ミライから来た娘
突如として、伊織の元へ来訪してきた謎の少女。
その少女から発せられた唐突な発言に、伊織は思わず硬直する。
「ぱ、パパってどういうことッ……」
そう問いかける伊織の口にそっと人差し指を添えながら少女は答える。
「ストップ、積もる話は……立ち話もなんだし、上がってもいいでしょ?パパ?」
少女は小悪魔のような笑みを浮かべ、伊織の返答を待つことなく部屋へと上がりこむ。
「お邪魔しまーす!わあ、一人暮らしなのに案外広いんだねえ」
部屋へと上がり込んだ少女は、興味津々といった様子で伊織の部屋を物色し始める。
「パパが一人暮らしだなんてどんな部屋かと思ってたけど、結構センスいいじゃん!」
「あ、これ懐かし~!もう今じゃ売ってないお菓子なんだよ!」
「あ、これ!今もうちにあるよ!この頃から持ってたんだね~!」
一人盛り上がる少女を傍目に呆然としていた伊織だったが、意を決して声をかける。
「あの……そろそろ説明してほしいんだけど」
その言葉を聞いた少女はピタリと手を止め、伊織の方を向いてニヤリと笑う。
「そうだね、部屋のことは……これからいくらでも時間なんてあるし?先に説明しなきゃだよね」
そう少女は言うと、コホン、と軽く咳払いをしてから改めて伊織の方へと向き直って話しはじめる。
「まずあたしのことからね、私の名前は東雲凪沙、十六歳!今から二十五年後の未来から来たあなたの娘だよ」
「未来……?娘……?ごめん、言ってる意味が全く分からないんだけど」
「あはは!正直だね!でも、う~ん、証明しろって言われたらちょっと難しいかも……あ!そうだ!」
思い出したかのように凪沙はポケットからスマホを取り出すとそれを弄りはじめる。
よく見ると、そのスマホは見たことのないデザインをしていることに伊織は気づく。
「見たことないスマホだけど、それは?」
「これ?これは"myphone40"だよ、あ、そういえばこの時代にはないんだっけ」
「myphone40!?つい最近15が出たばっかりなのに!?」
「15!?もうそれ化石じゃん!まあでも……二十五年前だし、しょうがないかあ」
最新機種が化石扱いされている事実に衝撃を受ける伊織。
一方、凪沙は目当てのものを見つけたようで、画面をずいっと伊織の顔に近づけてくる。
「まあまあ、そんなことはどうでもよくてさ、この写真見てよ!家族写真!」
伊織は近づけられた写真を見る。
家族三人が写ったどこにでもありそうな写真で、真ん中に映っているのは目の前にいる少女の凪沙。
その隣にいたのは――。
「これは僕……?」
歳は取っているものの、そこに写る男性は未来の自分であると直感した伊織は、今まで冗談とばかり思っていたことが徐々に現実味を帯びてくるように感じていた。
「ふふーん!もっと若い頃の写真もあるよ!」
そう言って見せられたのはとあるカップルの写真。それを見た瞬間、伊織は自分が間違いなくこの写真に写る人物であると実感した。
言葉を失った伊織に対して少女は笑いながら声をかける。
「ね?これ間違いなくパパでしょ?あたしの話、信じる気になった?」
「正直にわかには信じがたいけど、これは僕……で間違いないと思う……」
「じゃあ横に写ってるこの女性は――」
「ふふっ、その女性はね~誰だと思う?」
「僕の結婚相手……?」
「正解!あたしのママでありパパのお嫁さんだよ!」
「この女性が……」
華奢で整った顔立ちに、黒く艶やかなロングヘアー、なにより吸い込まれそうなほど煌めく赤い瞳。
それらの特徴は目の前にいる凪沙へと色濃く受け継がれていることが伺える。
そして同時に伊織はこの女性に違和感を覚えた。
(それにしても...誰かに似ているような……気のせい?)
伊織はすっかり凪沙の持つスマホの画面へくぎ付けになってしまっていた。
「すっかりママに興味津々だねパパ?それでここからが本題なんだけどさ……」
「――あたしがこの時代に来たのはね、二人を別れさせるために来たの」
凪沙の言い放った衝撃の言葉に伊織は絶句する。
そして暫しの沈黙の後、伊織が恐る恐る口を開く。
「別れさせるって……」
「言葉通りの意味だよ?二人が結婚できないようにさせるの」
くすくすと笑いながら答える凪沙に、納得のいかない伊織は問いかける。
「いや、なんで!?写真を見る限り家族仲は悪くなさそうだったし、そもそも僕らが結婚しなかったら、キミが消えちゃうんじゃないの!?」
「消える?ああ、よく過去を改変するアニメとか漫画とかの作品にありがちな、『過去が変わったから未来も変わって――』ってやつ?まあ確かにそうかもね?」
「そうかもねってなんだよそれ……」
要領を得ない凪沙の答えに伊織は呆然とする。
いきなり押しかけてきて、まるで夢物語のようなことを聞かされた挙句、自分の幸せな未来を壊されるかもしれないとなればその反応も当然のことだろう。
「凪沙は……自分のことが嫌いなの?」
「え?」
不意に伊織から投げかけられた言葉に、凪沙は虚を突かれたような顔をする。
「自分の存在が消えるかもしれないのに、それでも自分の両親を別れさせようだなんて普通じゃない。自分の存在が気に入らないから、自分を産んだ両親を憎んでいるから、そんな理由でもない限りそんなことしようはと思えないんじゃないかな」
「……」
「僕に出来ることがあるなら協力するよ。その、別れさせるとかそういった方向じゃなくてさ...大人になった僕とか凪沙のお母さんには話しづらいことだって聞くよ。解決できるかは分からないけど、一人で抱え込んでるよりはきっとマシだと思うから。だから凪沙、僕に――」
「……ふうん?」
伊織の言葉を聞き、凪沙は不敵に微笑む。
「優しいんだねパパ?まあでもあたしは考えを変える気はないよ」
伊織の言葉を遮り凪沙は伊織の申し出を拒否する。
「今日はもう帰る。近くにホテルを取ってあるからそっちに行くよ」
そそくさと玄関口に向かう凪沙の姿を見て、伊織は思わずその腕を掴む。
「何?」
「キミが、凪沙が、本当に僕の娘だとするなら、僕は君をこのまま行かせたくない。自分の子供が悩んでるのに見捨てるような真似できないよ」
「……昔から変わらないんだね、そういえば伊吹ちゃんも言ってたっけ、パパは昔から優しくて頑固だって」
俯き加減で戸惑うような表情を見せた凪沙はポツリと呟く。
「え……?伊吹?」
凪沙は、伊織が自分の言葉に気を取られている一瞬の隙をついて腕を振りほどき、玄関扉の前に立つ。
「そう、東雲伊吹。パパの2つ下の妹のことだよ」
「伊吹のことも知ってるなんて、やっぱりキミは――」
「だから言ってるでしょ、娘だって。噓じゃないんだから」
凪沙の顔にはいつの間にか余裕のある表情が戻っていた。
「ついでにパパの勘違いを訂正しておくと、あたしは自分のこと好きだよ」
「え?」
「だってこんなにかわいいんだもん!あたし、正直自分の顔に自信あるんだよね~!」
「……」
きゅるん、とポーズを決めて自信満々といった台詞を言い放つ凪沙に、思わず伊織は閉口する。
そして凪沙は胸に手を当て、噛み締めるように言葉を続ける。
「それに、ママとパパのことも好き。産んでくれたことに感謝してるし、二人があたしの親で良かったとも思ってるよ」
「じゃあなんで……」
「教えな~い!」
子供っぽい表情をして凪沙は外へと飛び出していく。
「明日また来るから!町、案内してよね!」
そう言い残すと凪沙は走り去り、伊織は一人取り残される。
「なんだったんだ一体……」
次から次へと起こる衝撃的な出来事に、伊織の脳はパンク寸前だった。
伊織はぐちゃぐちゃになった考えを整理することもできず、ただただぼんやりと凪沙の去った玄関を眺めながら立ち尽くすのだった。




