」
その言葉に再び凪沙は幼い少女のような笑みを浮かべる。
「やった~!じゃあ早く行こ!すぐ行こ!今すぐ行こ!?」
凪沙は伊織の手を握るとぐいぐいと引っ張りながら歩き出す。
「えへへ、今日は楽しもうね?パパ」
◆◇◆◇
「さあパパ、最初はどこに行くの?」
伊織のマンションを出た二人は早速行く先に迷っていた。
「う~ん、この時間だとまだあんまり店もやってないしなあ」
「……取り敢えず学校でも見る?」
「絶妙に面白くないところをいきなり選んできたね……まあいいけど」
凪沙へのウケはあまり良くなかったが、二人は伊織の通う学校へ向けて足を踏み出す。
「そういえば、この時代へはどうやって来たの?」
「タイムマシンを使ってきたよ。タイムマシンって言っても大きな機械とかじゃなくて、腕につけられるリストバンドみたいな形式のものだけど」
そう言うと凪沙は左腕を掲げ、腕につけられた機械を見せてくる。
「それがタイムマシン……?てか25年後ってタイムマシンがもう実用化されてるんだ……」
伊織は驚愕する。
「まあ、あるにはあるけど普及はしてないよ?多分世界で時間旅行したことあるのって二人しかいないんじゃない?」
「二人って……そのうちの一人は凪沙ってこと?」
「当たり~!正確に言うと私は二人目だね。」
伊織は困惑した。なぜ自分の娘がタイムマシンを2番目に使えるような人間なのか?
何故そんなとんでもない技術を使ってまでこの時代へやって来たのか、あの目的の真意は……。
「そんな特別なもの、普通の人じゃ使えないでしょ?凪沙は一体何者なの?」
「何者って……ぷっ、あはははは!言ったでしょ、娘だって。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「まあ、ちょっと特別な”協力者”はいるけどね?」
不意に凪沙がしてきた匂わせに伊織は硬直する。
「協力者……?」
伊織が訝しげな表情をしながら考え込んでいると、不意に凪沙が声を上げる。
「あ、パパ、ここじゃない?学校ってさ」
『私立桜ノ森高校』、伊織がこの春から入学した高校である。
高校名にもあるように敷地内に桜の木が多く植えられており、春には満開の桜と花吹雪が楽しめる……と学校のパンフレットで謡われていた。
「この辺りにあるの全部桜の木?すごい数だねえ」
感心したように凪沙が呟く。
「もう夏だから今は葉っぱばっかりだけどさ、春はこんな感じだったよ」
伊織が入学式の時に撮影したスマホの写真を凪沙へと見せる。
「きれい~!一面桜の絨毯みたいになってるしすごい花びら舞ってる!もっと見せて!」
伊織からスマホを受け取った凪沙は上機嫌でスワイプしながらカメラロールを見ている。
「あ、これ!おばあちゃんと伊吹ちゃん?二人とも若い!てか伊吹ちゃんカワイイ!」
二人の写真を眺めていた凪沙は途中で何かに気付いたのか一瞬動きが止まる。
「そういえば、おばあちゃんってこの花の髪留めずっと使ってるよね。おばあちゃんのお母さんの形見なんだっけ?」
「あ~、そういえばそうだっけ?よく知ってるね」
「えへへ、前伊吹ちゃんに教えてもらったんだよ。小さい頃にほしいってせがんだらしいんだけど、髪留めだけはダメだって譲ってくれなかったんだって」
(……合ってる、やっぱり身内のことをよく知っているな)
未来から来た自分の娘だとか、タイムマシンを使っただとか到底信じられないような話を昨日今日で聞かされ続けていた伊織だったが、身内しか知りえないような情報を出されるとやはりこの娘は、凪沙は家族なのだと改めて思い知らされる気がした。
「さて、学校は休みで中に入れなさそうだし、次はどこに案内してくれるの?」
「う~ん、じゃあショッピングモールにでも行こうか」
「ベタだね~、パパ。そんな調子でこの先ママとデート行く時大丈夫?」
「大きなお世話だよ!」
両親の仲を引き裂こうとしている凪沙が何故今そんなことを言い出すのか。
伊織は凪沙の真意を計りかね、困惑する。
「ほら、何ぼーとしてるの?早く行こうよ!」
未だ考えがまとまらない伊織のことなど気にもせず、凪沙は伊織の手を引きながら嬉しそうに前へ前へと進んでゆく。
伊織は流されるがままに、凪沙に手を引かれて足を進めるのであった。




