第6話 提出不能な報告書
魔力を狂わせる紫色のゴブリンの報告書。
それが受理されず、揉み消そうとする支部長。
舞美にとって、それらはほとんどが初めてのことだろう。
「……閃斗さんは、どうするべきだと思っていますか?」
「パッと思いつく選択肢はいろいろあるが、どれもかなりコストがかかる」
「教えてください」
「そうだな……『支部を通さず、個人のSNSで発信する』こと。『裏で素材を研究して、対策アイテムを安く提供できる環境を作る』こと。『この町の探索者には、十分な安全を確保できる、本来より浅い階層に潜ってもらう』こと。この三つかな?」
要するに。
支部長が受理してくれないなら個人で公開する。と言うこと。
対策を講じるのが面倒なら、その面倒な部分を自分たちでやる。ということ。
一つランクが高い階層のモンスターが出てきても十分に対応できるように、普段から本来の適正階層よりも浅い階層で活動すること。
閃斗が提示した案はそういう意図がある。
舞美の頭脳なら、その意図まで汲み取れるだろう。
「……」
「芸能人探索者という『事業ベース』で普段から考えてる舞美さんならわかると思うが、どれも信じられん実装コストがかかる。それはわかるな?」
「……ええ、もちろんです」
「事務所と契約して作った『宝生舞美』の公式アカウントは契約の都合で使えない。だからと言って個人のアカウントを作って発信したところで、魚拓を撮る前にアカウントが潰されるのがオチだ」
「ぴぅ?」
「ん? 魚拓の意味が分からんかったか? 端的に言えば、『ネットに転がってる情報を自分の端末に保存しておく』ってことだよ」
「ぴいっ!」
「賢いな……」
テーブルで手持ち無沙汰になっているミーちゃんの頭を撫でる閃斗。
「で、アクセサリーの研究と言っても、その環境を構築するのは難しいし、投資の額もすごいことになる。それを安く提供すると考えると、資金コストが尋常じゃない」
「……」
「最後、今回はDランク階層にCランクモンスターが出現したが、ここから『本来よりも一つ上の階層のモンスター』が出てくることが分かった。今後、普段はCランクの適正である21から30層に潜ってる人が、Bランクのモンスターに遭遇することも考えられる」
イレギュラーとして遭遇するのは、いつでも一つ上の階層のモンスターである。という、なんだかイレギュラーと言う言葉が相応しくない話ではあるが、発見したケースが一つで、それを軸に考えるなら、こういう話になる。
「そういったモンスターに遭遇しないために、Cランク探索者にはDランク階層に潜ってくれ、みたいな話を全てのランクの探索者に適用しろって話だ」
Cランク階層にBランクのモンスターが出てくる。
Dランク階層にCランクのモンスターが出てくる。
それゆえに、Cランク探索者は、『イレギュラーに遭遇してもCランクモンスターで済むように』、普段から活動階層を浅くしろ。ということだ。
もちろん、特定のランクを指して言っているのではなく、全ての探索者に似たような話を適用しろ。ということになる。
「ただ、そもそも適正階層で魔石を集めないと固定給を貰えない契約の人が多いからこれも非常に説得コストがかかる」
「それは……」
実際、舞美自身、これからはCランク階層で戦ってくれと言われたら嫌だろう。
「まぁ、すでに矛盾点はあるけど、今は良いか」
全ての階層において、一つ上の階層のモンスターに遭遇する可能性がある。
その話をすることを支部長は嫌がっているわけだ。
紫ゴブリンの咆哮を無力化するアイテムを作ったところで、対策になるのは紫ゴブリンだけ。
とりあえず『やれそうなことを適当に列挙する』と言う意味ではいいものの、どれか一つに策を絞るなら明らかに矛盾している。
ただ、閃斗の中では、『それは今は良い』らしい。
閃斗は『ご清聴ありがとう』と言った様子で、ミーちゃんの頭を撫でている。
「結局、どうするんですか?」
「さあ?」
「さあって、何故、他人事なんですか?」
「……ああ、俺がこの話に真剣にならないことにも怒ってるのか?」
「当然です」
舞美の目は真剣だ。
紫色のゴブリンに遭遇したのは閃斗も同じなのだから、『閃斗も報告を通すことに真剣であるべきだ』と思っている。
「俺の価値観において、そもそも支部に何の期待もしない。期待しない以上は、何が起こっても問題ないように自分で備える。それだけだ」
「えっ……」
舞美にはなかった価値観だろう。
そもそも人は、政府やお役所に対して、『いざと言う時に何もできない』という意見を真正面から否定できるほど、信用しているわけではない。
だからと言って、多くの人は災害への備えを自分でするわけではない。
もちろん、いざと言う時は、責任感がある大人がしっかり動くもの。
一般人から信用されなかろうが、仕事は仕事であり、対応はある。
ただ、それは前提としてあるとはいえ。
閃斗は、『自分に降りかかることに関する自助の精神』が強いというだけのことである。
「というか、社会勉強代わりにこんなことを言ったが、本質は別だぞ」
「えっ?」
「そもそもマリアの洞窟における『イレギュラー』と言うのは、『起動したギミックの難易度が想定以上だった』という話ばかりだ」
どこかでやったことが、別の階層におけるギミックの起動につながる。
それが『マリアの洞窟』だ。
「……ということは、私たちが持っていた何かが反応した。ということですか?」
「いや、まっすぐあの階層に転移して戦っていた俺たちは、『ギミックの起点』には何も触れていないはずだ」
「では……」
「おそらくあの場に、俺たち以外に誰かがいて、そいつがギミックの起動条件を満たしていた。だからこそ、あの場で紫ゴブリンが出てきた。俺はそういう構造だと思ってるがな」
「それなら……」
「『他の階層においても同様のイレギュラーが発生するかどうか』となれば可能性は非常に低い。あの通路を通る探索者が、Cランク程度の実力と、魔力を狂わせる咆哮への対抗手段があればいいだろうな」
「ちょ、ちょっと待ってください。本筋はそこではなく……」
「なんだ?」
舞美は、自分でも信じられないといった様子で、口を開く。
「あの場に……私たちを、殺そうとしていた人がいた。そういうことですか?」
「俺の仮説がすべて正しいとすればそうなるだろうな」
「……なんで、他人事なんですか?」
「あのゴブリンに限って言えば、今後、どれだけ遭遇しようと倒せる」
「それだと、他の人が……」
「俺は探索者だ。別に攻略サイトを作ってるわけでも、マニュアルを整備しているわけでもない」
「それは……」
明らかに混乱している。
自分の命が狙われていたと理解して、安心できるはずもない。
命を狙うというだけなら。
ダンジョンの外でもいいのだから。
「俺のこれを『薄情』と呼ぶか、『身の程がわかっている』と呼ぶか、それは任せるが、とりあえず、『報告書はそのままでは不完全』だ。書き直した方が良いと思うぞ」
「……」
閃斗も舞美も言葉にしないが。
書き直したそれを提出できるのかどうか。というのはまた別の話だ。
明らかに、殺意を持って、あの場にゴブリンを呼んだ人間がいる。
そんなことが書かれた報告書を、提出できるのか。
「……すみませんでした」
「……どういう意味で言ってるんだ?」
「あの場で何者かが殺意を持っていて、『魔力を狂わせるゴブリン』を用意していたとなれば……狙われたのは、閃斗さんではなく、『Bランク相応の魔力量』を持っている私になります。巻き込んでしまって、すみませんでした」
仮に、閃斗に殺意を持っていて、ダンジョンの中で殺したい人間がいたとして。
今回のようなギミックを利用するという手段を選ぶとは考えられない。
そういう分析らしい。
舞美一人だけなら、殺されていたかもしれない。
今回は閃斗がいたからよかった。
しかし、『舞美が狙われて、それを閃斗が防いだ』となれば、今後、閃斗も何かしらの悪意に晒される可能性がある。
「ここで言えることは二つ。一つ目は、俺は自分の身は自分で守る。二つ目は、俺が聞き入れるかどうかではなく、舞美さんが言いたいことを言えばいい」
「えっ」
「ダンジョンの中で言ったはずだぞ。『迷惑ならいつでもかけに来いよ』って」
「……」
確かに言っていた。
困惑している舞美をしり目に、閃斗はテーブルの紙を取って、ジャージのポケットからボールペンを取り出すと、サラサラと何かを書く。
「俺の連絡先だ。こういう個室で一緒に居すぎるのも問題だから俺は出るけど、必要ならかけてくれ」
閃斗は次に、リュックからインナーを取り出した。
「ぴぃ! ぴっきゅううっ!」
インナーをミーちゃんに渡すと、興奮しながら抱き着いている。
「それじゃ」
席から立ち上がると、閃斗は個室を出ていった。
残された舞美は、インナーを渡されたミーちゃんを見ながら、しばらく、茫然としていた。




